ウサギ
あれから、沼地をブラブラと歩いている。
【ビックコックローチの脚】を装備したことで、少し移動速度が上がっているので、何か散歩が楽しくなってきた。……それでも、たまに見るプレイヤーよりも遅いんだけど。
ま、俺は器用貧乏よりもロマンを選んだ男だから、全く悔しくないんだけどね。
……本当なんだからねっ!?
死闘以降、何故かゴキブリと会わない。まぁ会ったとしても即逃げるんだけどさ。
その代わりにいるのが、可愛らしいウサギちゃんだ。
真っ白な毛で、お目々は赤。抱っこしたら暖かそうだなー、とか考えていた。
奴の戦闘シーンを見るまでは。
俺が沼の中を覗いていた時、何処からともなく話し声が聞こえてきた。
自分は優秀なコミュ障であるという自負があるので、流れるように潜水する。
出来る限り姿を人の目に晒したくないのでね。だからといって水に潜るのはどうかと自分でも思うが。あと、水が結構汚れているのでちょっと後悔している。そのおかげで見つからないのだが。
ちなみに、これで【潜水】スキルが取得できるようになった。ちょっと取得条件ぬるすぎじゃないですかね。都合がいいから良いけど。
水から顔だけ出して、声の発信源の方に視線を向けると、そこにはいつかのプレイヤーが。
そう、あのスライムにまみれていた人である。
それを認識した瞬間、俺は息を潜めて、何があろうとも己の存在を主張するものを発しない構えを取る。
もしも俺がここにいることがバレたら、仕返しとして爆発ポーションを投げつけられるかもしれない。
あんなに優れたアイテムなんだ。自分以外に使っている人を見たことがないが、きっとこれから流通するか、もうしているだろう。だから、「お礼です」とか言いながら全力投球してくる可能性がある。
少し前に悲しい行き違いがあったが、彼女はその出来事を勘違いしているかもしれないのだ。
別に気づかれても口八丁……いや正論を振りかざして、抵抗できると思うが。
「えぇーい、あの時の恨み、ここで晴らす!」
「まぁまぁ待ちなお嬢ちゃん。アレは不幸な事件だったのさ」
「そ、そうだったんですね……。それよりも、なんて紳士な方なんでしょう! かっこいい!」
「いやー、困っちゃうなぁ」
絶対ねぇわ。
自分でもこの妄想のあり得なさに呆れた。
というかコミュ障が人と話せる訳無いだろ。何時から俺がプレイヤーと会話できると錯覚していた……?
という訳で彼女が何処かへ行くまで隠れていようとしたのだが、どうにも立ち止まったらしい。
相変わらず会話は聞こえてくるが、周りに人の姿はない。
もしかして、イマジナリーフレンドだろうか。と俺が生暖かい目を送っていたら。
「しー」
ウサギちゃんが現れた。
当然彼女もその愛くるしさにやられ、ふらふらと誘蛾灯に引かれる虫、もしくはランドセルが眩しい女児に惹かれる紳士のように近づいていった。
手を伸ばせば撫でられる距離まで行った時、異変が起こる。
メキメキと音を立てて、ウサギの額が割れ始めたのだ。
そこから現れたるは、堂々と起立する一対の角。
「えぇ……」
俺は思わず、困惑の声を漏らしてしまった。
◆
見れば見るほど、立派な角だ。
黒黒としたそれは見事な光沢を放っており、優れた陶芸家の創り出した作品のようにも見える。
全体が黒一色という訳でもなく、先のほうが若干白くなっていて、その差がとても綺麗だと思った。
それがウサギの額にさえ生えていなければ。
先程まで可愛らしかったはずのウサギは、角を起点として赤黒い血管を全身に浮かび上がらせ、滅茶苦茶怖くなっている。
正直差が大きすぎて、本当に同じ存在なのか信じがたい。
どうやら彼女も同じ気持ちのようで、口をあんぐりと開いて固まっている。
その隙をモンスターが見逃すはずもなく、後ろ足に力を込めて大きく跳躍した。
彼女は抵抗する気配も見せずに、突撃を受け入れる。
真っ直ぐに胸に飛び込んでいくウサギ――名前はオーガバニーというらしい。
バニーだなんていう可愛らしさじゃないだろうよ、と思ったが、変身前の姿を思い返せばそれでも良いのかもしれない。
「うぐっ!?」
うめき声をあげ、地面に倒れ込む彼女。
よく見てみると、状態異常【出血】のマークが。
……えっぐ。
