痛みを望むもの

 突然だが、ここ最近の俺の生活を紹介したいと思う。



 まず、朝七時くらいに起床。

 家から近い学校を選んだので、余裕を持って眠っていられる。

 色々と準備を終えると、登校する。ちなみにこの時、隣の家に住む幼馴染と一緒に学校へ行くという素敵イベントが毎回発生する。



 …………俺の家の前に住むイケメン君に。



 は? いや、そこは俺に「おはようっ! 今日もいい天気だね!」みたいに天真爛漫に笑う幼馴染がいるべきじゃないのか? 

 彼は超絶イケメンなのだから、可愛い幼馴染などいらないだろう? 天は二物を与えずって言葉をご存じで無い? はー、これだから人生やってられねぇわ。



 まぁ、彼らは俺の幼馴染でもあるんだが、きっと俺のことなんて知らないだろう。俺だってあいつらの名前知らないし。ボッチは人の名前を覚える必要が基本的に無いので、どうしてもという状況にならないと、人の名前を覚え無いのだ!

 いや、もしかしたら俺だけかもしれない。だから全国のボッチさん許して。



 そんなこんなで心中を嫉妬の嵐で満たしつつ、帰宅部のエースとして誰よりも疾く登校。

 そのまま自分の席に向かうと、寝た振りをする。休み時間が来るたびにそれを繰り返し、来たるは待ち望んだ放課後。



 やはり最速で帰宅すると、家族と会話をすること無く部屋に直行。ベッドにダイブしてゲームにログインッ! 目を開けばそこは、もはや見慣れた地獄であった。



「よーし、ポチ、今からお前はあの木まで走ってこい」



 みたいな感じで、どこからともなく現れたラインが俺に修行内容を指示。「嫌です」なんて言えない俺は泣く泣く従い、その日は体感距離十キロ走らされた。

 おや、現実よりもゲームのほうが辛いのでは? 俺は訝しんだ。





 というのを一週間ほど繰り返している。なお、イケメン君の登校相手は日によって変わっており、ある日は学園のマドンナ(死語)、またある日はうちの学校の生徒会長(すごい美人)だったりする。

 何故貴方にだけヒロインが寄ってくんですか? 俺も欲しい。



「にじゅはーち、にじゅくー、さんじゅー」

「っ、ハァ……!」



 どこかやる気の抜けるような掛け声を、俺の背中の上で続ける師匠。

 今、俺はラインを背中に載せながら腕立て伏せをしている。グルルルルルル……と唸り声をあげているモンスターの横で。



 頭おかしいんじゃねぇの?(直球)



 こんな疑問が湧いてきても仕方のない所業。

 俺はどうしてゲームの中で筋トレしなきゃならないんだ……と思いながらも、いつ野郎は襲いかかってくるんだろう、とヒヤヒヤしている。

 まぁ、仮に襲ってきたとしてもラインが何とかしてくれるだろうけど。他力本願? それこそ我が覇道よ。



 なお、こんなに苦しい筋トレをしても、STRの値は増えない模様。え、本当にこの修業意味ある……?



 何か『称号【痛みを知るもの】が【痛みを望むもの】に変化しました』とかいうアナウンスが来たんだけど、気のせいだよね。それだと俺がわざわざこんなことを望んでやってる変態になっちゃう。

 そもそも、称号が変化するってどういうことだよ。あれか、何か経験値みたいなものがあって、それをためていくと進化みたいなことするのか。



 何とか腕立て伏せを終わらせ、三メートルくらいの大きさのクマ型モンスターをラインが殴り殺しているのを流し見しつつ、新たに得たであろう称号を確認した。



【痛みを望むもの】

 幾多の痛みを乗り越え、もはやそれを望むものに与えられる称号。被ダメージ−10%。全ての被属性ダメージ−1%。



 …………強いけど。効果は強いけど。字面が変態なんだよなぁ。



 何だよ、『幾多の痛みを乗り越え、もはやそれを望むものに与えられる称号』って。俺痛みなんて望んでねぇよ。



「おいポチ、次は私と組み手をするぞ」



 ぜー、ぜー、と息を切らしている俺を見て、満面の笑みを浮かべてそんなことをのたまうライン氏。

「お断りさせていただこう」という言葉は、彼女の表情を見て飲み込まざるを得なかった。



 あぁもう、痛いのは嫌なんだけどなぁ。仕方ない、やってやるわ!



