番外編 妹ちゃんのゲームデビュー
「……何だって?」
「Unendliche Möglichkeiten!」
「どうやって発音したの……貴方英語出来ないでしょ」
「これはドイツ語!」
「分からないよ」
ワイワイガヤガヤ。
騒がしい教室の中で、二人の少女が向き合っていた。
片方は、茶色の髪を腰ほどまでゆるく伸ばした、いわゆるギャルと呼ばれる存在。
しかし、それにしては雰囲気がゆるゆるしている。まるで海で揺れるクラゲだ。
それに対して半眼を向けるのは、艷やかな黒髪を肩の辺りで切りそろえた少女。
両者ともとても顔立ちが整っているせいで、二人の会話にクラスメイトの男子が見惚れている。
「私、懸賞で当てちゃったのですよ!」
「あぁ、そうなの。良かったね」
「待ちなされ! 何と、二つもなのです! ということなので、一緒にやりましょう!」
「何が『ということなので』なのかは分からないけど、私ゲームやらないから」
「まぁまぁまぁまぁ! そんなこと言わずに!」
随分とテンションの高い娘だ。ギャルという形容は間違っていたらしい。
一方の黒髪の少女は、慣れたものだと言わんばかりにため息を付き、鼻息荒く顔を近づけてくる彼女の頭を手で抑え、それ以上動けなくさせた。
「酷いよー!」などの言葉は聞き流しつつ、少女は、彼女の語る「ゲーム」について考えていた。
(そういえば、お兄ちゃんが少し前にゲームを持ってたな……。久しぶりに話したから、結構印象に残ってる)
そのゲームが何なのかは知らないが、少女の兄がゲームの入ったダンボールを抱えていた。
だからという訳ではないが、多少興味が湧いたらしい。
少女は右から左へ聞き流すのをやめ、未だに騒いでいる友人に話を聞いた。
「えっと……やっぱりその話聞かせてもらえる?」
◇
「これでログイン出来るのか……」
少女はVRゲーム用の機械を前にして、僅かばかり興奮していた。
何せ、今までゲームというものをあまりやったことがない。
ちょっとやったことがあるのが、某配管工の兄弟がアクションする奴くらいだ。
もちろん、VRMMOなんて以ての外だ。
機械をセットして、現実を仮想へと塗り替えていく。
ふわふわとした不思議な感覚が彼女を襲い、気が付くとそこは白い空間だった。
『ようこそ、Unendliche Möglichkeitenへ』
どうやら、キャラメイクのようなものが始まるらしい。
いささか急な気もするが、事前に友人によってある程度の説明をされていた彼女は動揺しなかった。
名前を入力するように求められたが、どうするか。どうも、本名でプレイするのはいけないらしいが。
しばらく悩んだ末に、決めた名前は。
「シロ……で良いか」
理由は、ただこの空間が白かったから。それだけ。
何処か犬のような名前だなー、とは思ったが、別に良いだろう。それほどこだわりがある訳でもないし。
名前を決め終わると、その次は種族を決めたり、ステータスを振ったり、見た目を決めたりした。
ところどころ悩みつつも、やっとキャラメイクを終えた彼女は、NPCの発言を聞き、これからゲームが始まるのだ、と期待を胸に一杯にする。
白い光に包まれた少女は、その整った顔に少しの笑みを浮かべて、別の世界へと旅立っていった。
その後。
『――ポチさん、私のこと忘れてないでしょうね…………?』
誰もいなくなった空間に、そんな言葉が取り残されたが、それを聞くものはいなかった。
目を開くと、そこは異世界だった。
現実ではまずいないであろう種族――例えば、エルフや、ドワーフなど――が闊歩している。
シロは今までラノベなど、そういうものに触れてこなかったため、全てが物珍しいですという顔で、キョロキョロと辺りを見渡していた。
その動きは何処からどう見てもお上りさんで、彼女を見る人は温かい目を向けながら失笑してしまう。
しかし、少し集中して顔を見てみると、皆が一様にギョッとしたように目を見開く。
まぁ、それも無理はないだろう。
シロは、この現実ではない世界でもなお異彩を放つ、整った顔立ちをしていた。
さらっとした真っ白な髪。風に吹かれてそれが流れている様を見ると、まるで妖精がそこに現れたかのようだ。そして、それはある意味では間違いではない。
彼女がキャラメイクの時に選んだ種族は、【シルフ】。
風属性に適正を持ち、同時に近接戦闘もこなす万能種族。シルフが近接戦闘をするなんて解釈違いだ、という意見もあるが、基本的には認められている。
が、彼女がシルフを選んだのは別に種族として優れているからではなく、その説明が気に入ったからであった。
【シルフ】
空気や風を司る精霊。風属性魔法に高い適性を持ち、身体能力にも優れる。虫のような翅が付いているものの、空を自由に飛ぶことは出来ない。しかし、長く生きているシルフの中には、空を飛ぶものもいるのだとか……?
