たらい回しの最後には

 十五分。秒数にすれば九百秒。

 それだけの時間を、沈黙に満ちた空間で過ごすという無駄な過ごし方をしてしまった。

 まぁ、それは俺がコミュ障であったことも原因だし、シスターさん――サラと名乗った――が人と話すことに慣れていなかったのか、ずっとあわあわしていたのもそうだろう。

 そりゃ、こんな奥まったところにある教会で過ごしているんだったら、人との関わりは薄くなるよなぁ。俺は普通に都市部で暮らしているが、同様に人との関わりは薄い。薄いを通り越して虚無まである。



「えっと、つまり薬草が欲しくてここに来たんですか?」



 首肯する。

 どうにも俺の口は重くて仕方がないから、首を縦に振るしかない。

 わたくしは気が付きました。緊張して喋れないと言うなら、うなずけば良いのだ、と。

 遅すぎる気付き。しかしこの場においては、最も有効な手段なのです。



 十五分も黙りこくっていた俺達であったが、それを打ち破る手を打ったのはサラさん。

「あの……っ、お名前は!?」と頬を紅潮させて聞いてきたのだ。思わず胸を抑えて膝をついたよね。

 それに対して、不思議そうな目を向けてくるだけのサラさんはマジ天使。

 普通の人だったら「え……何こいつ、私の仕草で悶えてんの……。キモっ」とかなるはずなのに! ソースは俺の経験。



 せっかく自己紹介などしていただいたので、こちらも長らく油をさしていない口を動かして返すしかない。

 当然のように身体はブルブル震え、口は鉄細工のように固くてしょうがなかったが、俺頑張ったよ。

 大天使サラさんが思わず苦笑してしまうほどのものであったが、何とかやりきってみせた。



 そんなこんなでお互いの名前を知った後は、どうして俺がここに来たのか、という話。

 流暢な喋りと拙いボディランゲージ(比率1:9)を駆使して、どうにか目的をサラさんに伝えることが出来た。

 ついでにブルハさんからこの場所のことを教えてもらった、と言ったところ、彼女は何処か困ったように笑った。まぁ、あの人のことだからな。どうせ大天使様にも何かやったんだろ。



「薬草ですか……それなら、ここで育てているものがありますが……」



 そマ? 勝ったな、風呂入ってくる。



 前作った赤ポーションですら、曰く邪悪なるものである俺を殺してみせたんだ。

 こんな神聖っぽいところで育った薬草を使えば、どれほど高品質なものが出来るか。

 おそらく、俺が間接的に殺してしまった彼女も、これにはにっこりして許してくれるはずだ。



「ですが、現在困っていることがありまして」



 ん? 流れ変わったな。



「お願いです! この教会を襲ってくる、悪魔達を倒してはくれませんか!」



 胸の前で腕を組んで、拝するように懇願。

 俺は思わずそれに仰け反ってしまい、しかしサラさんはずずいと距離を詰めてくる。

 意外と積極的なんですね。

 なんて軽い言葉は、当たり前のように口の中に留まった。というか、美少女がすぐ近くにいるせいか、動悸と頬の紅潮が止まらない。やめてくれ、それは俺によく効く。



 流石に、そんなお願いをされて断れる性格をしていようはずもなく、俺はこくこくと首を振ってしまった。

 すると、ポーンというアナウンスが。



『クエスト【廃教会の修復Ⅰ】を開始します』



 廃教会じゃないだろ。

 まだ生きているはずだぞ。多分。あの見た目を考えると、ちょっと疑わしいところがあるが。

 それに、一ですか。ということは、二とか三とかがあるんですね?

 アイテムを手に入れるためにたらい回しにされた挙げ句、最後にクエストを受けなきゃいけないやつですね、これは。



 サラさん曰く、内容は悪魔共の討伐らしいが。

 一応、吸血鬼も悪魔に入るんですかね?



 そんな俺の疑問に答えてくれる声は、何処にもなかった。




















 悪魔討伐なるクエストを受注してしまった俺は、何故か体中がピリピリしていた。

 何だろう、全身が痒い感じ?

 上手く説明できないのだが、例えると蚊に足の甲を刺されて、それが体中に広まっているような。

 今すぐにでもここを出ていきたいのだが、どうにもサラさんのニッコニコの笑顔から逃れられる気がしない。



 クエストを受けた俺は、サラさんに誘われて教会の中にお邪魔していた。

 入口に近づくほどにピリピリとしてきて、どうも違和感を感じていたのだが、完全に建物内に入ったときからそれが大きくなった。

 悶えるほどでもないのだが、我慢はしたくない。

 


 それとなく教会の外でお話しましょうぜ、と言ったのだが、「こちらの面倒ごとの解決を頼んでしまったのですから、お茶くらい出します!」と言い切られてしまい、断れなかった。

 陰キャは美少女に弱いってそれ。



 それと、その時出してもらった紅茶なのだが、これまた口の中に入れるとピリピリする。

 これって、悪魔(吸血鬼)である俺を、ここの神様が追い出そうとしてるんじゃねぇかな……。

 神様らしき存在が描かれている大きなガラスに、俺が恨めしい目を向けると、目の前に座る彼女は首を傾げていた。



 ちょっと疑問が湧いてきたので、果敢に挑戦してみる。



「こ、ここって、何の神様、を信仰して、るんですか……?」



 言えた! 言えたぞ!

