アイテムを手に入れるためにたらい回しにされるアレ

「薬草、か……」



 ブルハさんは顎に手を添え、うーんと天井を仰いだ。

 ここは彼女の家の中。異性の家だから、とってもドキドキしている……というのは嘘で、主に恐怖によって心臓が鼓動を打っている。

 初めてここに来た時、少しばかりの会話をした後訳分からん魔法でふっ飛ばされたことは忘れていないぞ。

 


 一応、何時魔法を食らっても良いように、身構えておく。

 こんな時にMNDとかが高ければかけられた魔法を無視出来たりするのだが、生憎俺のステータスはDEX全振り。まぁ後悔はしていないが。



 器用さに極振りしたのは、錬金術を使う時にDEXが高ければ成功率が上がるから、という理由だった。

 だが、それは最初だけ。

 今では、他が低いステータスであろうと体捌きがとんでもないことになるDEXさんに極振りして良かったと思っている。

 もしもDEXが低かったら、スライムとかに勝てなかっただろうしな。

 それと、今更他のスタータスに振り始めても、焼け石に水だろ。いくら俺でも、ステータスにゼロなるものがあるのが、どれだけ不味いか分かる。それもたくさん。



 もう慣れたものだが、これまでは大変だったなぁ。

 強敵スライムに打ち勝った後は、犬っころを相手にして、大蛇を相手にして、ゴキブリ……ウサギ……うっ、頭が。

 


 どうも後半に行くに連れて記憶が薄くなっているような気がするが、何かあったのだろうか?

 ……ま、覚えてないってことはどうでも良いってことだろ。ヨシ!(現場猫)



「残念だけど、今私は薬草を持っていないよ。いや、少し前だったらあったんだけどね? 本当に、三日ほど前には。でも、ちょっと用事があって、大量に赤ポーションを作らねばならなくなってね。……あぁ、あれはマジで酷かったよ。思わず普段は使わない若者言葉を使ってしまうほどには。もう私も若くないっていうのに、何度も何度も何度も働かされるのさ。仕事に縛れらたくない私にとって、地獄でしか無かったね。まぁ、彼女には恩があるから、断れなかったんだけど。…………ごめんね、愚痴っぽくなってしまった、というか愚痴を吐き出してしまった。それで、薬草だっけ? そういう訳だから、ここにはないよ。でも、薬草があるところには覚えがある。それを教えよう」



 長い長い長い。

 コミュ障にそんな大量の情報を処理できる訳無いだろ! いい加減にしろ!

 きっと、俺が一週間で口に出すのと同じくらいの文字数を、今この一瞬で吐き出したぞ。

 これがリア充か? ……違うか。これはこう、別ベクトルに振り切ったタイプのやつですね。

 どうもおやっさんと、いい感じっぽいから、リア充ってのも間違ってはいないだろうが。

 


 俺はブルハさんが一息で語りきった言葉を、何とかして咀嚼する。

 


 えぇと、つまり、『薬草はここにないけど、別のところにあるからそこに行ってね』ということか。

 ………………たらい回し、来たー!!!!!(絶望)




























「ここか……」



 俺は、ホログラムウィンドウ上の地図をにらみながら、ため息をつく。

 どうもブルハさんの言っていた場所に着いたらしく、付けていた印が地図の上で大暴れしていた。

 それを消し、その建物を見上げてみる。



「あぁー、これは、まぁ……確かに、見ればすぐ分かるな……」



 若干唇を引きつらせながら、ブルハさんの言葉を思い出していた。

『うーん、薬草のある場所か……教えても良いんだけど、君この街の地形に詳しいかい? 正直、慣れているものですらあそこに行くのは難しいんだよ。私も、初めは偶然辿り着いただけだし。まぁ、今じゃすっかり慣れたけどね。空をひとっ飛びすれば、迷うことなど無いのさ。……え? 土地勘には自信がある? じゃあ、大丈夫なのかな? ……えぇと、まずこの家を出るだろ。真っ直ぐ行くと、とても大きな家が建っているから、そこを右。その後、通りを三本ほど抜けたらすっごい小さな道が左にあるから、その中へ。それで……』



 もちろん、俺は情報を処理しきれなかった。

 というか、土地勘に自信など無い。まぁ、プレイヤーの特権、一度行った場所のマップ表示というチートを使い、目的地に印をつければ、迷うことなど無いんですねぇ。

 ……とは言っても、大分ここに来るのに時間がかかったが。



 いや、ほんとにここまでの道のりは酷かったんだよ。

 五十センチくらいしか無い隙間を通ったり、地下水道らしき場所を通ったり、何故か屋根の上を駆けたり。

 最後のをやってた時は、「俺はニンジャだ! フハハハハハハハ!」とかいう訳の分からん状態になっていた。多分、地図の情報を信じれば最適解なんだが、理性がそれを認めることが出来なかったせいで、頭の中がぐちゃぐちゃになったせいだと思う。

