あっけない決着

 正面から飛びかかると言ったな? あれは嘘だ。



 俺は手に隠し持っていた石を、鍛えざるを得なかったコントロールを使って奴の目に投げた。

 自分で言うのも何だが、あれは素晴らしく速度と回転の乗った石だった。まるで、俺の肩と肘がプロ野球選手のものとでも交換されたかのようだ。

 おそらくDEXの補正も効いているんだろう。いつもお世話になってます。



 俺の手から離れた石は、空気を抉り取るかのように自転しながら、フレイムスネイクの赤い瞳に向かっていく。

 奴はそれに気付くと、流石にこれ以上目を潰されると厳しいのだろう――全力で身を捩って回避しようとした。



 まぁ、避けようとした時点で間違いなのだが。



 俺は泣きたくなるような速度でだが、フレイムスネイクの懐に潜り込んだ。

 相手は俺の放った石を回避するために、頭を地面すれすれまで下げている。ということは、ものすごく蹴りやすい位置に頭がある・・・・・・・・・・・・・・・・・ということだ。


 

「シッ!」



 鋭く息を吐きながら、右足を頭に叩き込む。

 それは丁度まだ生きている方の目で…………ちょっとしたトラウマになりそうな感触を俺に残して、潰れて消えてしまった。



 うぇ、グロ。



 俺は顔をしかめながら、追撃に移るべく駆け出した。

 というか、素足で目を潰すってなんて罰ゲーム? いや、潰される方が罰ゲームだろうけどさ。潰す方にも辛いものがあると思うんだよね。



 アイテムボックスから爆発ポーションを取り出して、絶叫しているフレイムスネイクの口の中に放り込む。

 少なくとも、体皮に当てるよりもダメージは大きいはずだ。

 それが一か、二かの小さな違いだとしても。



 口腔内で爆発が起こったせいなのか、奴は更に口を開き、悶え苦しんでいた。



 ……………………………………あれ、もしかしてこれボーナスタイムでは?

 爆発ポーションを口の中に投げ込む→口腔内で爆発が起こって苦しむ→更に叫ぶために口をもっと開く→爆発ポーションをもっと口の中に投げ込める、という最強のループが出来るのではないだろうか。

 おいおい、入れ喰い状態だなぁ(意味は少し違う気がするが)。



 ほいほいほい、と洗練された無駄のない動きで爆発ポーションを投げ込んでいく。

 それはさながら職人の技のようで、見るものに憧れと畏怖を与える。……という名の妄想だ。そんなくだらない妄想に付き合わされるフレイムスネイクさんには同情します。私が全ての元凶ですが。



 いや、ある意味では鬼畜ロリラインが悪いので、彼女に全ての責任を押し付けましょう。

 俺は悪くねぇ! 間違っているのは、あの師匠の方だ!



「うーん、本当にこのまま倒しきれそうだな……」



 俺は爆発ポーションの餌やりを継続したまま、拍子抜けしてしまった。

 せっかく主人公ムーブしたのに、結局ははめ殺しか。好きだけどね、はめ殺し。



 でもさぁ、なんかコレジャナイ感があるんだよなぁ。



 もっと、苦戦したかったっていうか……。

 もちろん、苦しい戦いだったんだけどね? 最後の決着くらい、真面目にやりたかったなぁ。

 


