ビックコックローチ

 一先ず正面からやってくる敵に爆発ポーションを投げつける。

 それなりの速度を出して飛んでいったそれは、しっかりとゴキブリの目に突き刺さった。



「ぴゅるるるるるるるるぅぅぅっ!?」



 絶妙に気持ちの悪い鳴き声を上げて、爆発を受け入れるゴキブリ。

 何でゴキブリが鳴くんだ、と言ってはいけない。そんなこと言ったらどうしてスライムが鳴くんだ、という話になってしまう。どう見ても発声器官無いぞ。

 まぁゴキブリは種類によっては鳴くんだが、「あれ」はそんな可愛いものじゃないだろう。

 何だよ、ぴゅるるるるるって。



 バタバタと暴れているモンスターを置いて、その頭上を見てみた。

 HPバーは六分の一程度が削れている。それと、奴の名前が「ビックコックローチ」であることも分かった。そのままだなぁ。

 分かりやすいけど。



 このまま爆撃によって、近づくこと無く倒せれば最も良いのだが、残念ながら残りは三つ。

 目という、あからさまな弱点で爆発したのに六分の一しか削れなかったので、これだけでは倒しきれないだろう。

 素手で殴り殺さねばなるまい。



「嫌だなー……」



 その光景を想像して、身震いした。



 だって、ガントレットもブーツも装備してないんだぜ?

 それでゴキブリを殴れと。嫌がらせかな?



 それもこれも逃げ切れなかった自分、ひいてはAGIにステ振りをしなかった自分が悪いのだ。

 諦めよう。そして攻撃を受けないようにしよう。

 一撃でも貰えば死ぬかもしれないというのもそうだが、まず奴の攻撃を受けたくない。

 多分あの脚か、触覚あたりで攻撃してくるはず。絶対触りたくない。



 俺は駆け出して、ビックコックローチとの距離を詰めた。



 ぬかるんでいる地面を力強く踏み込み、何とか頭の上に着地できた。

 当然敵が頭上にいるのだから、ゴキブリは大きく暴れる。

 しかし俺は伸びている触覚を掴み、振り飛ばされることを拒否した。

 そのまま、ローブの中にいたドクを袖から放出し、無理矢理口の中に入れる。



 検証の結果分かったのだが、どうやらドクの身体はそれ自体が毒を持っているらしい。主人だからなのか、俺には効かないようだが。

 それ故、触れるだけで低確率だが毒状態にするという能力があった。

 お、チート能力か? とも思ったが、状態異常を付与する可能性が大体十%、スライムしか相手にしかしていないため確実ではないが、MNDの高さによって回復するまでのスピードが変わる。

 普通のスライムだったら三十秒、魔法系のスライムだったら十五秒くらいで回復されたから、多分そうだと思う。



 それで与えられた総ダメージは、HPの半分ほどだったけど。

 俺のクリティカルヒット三発分だと考えれば、それほど弱いわけではない……んじゃないかなぁ。

 一度毒状態にすれば、離れていてもスリップダメージが与えられる訳だから。



 もしかしたらドクの毒性が低いせいで、ビックコックローチには毒状態が付与できなかったかもしれないので、一応口の中に放り込んでみた。

 流石に外骨格で守られている外側よりも、内側の方が弱いでしょ。



 そうやってしばらく頭上で耐えていたところ、無事毒状態のマークが表示された。

 ミッションコンプリート。俺はドクに指示を出し、口の中から脱出してもらう。



 その際に噛まれたようだが、スライムの特性かあまり影響がなかった。

 物理耐性を持っているだけある。俺も持ってるけどね!



 そのまま距離を取って、暴れまわるゴキブリの暴風雨から逃れる。

 このフィールドには毒を使う相手がいないのか、やけに大きくのたうち回っていた。

 そもそもモンスター同士で戦うことがあるのだろうか? 



 ……戦闘中だということを思い出し、その考えを振り払った。

 気を取り直すように呼吸を一つし、眦をキッと吊り上げる。



「よし、ラストスパートだ」























「てぇいッ!」

「ぴゅるるるるるるっ!?」



 俺の踵が、ビックコックローチの目に突き刺さる。

 ぶちっ、とした気持ちの悪い感触がして、思わず顔が歪んでしまった。



 かすかに残っているHPを、握り込んだ石で削り切る。

 気持ちの悪い液体が飛んできたが、それと引き換えに、奴は断末魔を残してポリゴンと化した。



「終わった、か…………」



 重いため息を付き、先程までの戦闘を思い返し嫌な気分になった。



 おそらく、今まで戦ってきた中で最も強い……というか、戦いづらい敵だった。

 まず相手に直接攻撃がしづらいという。まぁそれは俺が拳を主体とした戦い方をしているからなんだが。なお職業は錬金術師。

 さっき目に踵落としをしたことから分かるように、別に触れてもダメージがある訳じゃない。

 ある訳ではないのだが……触りたくないよね。



 虫が嫌いだということじゃない。

 ただ、大きな虫に触りたくないというだけだ。



 同じことでは? と思った諸君らに問いたい。

 チワワは可愛いよな。でも、グレートデーンはちょっと怖くないか? あ、怖くない? そう。

 まぁ俺は怖いのだ。何か撫でようとしたら喰われそう。

 昔から動物にはあまり好かれないのだよな。悲しい。



 それがキュートなイッヌではなく、ゴキブリだったらどうだろう。

 小さな状態でもアレなのに、それが大きくなるのだ。

 そりゃあ、触りたくもなくなるよ。



 つまり、そこら辺に落ちていた石を使って撲殺した俺は悪くない。証明完了。

 流石に石程度だったら俺のSTRでも持てたので助かった。

 もしも石が持てなかったら、ドクの与えた状態異常でHPを削りきらなくてはならなかったから。それでは時間がかかりすぎる。



 風に舞っていくポリゴンを眺めていると、ふと先程までビックコックローチがいたところに何かが落ちていることに気付いた。

 念の為に警戒しつつ、それが何なのかの確認に行く。



「これは……ドロップアイテム?」



 地面に落ちていた「それ」を指で摘み、しげしげと眺める。

 そういえば、RPGって言ったらドロップアイテムみたいな感じはある。今まで見たことなかったけど。

 ……これも俺のLUKが低かったせいだろうか。確か、ドロップ率に影響があったはずだし。



「でもさぁ、よりによってこれかよ」



 俺が持っていたもの――まんまゴキブリの脚を見ながら、本日何度目かのため息を付いた。

 記念すべき、初めてのドロップアイテムがゴキブリの脚。

 逆に不運だよね。泣きたくなってくる。



 不潔そうだからポイってしたいんだけど、下手に強いからそれも出来ない。



【ビックコックローチの脚】

 主に湿った森に生息している、ゴキブリが魔力を浴びて巨大化したモンスター、ビックコックローチの脚。その強度はなかなかのものである。AGI+5。移動速度+3%。



 ね? 捨てられないでしょ?

 どうして脚が装備品なんだよと思ったら、どうやら装飾品らしい。

 そして、石よりも軽いから俺でも装備可能と来た。

 今捨てると、次ドロップするのがいつか分からないから、捨てる訳にはいかない。



 俺はホログラムウィンドウを開いて装備すると、それはネックレスのようになって現れた。

 紐に結ばれた、ゴキブリの脚。サイズは元のものよりも小さくなっているが、胸元で強烈な存在感を放っている。

 ローブの中に入れて隠すのも、何となく嫌だし。



 俺は何処か釈然としない気持ちを抱きつつ、ゴキブリとの死闘を終えたのだった。

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