あの可愛らしさで油断させつつ、変身して硬直させる。そして角を用いた体当たりを決め、【出血】を付与する、と。
いやえっぐ。
絶対に戦いたくない。ビックコックローチとは違う意味で。
哀れな彼女はこのままポリゴンとなってしまうのか、とハラハラしていると、見慣れた姿が現れた。
「あれは……」
俺は「そいつ」を凝視する。
何度も何度も何度も、俺を黄泉の国に送りやがった宿敵。
殴ってもあんまり効かなくて、体当たりは速いので回避しきれず、前動作から予測するしか無い。
では魔法によってぶっ倒してくれよう、と思ったら魔法(錬金術)使えないし。
まぁ、つまるところ、そこにいたのはスライムだった。
「きゅー!」
彼女の近くに魔法陣が現れ、その中から飛び出してくるスライム。
そいつはお得意の体当たりをオーガバニーにくれてやり、主人であろうプレイヤーを守るような動作をした。
あの子、テイマーだったのか? どう見ても陽の光を浴びているが、ダメージを受けている様子がないことから吸血鬼ではないはずだ。
吸血鬼以外でモンスターを使役するのは、やはりロマン職テイマーだろう。俺もこのゲームを始める前はテイマーにしようかと迷ったものだが、結局選ばなかった。
何故ならモンスターと意思疎通が出来るのか分からなかったからだ。今では可能であることが証明されているが。
というか、スライム種の特徴なのか、全員鳴き声が同じなんだよな。
おかげでドクとの違いが分からない。
あ、ちなみに現在ドクは水にプカプカ浮かんで遊んでいます。可愛い。
「行くよ、すーちゃん……!」
彼女がやる気満々に、そう呟いた。
あのスライムはすーちゃんというのか。そのままだな(棚上げ)。
彼女の指示によって飛び出したスライム――すーちゃんは、しかし体当たりを回避されてしまった。
余裕綽々と行った雰囲気を醸し出すオーガバニー。やはり、そこにはモンスターとしての差が存在するのだろう。
お返しだ、と言わんばかりに体当たりを繰り出し、すーちゃんの体の一部を吹き飛ばした。
「すーちゃんっ!?」
焦ったように声を出す彼女。
だが体が動かないのか、腕を出したままの姿で停止している。
その間にウサギはスライムに追撃を仕掛け、ついにHPが風前の灯となってしまった。
このままでは彼女達は死んでしまうだろう。
俺はそれで良いのか? 一切知らない人ならともかく、とても人には言えないような行為を行った仲だぞ? なおその行為は一方的な爆殺とする。いや、あの後彼女が逝ってしまったのかは知らないが。
だが、今俺は爆発ポーションを持っていない。
あれがあれば……あれがあれば助けられたのに!
無力を嘆いていると、突如天啓が舞い降りてきた。
――そうだ、今、ここで! 彼女を助けられるようなアイテムを創れば良いんだ!
幸い、現在は戦闘中じゃない。
アイテムボックスに仕舞ってある魔法の釜を取り出し、錬金術を発動させた。
水の中にいても大丈夫らしい。これで海に沈んだときも対応できるな。そんな状況にはならないだろうが。
「何か無いのか、何か」
若干の焦りを感じながら、ホログラムウィンドウを操作する。
一番使用頻度が高い【爆発ポーション】という項目が一番上に表示されているが、涙を呑んでそれを無視した。
ごめんよ、後で絶対に作ってやるからな。
そうやってしばらく操作を続けていると、とあるアイテムが目に入ってきた。
「これなら助けられるのでは!?」
俺は歓喜の表情を浮かべながら、急いでそのアイテムを作り出す。
運のいいことに、今までクリアしてきたクエストの報酬で必要な材料が溜まっていた。
「こう、こうして、……こう。……出来た!」
そうして、俺は創り出したアイテム――【麻痺ポーション】を右手に掲げ、キッと彼女達の方を睨みつける。
しばらく集中していたから気づかなかったが、結構ピンチに陥っていた。
おそらくはすーちゃんであっただろうポリゴンが漂い、彼女のHPもまた尽きようとしている。
水底を思い切り蹴り、音を立てて地上に出る。
それにびっくりしたのか、オーガバニーとプレイヤーは揃ってこちらを見ていた。
今だ。今しか無い。こんなチャンスは、もう来ない!
届、けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!