 ◆



 それからしばらくして。



「グギャアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」



 俺は今、馬鹿みたいに大きな蛇に追い回されている。



 後ろをちらりと見れば、丸太みたいな太さの胴体に、十メートル近くある巨体をうねらせる化け物。

 真っ赤な瞳に、真っ白な体色。何かライオンみたいな鳴き声を上げているのと、口からはみ出すほど大きい牙を見ないふりすれば、どこぞの神様の遣いだと言われても信じることが出来るかもしれない。



 というか何で蛇が鳴いてるんだよ。オメーもしかして蛇じゃないのか?



 そんな疑問はコミュ障云々関係なく、ただ純粋なる恐怖によって封じられる。

 話が通じるかも分からない化け物相手に、「あんた蛇?」って聞ける奴は出てきて欲しい。俺の代わりにこの場に召喚してやるから。



 黒衣をはためかせながら、ラインに仕込まれた、やけに綺麗なフォームの走りをしつつ、顔面を涙とかその他諸々の情けない汁で汚している俺。

 誰かが今の俺をカメラに収めていて、後々「うぇーい、お前の黒歴史だぞー?」とか持ち出してきたら立ち直れる気がしないが、そんな悪趣味な友人はいないから大丈夫だろう。もともと友人なんていないが。

 あっ、恐怖とは別の方向から涙が湧いてきた。この話をしてはいけない。



 それと俺の唯一の味方と言っても良いラインは、件の蛇の頭上で高笑いをしてらっしゃる。

 


 そもそも、俺がこんな状況になっているのも全てはあの性悪ドSロリのせいだ。

 奴が寝ている大蛇に対して、「おっ、あんなところに面白そうなやつがいるぜ! ちょっかいかけよう!」と言い出した挙げ句、そこら辺に転がっていた石を投げつけやがったのだ。



 当然スヤスヤ気持ちよく眠っていた大蛇さんは激おこ。さっきまで真横にいたくせに気配を消して、そこにラインの姿はなかった。



 そうなると、責任転嫁された俺は逃げ回るしか無く。



 それでも、蛇なんて精々デカいミミズみたいなもんでしょ、へーきへーき。



 と、高をくくっていた俺はその速さに驚愕。

 予想もしなかった全力ダッシュをかれこれ二十分は継続している。

 もちろんAGIゼロの俺にとってそれは容易なことではなく、石を投げつけて目眩ましをしたりしながらだが。



 あぁ……以前の俺だったら、十分ももたずに喰われていただろうなぁ。なんて、こんな状況じゃなければ喜んでいたであろうことを自覚する。

 出来れば、大っきな蛇に命を狙われながらじゃなくて、もっと安全な、それこそ日常の中で「俺……強くなってる……っ!?」したかったなぁ。あの鬼畜ロリラインが師匠であるうちは、安全なんて無いだろうけど。



 まぁでも、いつまでも逃げてる訳には行かないので。



 走っている勢いを利用して、右足を軸に百八十度体を回転させる。

 今まで逃げていた獲物が急に絶対的強者に相対したものだから、一体何事だ、と大蛇が目を見開いたが、俺はそれに構わずアイテムボックスからとあるアイテムを取り出した。



「えい」



 そしてそのまま、奴に向かって投擲。

 先程まで硬直していた奴だったが、所詮弱者の足掻きだろう、と思い込んだのかその物体に危機感を持たずに、俺に突進してきた。



 で、そのガラスの瓶が頭にぶつかった瞬間に、それは起きた。



「グギャアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!?」



 ガラスの瓶が衝撃によって割れた時、中に入っていた液体が空気に触れる。

 それがトリガーとなって、急激に熱を持った後、爆発。



 目の近くで爆発が起きた上に、それがガラス瓶の破片を飛ばしてくるんだから、このアイテムほんとやべぇな。使っている自分からしてみればとても良いものだが。



 目にガラス片でも刺さったのか、その巨体を地面に叩きつけながら絶叫する大蛇。

 俺はそれを見ながら、思わず浮かんでくる愉悦の感情を自覚した。



 にやぁ、と口を歪めながら、さっきの爆発するアイテム――本当にそのままなのだが、爆発ポーションという――を両手に持ちながら、さっきまでとは違って悠々と歩いていく俺。

 その姿に恐怖を感じたのか、少し大蛇が震えたような気がしたが、気の所為だろう。俺のような弱者かつ善良な一般人に、そんな感情を抱くはずがないのだから。



「さぁて、錬金術師の戦い方ってのを見せてやるよ、デカミミズ」



 その言葉を聞いた大蛇が、赤い目から涙のようなものを流したような気がするが、やはり気の所為だ。



 …………ちなみに諸悪の根源であるラインは、爆発ポーションがぶつかる前に頭の上から退却していた。

 ちっ、反応の良いやつめ。

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