沼地

 しばらく歩いていたら、草原から沼地らしきものに変わっていた。

 振り返ってみると、随分と急に土地の性質が変化している。

 まぁ、ゲームだからこういうところを気にしてはいけないんだろうが。



 ついに、不審者御一行(全身真っ黒なローブで隠している人物&ポイズンスライム)は、新しいステージへやってきたのだ。

 いや、別のステージという話なら『魔海と炎山の狭間』には行ったんだけれども。

 でもさ、あれを認めてしまったらいけない気がする。見た目ロリに無理矢理連れて行かれただけだし。

 それと違って、今回は自分の意志で、自分の足で来たのだ。遅すぎる足にイライラしていたが。



「さぁ、行くぞ!」

「きゅー!」



 張り切っている俺に合わせてくれたのか、首元から身体を出して元気に鳴き返すドク。

 良い眷属に巡り会えたなぁ、とほっこりした。

 しかしその分、ドクのHPをゼロにする訳にはいかない、と気を引き締めた。眷属が一度死んだ場合、復活できるかどうか分からないからな。

 おそらく、ゲームだから出来るだろうけど。



 一応、新しいステージに対応出来るのか考えるために、ステータスを表示する。



【ステータス】

 名前:ポチ

 種族:吸血鬼

 職業:錬金術師Lv.20

 称号:■の友だち

    痛みを望むもの

    悪逆非道

    蛮族

    曲芸師

 HP:100/100

 MP:50/50【100】

 STR:0(0)

 VIT:0(0)

 AGI:0(0)

 DEX:290+80(370)

 INT:0(0)

 MND:0(0)

 LUK:0(0)

 スキル:器用上昇Lv.3

     杖Lv.3

     錬金術Lv.3

     近接戦闘Lv.4

     格闘Lv.5

 種族スキル:吸血

       使役

       物理耐性

       日光弱化

       聖属性弱化

       光属性弱化

 ステータスポイント:0

【装備】

 武器:なし

 頭:なし

 体:黒霧のローブ

 足:なし

 靴:なし

 装飾品:なし

【眷属】

 ポイズンスライム:ドクLv.5



 格闘スキルがレベルマックスになった。

 生産職疑惑が発生している錬金術師なのに、このスキルが一番最初に最大レベルになるなんて……一番使ってるスキルだから良いんだけどさ。

 スキルと言えば、【杖】は現在使用できないから、新しいのをセットしようかな、と考えている。

 STRの影響で武器が装備できないからな。

 私の武器はこの”拳”ですよ(by錬金術師)。



 うーん、まぁ、きっとこのステータスで行けるでしょ!

 大丈夫大丈夫。最悪死んでもデスペナ食らうだけだし。



 俺は自信を持って、沼地での第一歩を踏み出した。



 ◇



「ムリムリムリムリムリムリッ!!」

「きゅー!?」



 俺たちは今、沼地に足を取られながら全力疾走していた。

 


 このフィールドに来た時のセリフがフラグになっていたとしか思えないが、一応現在の状況を説明しようかと思う。出来れば後ろを振り返らず、それと過去を振り返らないことで「奴」を頭の中から完全に追い出したいんだけど。



 俺withドクを追っているのは、黒光りする例のアイツ。

 明治時代に発売された本で、脱字があって誤った名前が広がったアイツ。

 家にいたり外にいたり、つまりは何処にでもいる悪魔の眷属。または悪魔そのもの。

 家の中でそいつを見つければ騒乱が起き、婦女子は泣き叫び、そこは悲鳴に包まれる。

 殺そうと思ったら生命力が高くて死なず、急に空を飛んで反撃してくるアイツ。

 人類なんかよりも圧倒的に長い歴史を持ち、人類滅亡後は支配者になるであろうアイツ。



 ――結局、何が言いたいのかと言うと。



 ………………俺達は、仔牛並みの大きさのゴキブリに追い回されていた。


























 ゴキブリ。

 それは、遥か昔よりこの地球上に存在し、人を恐怖のどん底に突き落としてきた存在。

 都心部でアンケート調査をすれば、八十%以上の人が「嫌い」もしくは「苦手」だと回答するであろう例のアレだ。

 だが、北海道とか、そういう寒いところではあまり繁殖していないため、存在自体を知らない人がいるらしい。羨ましいことだ。



 幸運なことなのかは知らないが、俺はゴキブリがそれほど苦手な質ではない。

 何なら、家で壁に張り付いているのを見た時は「おぉ、よく生きろよ」と呟いてしまうほどだ。

 嫌われ者同士、気が合うのだろうか。しかし、ゴキブリは存在したら嫌悪を抱かれるのに対して、俺はそもそも認識されないので、どちらがなお悪いのか判別に困るところだ。

 流石に家族には認識されているが。



 その性分と、男ということもあったのだろうか。

 家でゴキさんが登場した時、必ず俺に討伐の依頼が来ていた。もちろん拒否権など無かったがね。

 心のなかで謝罪をしつつ、スプレーを噴射する。あの時の罪悪感ったら無い。



 まぁ、そんな感じで、俺はあまりゴキブリに苦手意識を持っていなかったのだが。



「流石にこれは無理でしょーッ!」

「ぴゅるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるっ!!!」



 後ろから追ってきているのは、仔牛大のゴキブリ。

 いくら苦手意識がなかろうと、こんなバカでかい虫がいたら悲鳴上げるわ。



 沼地への華々しい一歩を踏み出した俺だったが、その後水を飲んでいるモンスターを発見。

 木陰にいたせいで様子が見えず、とりあえずドクに頼んで毒液発射をした。

 狙い違わず、綺麗な弾道で飛んでいく紫色の液体。それが敵に直撃した時、俺は思わず勝利を確信した。

 今までのスライム戦で油断していたのだろう。それがいけなかった。



 ドクの攻撃が当たったものの、即死しなかったその相手。

 奴は当然怒り狂い、木陰から勢いよく飛び出してきたのだ。



 視界に入れたら、目を見開いてそのまま気絶しかねない大きさのゴキブリの姿を伴って。



 それを認識した瞬間に踵を返し、デッドヒートの開始だ。

 ゴキブリは移動速度がとても速いことで有名だが、こいつは図体の大きさの割にあまり速くなかった。

 もしかして、こいつと戦いたくないプレイヤーへの救済処置なのだろうか。戦いたくなかったら逃げても良いよ、と。だったら最初からこんなモンスター設定しないでほしいものだ。

 まぁ、速くないとは言え俺と同じ程度の速度はあるので、全力疾走をしても距離が開かない。



 おかげでかれこれ数十分は走り続けている。

 修行で鍛えたおかげで後少しくらいは走れそうだが、どうも相手には「体力」なんてステータスが無さそうだ。

 だって息切れ一つしてないもん。虫が息切れするのか知らないけど。



 このままだとジリ貧だと思った俺は、ついに奴に立ち向かうことを決意した。

 


 両手に爆発ポーションを出現させ、くるりと方向転換する。

 おそらく、この戦いで爆発ポーションが切れるだろう。これからは、新しい攻撃手段を見つけなければ。



 そんなこんなで立ち向かったわけだが。



 迫りくるは、ガサガサと音を立てながら走ってくる非常に大きいゴキブリ。

 近づいているのと、その圧力からかどんどん大きくなっていくように錯覚する。



 ごめん、やっぱ逃げていい?

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