 それと、偶然ここ・・へ辿り着いたとかいうブルハさんは、一体どんな生活をしていたのだろう……? 普通、どれだけ運が良かろうが辿り着けないと思うんだがな。



 見上げる先は、ボロボロの教会。

 壁はひび割れ、何かの植物のツタが這い回っている。

 屋根が所々欠けているせいで、おそらく雨が降ったら中は水浸しになるだろう。

 これが綺麗な状態だったら、きっと、とても神聖な感じだったんだろうが、今では見る影もない。



 ブルハさんが、



『薬草がある場所なんだけど、すっごいボロっちい教会なんだよね。私も初見ではそこに人がいるとは思わずに、ずかずかとお邪魔したのさ。何とそこには人がいて、私のことを驚いたような目で見てくるの。まぁ、あんなところには滅多に人が行く訳ないよね。だから、君がそこへ行けばきっと喜んでくれるよ! 廃墟みたいな教会が目印だぞ! 目印っていうか目的地だけど』



 と言っていたのがとても理解できる。

 これは「廃墟みたいな教会」という表現が最も適しているだろう。



 俺は安定の陰キャを発動してしまい、教会に失礼することが出来ない。

 そんなふうに固まっていると、後ろから声をかけられた。



「あれ? …………もしかして、信者の方ですか?」




















 信者。

 あの、ある宗教に信仰を持っている人のことか。まさか、教会を前にしてアニメとかの信者のことは話すまい。

 俺は自分の意志など関係なく固まってしまう身体を無理矢理動かして、ギギギ……と音のしそうな動きで後ろを振り返った。

 果たしてそこには、修道服を纏った女性が立っていた。と言っても、おそらく俺と同い年くらいだろう。



 修道服は、よく漫画やアニメなどで見る黒と白のダボッとしたもの。

 しかし、短すぎるスカート状であったり、スリットが入っていたりはしない。

 おそらく現実のものとは異なっているのだろうが、ひと目見て「修道服」であると分かる。

 まぁ、きっと信奉している宗教は異なるのだろうが。見た目だけ似ているだけだろう。あれだ、異世界物で、東方に日本みたいな国があるような感じ。



 ベールは髪を全てしまうのではなく、金色の髪が眩しく輝いている。

 同色の瞳が澄んでおり、神聖なオーラを感じた。オタクの想像する「シスター」というのが、彼女を見た俺の感想だ。



「えっと、違いましたか……?」



 彼女は白い肌を少し赤くして、先程の質問の是非を問うてきた。

 見た目がよろしい少女が瞳をうるうるさせて、胸の前で手を組んでいるというのは、大変心に来るのだが、残念ながら口が動く気配が見えない。

 可哀想は可愛いとは思うが、自分がそれをなすとなると罪悪感が襲ってくるというのを、俺は知ってしまった。



「え、いや、すいません…………」



 ヒヤァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!?

 何言ってるの俺!? どうして謝った!

 別に悪いことはしていないのだから、堂々と「私は信者ではありません」と答えれば良かったではないか。

 何故にコミュ障特有の、何でもかんでも謝ってしまう病をここで発揮してしまうのか。

 見ろ、あちらさんも自分が一体どうして謝罪されたのか分からなくて困惑しておる。



 俺はこの何ともいえない空気をどうにかするべく、逆転に向けた一歩を踏み出した――。



「……………………」

「……………………」



 はい、無理。

 


 は? 逆に俺にこの状況を打開出来るとでも思ったんですか?

 出来たらコミュ障とかやってねぇよ。今すぐクラスカースト上位入りだ。

 それに、見てみなさい。お相手は、儚い系金髪金目シスターだぞ。異性相手に話すことに慣れていない人間には、会話をすることなど不可能だ。そこ、異性だけじゃなくて同性だろうと話すのに慣れていないだろ、とか言うんじゃありません。先生泣いちゃうから。



 俺とシスターさんは向かい合って、しばらく黙り込んでいた。

 二人の間をひゅー、と風が通っていく。それに、そこはかとなく物悲しさを感じた。これが侘び寂びですか? 絶対違いますね。

 こんなもの(コミュ障が美少女相手に変な対応をして、両者ともどうすれば良いのか分からず、完成した静寂の空間)を侘び寂び(笑)とか言ったら、千利休さんがキレて朝顔を投げつけてきてしまう。



 あぁ、分かる、分かるぞ。

 シスターさんがどれだけこの状況に困っているのか。

 だって、何かお目々がぐるぐるし始めてるもん。多分、俺は目が回転しすぎてそろそろ遠心分離できると思う。



 こんなふうにくだらないことを考えていないと、気まずすぎるこの空間にいられない。

 というかいなくても良いんじゃないだろうか。こんなところにいられるか、俺はログアウトさせてもらう!

 当然そんなこと出来る訳無く、地獄みたいなこれは十五分ほど続いた。

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