 確かにどもってはいるが、以前のことを考えれば見違えるほどの成長だ。

 まさか、俺が異性相手に(NPCとは言え)会話を投げかけることが出来るなんて。

 きっと鬼畜ロリ師匠ラインとか、のじゃロリ吸血鬼クローフィとの関わりを経て耐性がついたのだろう。多分まだ人間相手には話せないが、NPCだったら少しは喋れるようになったようだ。



「神様、ですか? ……うーんと、そうですねぇ…………」



 俺の質問(ここ重要!)に対して、顎に指を添えるサラさん。

 一体どうしてそこで悩むのか、と不思議に思ったが、顔には出さずにクールなムーブで紅茶をいただく。



 ……やっぱピリピリするな。



「……まぁ、ポチさんだったら、大丈夫でしょう。良いです、話しましょう」

「…………?」



 え、何その「私、覚悟決めました」みたいな顔は。

 何か重大な秘密だったりするんすか? そんなものを知っているという事実が、チキンハートを容易く破壊してしまうので、やっぱりさっきの質問なしで!



 なんて事が出来たら、何十年もコミュ障ぼっちやってねぇんだわ。

 制止の声は空気を震わせること無く、しかしサラさんの可憐な声は教会に響いた。

 そして、しっかりばっちり、俺の耳は彼女の言葉を捉えてしまった。



「ここで……というか、私が信仰しているのは、夜の女神『イザベル』様です。あぁ、でも勘違いしないでくださいよ? 夜の女神とは言っても、邪悪なお方ではないのです。そしてもちろん、その、あっち系でも…………。私がイザベル様を信仰していますと言うと、皆が一様にそのどちらかなのか、など聞いてきますので、先に答えておきました。この国では、アルレー教が信仰されていて、別の神様を信じているなど言ったら避けられてしまうんですけど、私からしてみれば『どうしてイザベル様を信じないの?』という感じです。私はイザベル様に救われたのです。それによって信仰心を抱くのは至って自然のことだというのに、一体どうして否定されるのか。おかしいと思いませんか? まぁ、それは良いのですよ、だいぶ前に折り合いをつけましたから。でも、イザベル様を称えるための教会を、目立つところに建てられないというのは、我慢が出来ません! どちらのほうが優れているか、などの議論は決着が付かないのでしませんが、何でアルレー教は許されて、イザベル教は駄目なんですか! 国教だからですか!? 唯一神教は、これだから心が狭い! 色々なところから怒られそうなのでこれ以上はやめておきますけど、私はもう常々それを不満に思っているんです。だから、こんなところ……失礼、そんなことを言ってはいけませんね。このような、人があまり寄り付かない場所に教会を建てているのです。それなのに、ポチさん。貴方がここへ訪れました。初めてあった時は、もしかしてイザベル教の信者なのかな、と思ってとても興奮したんですよ。……違ったんですけどね。今からでもイザベル様を信仰しませんか? え? 遠慮しとく? ……そうですか、残念です。イザベル様はこんなにも素晴らしいのに、私以外に信者を見たことがないんですよ。不思議じゃないですか? きっと、それもこれも大っぴらに布教が出来ないからです。やっぱりアルレー教が悪いんですね。最初は綺麗だったこの教会も、時間が経つほどにボロボロになっていって……。もしかしたら、あの悪魔達はアルレー教の手の者じゃないでしょうか? そう考えると辻褄が合うような。そうです! きっとそうです! 私は……私達は、アルレー教を滅ぼすべきなので、」

「待て待て待て待て待て待て待て待て待てストップストップストップストップ」



 え、なんて?



 俺は思わず手を前に出して話を途中で遮ってしまった。

 あまりの混乱の最中にいたからか、過去最高レベルでスムーズに言葉を紡げた。その偉大な出来事の原因が、こんなことだとは思いたくないが。

 まぁ、放っておいたらいつまでも喋ってそうだったしな……。



 一体、何故止めたのですか? と言わんばかりの表情をこちらへ向けるサラさん。

 本当に原因が分かっていなさそうだ。



 ………………そっかー。そっち系だったかー。



 俺は全てを悟ったような表情をしつつ、椅子の背もたれに寄りかかって天井を見上げる。

 こころなしか、ピリピリが弱まったような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る