ようこそ魔境へ
唸りを上げて俺に迫る拳を、横から弾くことによって向きを逸らす。
それでも、そのあまりの威力故に、俺の手からギシギシと聞こえてはいけない音が聞こえてきた。
歯を噛み締めて聞こえないふりをしつつ、いつの間に接近してきたのか懐に入ってきたラインを迎撃するべく、膝蹴りを繰り出した。
――入った。
そう確信するほどの僅かな距離。
いや、それはもはや距離とすら呼べないかもしれない。そんな状態で放った膝蹴りだ、例えどんな達人であろうとも回避は不可能――そう思っていた俺は、驚愕に目を見開いた。
目で追えないほどの速度で懐に迫ったラインは、俺が膝蹴りを繰り出したのを見るやいなや、その両手を膝の上に乗せて、そこを支点に前宙。
頭を飛び越していく時に、かかと落としを脳天に食らわすことも忘れない。
目の前で、白い光が弾けるかのような痛みと衝撃。
ダメージで地面に倒れ込みそうになるが、そんなことをすれば更に酷い状況になるのは目に見えている。
何とか前に足を踏み込むことで姿勢を安定させると、後ろから
「う、おぉぉっ!? ちょ、ポチお前、見えてたのか!?」
どこか焦ったような声を出しながらも、スライディングのような動きで蹴りを回避すると、唯一地面と接している左足に岩を砕くほどの威力のチョップ(実際に砕いているところを目撃した)を浴びせた。
当然、踏ん張る力など無い俺は、無様に空中に浮かぶ訳で。
「どっそいっ!」
良く分からない掛け声的な物を出しながら、スライディングの速度を利用して逆立ち、そのまま真上――つまり俺にねじ込んだ。
「ぐっ!?」
腹に大きすぎる衝撃。現実だったら内臓にダメージが入っているかもしれないほど。少なくとも嘔吐は確実だろう。
だが、これがゲーム。そんなグロテスクなことは無いのだ。
だから、ここからでも反撃できる。
今の俺は、空中でくの字になっている。真下には逆立ちをしたような格好のライン。
そして、俺は蹴りの衝撃を利用して、サマーソルトキックを応用したような攻撃を繰り出した。
ロックボア相手に練習していたのは無駄じゃなかったんやな、って。
冗談はさておき、俺の決死の反撃を見たラインは、流石に驚いたのか目を少し見開くと、ニヤァ……と獰猛な笑みを浮かべた。
俺はその笑みに良い思い出など無い訳で、背筋に大きなつららでも差し込まれたかのような悪寒を覚える。
が、空中で大きな動きは出来ず、繰り出された爪先はラインに向かうと、彼女は自身の足で俺の膝あたりを拘束すると、そのまま俺のことを背中から地面に叩きつけた。
「がっはっ……!」
背中に響く激痛……という程でも無いが、じんじんとする程度の痛み。
肺の中の空気は全て吐き出すことを強要され、今では閑古鳥が鳴いている。目の前には「馬鹿にしているのか?」という感想を得るような鳥のエフェクト。
これは現在俺が混乱状態になっている証拠だ。
「……ポチ、強くなったなぁ……たったの一週間でここまで強くなるなんて、私もびっくりだぞ」
「…………」
その、強くなったポチとやらを圧倒するロリがいるらしいっすよ?