下半身の力を、腰から肩、肘、手首へと移動させる。
DEXが高いおかげか、一切の力の無駄なくそれを行うことが出来た。
そして、大きく振りかぶって……。
「シッ!」
投げた。
麻痺ポーションは美しい軌跡を描いて、彼女らの元へと届けられる。
そしてそのまま、吸い込まれるように敵影に飛び込んでいった。
「痛ぁいっ!?」
「あっ」
……かと思ったら、彼女の方へ行ってしまったようだ。
いやぁ、間違っちまったぜ☆ 俺もまだまだだな! もっと投擲の練習をしなきゃ!
◇
「また、貴方ですか!?」
こちらを見て何か言ってる。
もはや測定不可能なほどのIQを持っている俺だが、彼女が何を行っているのか解することが出来なかった。
戦闘中だというのに不思議と動かなくなった彼女を、オーガバニーは躊躇なく襲う。
俺はそっと目を伏せつつ、水に沈みながら耳を覆った。
ぼこぼこぼこ、と吐き出す息が水泡になり、耳が楽しい。何故か地上から「ひぎゃああああああああああああああああああっ!? ウサギが嫌いになる! トラウマになるっ!」とかいう叫び声が聞こえてくる気がするが、まぁ気の所為だろう。
そのまま数分ほど潜水していた。
修行の成果か、しばらく呼吸をしなくても大丈夫な体になってしまったのだ。もちろん死ぬほど苦しい(それでもゲームなので現実よりも緩和されている)が、称号は得られなかった。
水の中に音がなくなった頃、俺は恐恐と水面から顔を出す。
そこには、出処は分からないが綺麗な花弁のようなものが漂っていた。
わー、きれー^。
と、俺が脳死しながら微笑んでいると、流石に罪悪感が襲ってきた。
……いや、本当に申し訳ない。
間接的にではあるが、プレイヤーキルをしてしまった。
それをされた彼女からしてみれば溜まったものではないだろうし、自分としても罪悪感がとんでもないことになっている。
どうにかして謝罪出来ないものか。今度ばっかりは、コミュ障とか何とか言ってられないのでは?
水から上がり、濡れてしまったローブを乾かす。
吸血鬼的にこれを脱ぐ訳にはいかないので、地面に寝っ転がったり走り回ったりする程度だが。
それでもゲームだからか、三分ほどで完璧に乾いた。やっぱり不快感が高いものは対策がされているのだなぁ。だったらクソデカゴキブリとかは何なんだ、と言いたくなるけども。
……決めた。今度会ったら、赤ポーションを死ぬほどあげよう。
前に作ったものは全てラインに押しつ……あげてしまったが、新しく創れば良いのだ。
見た感じ彼女は人間っぽいし、普通に使えるだろう。もちろんこの程度で許してもらえるとは思っていないが。
そうと決まれば、いざ往かん材料探しへ!
と俺が意気揚々と脚を踏み出すと、何処からか「しー」という鳴き声が聞こえてきた。
それはどうにも聞いたことのあるもので、耳に入った瞬間から、冷や汗が止まらない。足は震えが止まらず、腕に力が入らないせいで落ちている石すら拾えなかった。
嫌な予感を振り払いつつ、壊れたロボットのような動きで後ろを振り返る。
まぁ、そこには当然のように、オーガバニーがいた。
そりゃ、そうか。
さっきまで彼女がいたのだから、先の戦いを制した勝者がそこにいるのは当たり前だ。
もしかしたらロストしているかも、と思っていたが、これだけ近くにプレイヤーがいたら消えるものも消えないだろう。
否応なく始まってしまった戦いの一番槍をドクに任せようとして、辺りを見渡したところ。
「きゅー」
「まだ遊んでんすかドクさぁんっ!?」
未だに水の中で楽しそうにしていた。
そんな感じでばっちり隙を晒してしまった俺は、無事オーガバニーの攻撃を受ける。
水が高いところから低いところへ流れるのと同じように、一切の違和感を与えずにHPが消し飛んだ。
……まぁ、俺は紙装甲だからなぁ。
死に戻った先には彼女がいるのだろうか。
もしもそこにいたら、気まずいどころの話じゃなくなるのだが。とりあえずジャンピング土下座をかましつつ、全力で媚びへつらい、最悪足でも何でも舐める決意。
そんなふうに、人として失ってはいけないものを取りこぼしまくっていた俺は、因果応報というべきか、オーガバニーの攻撃を受けてポリゴンになったのであった。
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