 まぁ、はめられるんだったらはめるけど。

 正面から殴り合いしたら普通に殺されるからね、しょうがないね。



「――――――――――ッッッ!」



 その後、五分くらい爆発ポーションを呑ませ続けて、フレイムスネイク氏はこの世からいなくなった。

 山のようにあったポーションが、終わるんじゃないかとヒヤヒヤしていたのだが、ギリギリで足りて良かった良かった。



 戦闘を終了した俺は、何とも味わい深い顔をしていたらしいが。某師匠曰く。 




















 キラキラと、風にのって舞うポリゴン。

 それに包まれて、何とも言えない顔をしている黒衣の不審者。

 それと、それを面白そうな表情で眺めている赤髪のロリ。



 何も知らなければ、ある意味幻想的な光景であったのかもしれない。

 だが、少なくとも俺にとってはそんな風情を感じられないことだけは確かだ。



『レベルが上がりました』



 レベルアップのアナウンスを無視して、俺はラインの元へ歩いていく。

 さり気なく右手を背中側に回して、出現させるは伝家の宝刀、爆発ポーション。



 ふつふつと湧き上がってくる感情に蓋をして、平常時では出来ないであろう笑顔で師匠へ勝利の報告をしに行くのだ。

 あぁ、ありがとうございます、師匠。貴方のおかげで、少し前の自分だったら絶対に勝てなかったであろう敵に勝利することが出来ました。



 これは感謝の気持として、僅かばかりですが受け取ってください。



「――――――――――死に晒せやァァァァァァァッッ!!!」



 俺は激怒した。必ず、かの邪智暴虐のロリを除かなければならぬと決意した。

 俺には人の気持ちがわからぬ。俺は、生粋のコミュ障である。教室の隅で本を読み、一人で遊んで暮らしてきた。

 けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。



 見給え、あの清々しい笑顔を。

 まるで、親の言いつけを守って褒められている幼子のようではないか。

 しかしその実態は、か弱い弟子に圧倒的強者をけしかけ、高笑いをしている悪魔なのだ。許せぬ。必ず、今、ここで、倒してみせる。



 俺は目にも留まらぬ速度で右手を振るうと、鍛え上げられたコントロールによって綺麗にラインの額へ爆発ポーションが吸い込まれていく。

 流石に、この程度の不意打ちで師匠を倒せるとは思わないから、黄金コンボを決めるために足元に落ちていた石を握り込んだ。



 あぁ、もっとAGIにステータスを振っておけばよかった。

 そうすれば、この五メートルという距離を一瞬で詰めることが出来、さらなる追撃が出来たであろうに。



「――面白い、来な!」


 

 ラインは獰猛な笑みを浮かべると、止まって見えると言わんばかりに飛んでいく爆発ポーションを掴むと、先程とは比べ物にならない速度で投げ返してきた。



「この、人間卒業者め……ッ!」



 前回り受身を取ることで、それを何とか回避する。

 その勢いを利用して更に距離を詰めると、間近に迫っていたラインにアッパーを叩き込もうとした。



「それじゃ甘い、よなぁ……ッ」



 俺の拳を逸らすと、顔面に強烈なカウンター――膝蹴りが叩き込まれた。



 一瞬で視界が白に染まり、前に流れていく景色。

 地面に平行のまま数メートル吹き飛ぶと、かろうじて見えていたHPバーがものすごい勢いで消滅していく。それを見て、俺は親友とすら呼べる仲のあいつ・・・が訪れることを確信した。



「あっ、ちょ、ごめんっ! ポチ、死ぬなぁ……っ」



 一体誰のせいだと思ってんだ。

 いやまぁ、先に襲いかかったのは俺だけどさ、一発で死ぬようなカウンター入れることはないんじゃない?



 そんな不満も、本気で心配そうに走り寄ってくるラインを見て尻すぼみになっていった。

 


「ど、どうしよう……このままじゃポチがぁ………………あっ! そうだ!」



 俺の傍らに座り込んで、オロオロとしていたラインだが、急に名案を思いついたというふうに目をキラキラさせた。

 何故だがそれに嫌な予感を覚え、止めようとするが死にかけの身では満足に話すこともおぼつかない。



「ほらっ、赤ポーションだ! これを飲んで、体力を回復しろ!」



 あっ、ちょっ、待って。



 やる気に満ち溢れている彼女を止める言葉は、俺の口からはこぼれなかった。

 その代わりに、赤色の液体が俺の口内を満たしていく。

 吸血鬼的には、血の代用みたいでちょっとかっこいいなー、なんて思うんだが、その液体はトマトジュースなどではなく赤ポーション。となれば、訪れる結末などたった一つ。



『邪悪なる者にポーションは使用できません』



 一週間ほど前に起こった悲劇と同じ道を辿り、俺の身体はポリゴンと化していく。

 混乱とともに涙を目に貯めるラインを眺めながら、「ポーションって飲めるんだ……」と少々ずれたことを考えていた。

 どうやら、あからさまに飲んでください! っていう見た目をしたポーションが、実は飲めませんよというトラップは存在しなかったようだ。何だ、俺の考えすぎだったか。



 そして、ほんの少しばかりの怒りをきっかけとした俺の復讐劇は、いつもどおりの結果をもって終劇となった。

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