俺の足を現在進行系で極めつつ、朗らかに笑うライン。その姿を見て毒気を抜かれてしまい、抵抗を諦めて空を見上げた。
真っ青な雲ひとつ無い空。
太陽は自己主張激しく光り輝いているが、吸血鬼である俺にとっては迷惑極まりない。世界は闇に堕ちるべきだと思う(中二吸血鬼の感想)。
はぁ、とため息を付きつつ、飛んできた火山岩を避ける。
いや、確かに、空は綺麗ですね。そして、周りには誰もいない。たまにモンスターが出てくるが、それは修行にはもってこいだろう。
なるほど、確かに、「武闘会出るぞ」と言ったラインに連れてこられたこの場所は、強くなるにはうってつけなのだろう。
視線を右にやれば、天まで届くほどの高さを誇る岩の山。その頂上からはもうもうと煙が立ち上り、それほど近くはない俺ですら熱を感じるほど。間違いなく火山だろう。
何か赤いドラゴンが頂上の空を飛んでいる気がするが、気の所為に違いない。
左を見れば、どこまで広がっているんだ、という程の青い海。青い空と相まって、とても綺麗だ。
何か馬鹿みたいに大きな蛇とこれまた馬鹿みたいに大きなイカが喧嘩している気がするが、気の所為だろう。そうに違いない。そうでなきゃ困る。
………………で、俺が何を言いたいのか、というと。
「何で初めたばっかの初心者がこんな魔境で修行しなきゃいけねぇんだッ!!」
「?」
怒りによってコミュ障を凌駕しつつ、不満を声に出してみたが、どうやらラインは理解していない様子。
可愛らしく首を傾けていた。ラブリー。俺をこんな状況に陥れた諸悪の根源でさえ無かったら、惚れていたかもしれない。
ああああああああああああああああああああああああああああああ、ここどこだよ…………。
多分、今の俺は泣いて良いと思う。というか多分涙目になってる。
万が一にもラインにそれを見られないように、自由な腕を使って顔を隠した。
もう、誰か助けて……。
◆
見渡す限り広がる灰色の大地。
よく見ればゴロゴロと石が転がっていて、転んだらとても痛いだろうな、と思った。
もちろんそこには草木など生えているはずもなく、頭頂部が寂しい中年を見たときのような、どことなく物悲しい気分になる。
海と火山に囲まれているこの場所は、最初の街を北の方にずっとずっと行ったところにある。
ずっとずっとと言っても、どれくらいだか分からないよ! という人も安心してくれ。俺も分からん。
ラインは街を出た瞬間、足に思い切り力を込めて風となった。
ビュンビュンと後ろに過ぎ去っていく景色。
腕を掴まれているが故に、俺の体は地面を離れ、宙を舞っていた。それはさながら風の強い日にあげた凧のようで、乗り物酔いに弱い俺は速攻酔っていた。
「お助け……」という声にも耳を傾けず、今まで見たこともないほどの速度で疾走するライン。おそらく相当我慢していたのだろう。
もはや俺の存在を忘れているんじゃないか、という疑いがかかっていた彼女の顔は、それはもう喜悦と興奮に満ちていた。しかも哄笑している。
あれか、しばらく本気が出せないとおかしくなっちゃうタイプの人か。
と
ガクガクと体を揺らしながら、白目をむいて笑う不審者。それを手で引きながら、風と化しながら大笑いする幼女。こんなのどこからどう見ても頭のおかしい連中でしか無い。
道中、プレイヤーに遭ったような気もしなくないが、
そんな感じで、宙を舞うこと数時間(体感)。
緑あふれる山にたどり着いた俺は、ラインによって拷問のような修行を開始されられた。
美幼女に苛められるというのは、多分その道の人にとってはご褒美なのだろうが、俺にとっては地獄でしか無いです。やめてください。
キラッキラと目を輝かせて、「あぁ、この子は俺のために行動してくれるんやな……」と分かるくらいに微笑んでいる相手に対して、そんなこと言える奴がいれば、そいつはおそらく人じゃない。
そもそも、ボッチ陰キャコミュ障とかいう、この世の終わりみたいな属性の欲張りセット人間である俺は、こんな美幼女相手に会話など出来ない。
で、辿り着きましたのがここ、『魔海と炎山の狭間』というそのままのステージ。
正直、名前だけ見てもゲーム開始一週間の奴がいて良い場所じゃないですね。これだけでももうお腹いっぱいなのだが、ダメ押しと言わんばかりに追加情報。
『推奨レベル55』
…………………………最初の街にデスルーラしよっかな。
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