種族ボーナス:INT+20、MND+10、AGI+20
種族スキル:【精霊魔法:風】【風属性耐性】【加速】【物理弱化】【地属性弱化】
――空気や風を司るなんて、かっこいい!
種族一覧からシルフを見つけて、説明を読んだ時の一言だ。
これには思わず、何処かの神様も苦笑を禁じ得なかったという。
その綺麗な目をきらっきらさせて、そんなことを言われてしまえば、ツッコミも入れられまい。
普段のクールな言動のおかげで周囲にはバレてはいないが、シロは若干中二病が入っていた。
もちろん彼女はそれを認識していないし、認識したとしても決して認めはしないだろうが。
中身が
全体的に真っ白で、背中には薄いガラスのような翅が二対ついている。それは少し浮いており、完全に物理法則を無視していたが、魔法がある世界でそんなことは今更だろう。
名前を「シロ」にしたため、せっかくだからと白色で統一。唯一翅だけが薄緑だが、それもまた彼女の印象を高めることに役立っている。
そんなこんなで、後に『VRMMOに舞い降りた天使』だの『クールな魔導使い』だの『近接戦闘ガチ勢』だの呼ばれたり呼ばれなかったりする存在が、Unendliche Möglichkeitenに現れたのである。
そして、その兄と遭遇するのは、まだ先の話。
そもそも、両者とも同じゲームをプレイしているとは思ってもいないのだから。
まぁ、気付いたとしても接触するかどうかは分からないが。
【ステータス】
名前:シロ
種族:シルフ
職業:魔道士Lv.1
称号:なし
HP:111/111
MP:121/121
STR:5+0(5)
VIT:5+5(10)
AGI:25+25(50)
DEX:0+0(0)
INT:30+30(60)
MND:30+20(50)
LUK:5+0(5)
スキル:下級魔法Lv.1
風の加護Lv.1
杖Lv.1
種族スキル:精霊魔法:風
地属性弱化
ステータスポイント:0
【装備】
武器:ボロボロの杖
頭:なし
体:ボロボロのローブ
足:ボロボロのレギンス
靴:ボロボロのブーツ
装飾品:なし
これが現在のシロのステータスだ。
ゲームにあまり慣れていない彼女は、かなり悩みながらポイントを振っていた。
ポイントを振ることが出来るのは、STR、VIT、AGI、DEX、INT、MND、LUKだけだが、見てみるとHPとMPも増えている。
しかし、一応このゲームのWikiをログインする前に見ていたので、HPとMPの計算式がHP=100+(STRの素の値+VITの素の値+AGIの素の値)÷3、MP=100+(INTの素の値+MNDの素の値+LUKの素の値)÷3であることは分かっている。
MPに関してはどうしてLUKが計算に考慮されるのか腑に落ちないが、おそらくHPとのバランスを取るためなのだろう。
それでは何故DEXが無視されているのか、という疑問だが、きっと物理と魔法のどちらに分類すれば良いのか判断がつかなかったからではないか、と掲示板などでは言われている。もちろんそれが本当かどうか分からないが。
とにかく、ゲームに詳しくないシロにとって、結構簡単な計算のため助かっている。
それと、彼女の友達に「DEXは地雷ステだから振らないほうが良いよ!」とのアドバイスを受けていたため、器用さには一つたりともポイントを入れなかった。
(さて、何をしようかな……)
開いていたホログラムウィンドウを閉じると、これからどうしたら良いのだろう、と思案する。
どうも友人は、テストの成績が悪かったせいでしばらくゲーム禁止になってしまったらしい。
さぁ、一緒にプレイしようぜ! と言っていた次の日に、「ごめん、私ゲーム出来なくなってしまいました……。一月後からは一緒に出来ますので、それまでソロプレイを頑張ってね!」なんて投げかけられたから、思わず目を白黒させてしまった。
だから、ログインしたは良いものの、何をすれば良いのか皆目検討もつかなかったのだ。
何故か周りの人に注目されている気がするので、とりあえず歩き出す。
その際に揺れる白髪に、一部プレイヤーが魅入られているが、彼女は決して気付かない。
どうにも彼女は自己肯定感が低いようだが、それに反して見た目は神の悪戯か、と思ってしまうほどに整っている。当然、この世界はゲームの中なので、見渡してみればそこら中に美男美女はいる。
しかし、シロは言ってしまえば養殖物……つまり、キャラクリエイトによって顔面偏差値を上げたのではなく現実の姿からあまり見た目を変えていない、天然物だ。流石に髪色などは変えたが。
そのせいか、彼女の顔立ちは実に自然な美しさだ。
過ぎ去った人が二度見してしまうくらいには。
後々、そのプレイスタイルだけではなく、容姿の良さからも掲示板で騒がれることになる彼女の冒険は、まだまだ始まったばかりだ(プレイ時間三分)。
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