狩り

 冷静さを失った獣ほど殺しやすい物は無い。

 某戦闘狂さんこと、俺の師匠ラインのお言葉だ。


 

 普通の人間は、怒り狂った獣に軽々しく手を出したら、紙より脆くその生命を散らしてしまうという常識はご存知ないらしい。

 今も、樹の上でニマニマと俺とロックボアとの戦いを観察している。

 いや、あれ観察ってよりも観戦だな。だってポップコーン食べてるし。



 どうにも助けてくれる気配は無い。

 俺は自力でこの地獄から生き延びるしか無いようだ。



「ブモオオォォォォォォォォォッッ!!」

「…………いや、無理では?」



 目を潰されたことで、大変お怒りになられているロックボアさん。

 視覚を失ったにも関わらず、その異常発達しているであろう嗅覚で俺の位置を正確に割り出すと、立派な前足に力を込めて突進してきた。

 口の端からはもはや剣と言っても良い程の牙が飛び出していて、まともにぶつかったら儚く散るだろうことは考えなくても分かる。



 俺は冷や汗を流しながらも、直線的な突撃を回避する。



「ブモォォォォッ!?」



 不運なことに、そのまま俺の後ろにあった巨木に激突。

 いや、俺にとっては幸運か?



 それと、その巨木にはたまたまラインが座っていたようで、「あっ、うっ、落ちるッ!」とか何とか言っていた。いやー、偶然って怖いっすね。



 額から木に飛び込んだロックボアは、目から涙代わりに血を流しつつ、急いで俺に追撃せんと方向転換しようとした。

 その前に、俺は後ろ足の間にあったものを、思い切り蹴り上げる。



 やはり男の弱点は種族共通なようで、ロックボアは大絶叫を上げると気絶してしまった。

 …………見てるだけで痛い。

 実際の猪にそんな弱点があるのかは知らないが、このゲームの猪はどうにも危機意識が薄いらしい。あんなあからさまな弱点があるのに、それを狙わない奴とかいないでしょ。




 奴の頭の上に、気絶を表すアイコンが表示された。

 何気に、このゲームで初めての状態異常だ。その原因が金的ってのも後味が悪いが……。



 その後は、気絶状態が解けても襲ってこないように、ロックボアの足を全て縛って、殴り殺した。

 STRが無いからだいぶ時間がかかったが、その分色々な技の練習が出来た。サマーソルトキックとか。いつ使うんだよ。



 巨大な体がポリゴンになって、風に散っていくのを何とも言えない顔で見送る俺。

 そんな微妙な状態になっている俺に対して、頭上からけらけらと笑い声が聞こえてきた。



「ポチ……お前、だいぶ敵に対して遠慮が無くなってきたんじゃねーか?」

「……?」



 一体何を言っているのだろうか、この御仁は。

 そのような環境に身を置かせたのはあんただろうに。



 とは、口に出さなかった。出せなかったと言っても良いが。

 一週間程の付き合いだが、未だに満足に話すことが出来ていない。そりゃそうだ、たったの一週間で話せるようになったら、今までの人生なんだったんだ。



『レベルが上がりました』



 スライムを討伐したあの日から一週間。

 死因はポーションということで、俺を死に至らせる薬を全てラインに押し付けたところ、「修行に行くぞ」という言葉とともに引きずられ、この山に連れてこられた。



 それから、さっきのように馬鹿みたいに強そうなモンスターと戦わされ、夢の中でも修行を行うという危ない状態になってしまった。



 ……あぁ、俺は一体どこを目指しているのだろうか。魔法職のはずなんだけどなぁ……。
















【ステータス】

 名前:ポチ

 種族:吸血鬼

 職業:錬金術師Lv.15

 称号:■の友だち

    痛みを知るもの

    悪逆非道

    蛮族

    曲芸師

 HP:100/100

 MP:100/100

 STR:0(0)

 VIT:0(0)

 AGI:0(0)

 DEX:240+80(320)

 INT:0(0)

 MND:0(0)

 LUK:0(0)

 スキル:器用上昇Lv.3

     杖Lv.3

     錬金術Lv.2

     近接戦闘Lv.4

     格闘Lv.4

 種族スキル:吸血

       使役

       物理耐性

       日光弱化

       聖属性弱化

       光属性弱化

 ステータスポイント:0

【装備】

 武器:なし

 頭:なし

 体:黒霧のローブ

 足:なし

 靴:なし

 装飾品:なし

 


 ところで、これが一週間地獄のような修行を行ってきた俺の現在のステータスだ。

 ……見て欲しい、この圧倒的なレベルを! 何と十の大台に乗っているのだ。しかも、それもすでに折り返し地点。まもなく夢の二十レベルも夢じゃない。



 あれから、ラインに引きづられた俺は、四天王であるスライムとの戦いに明け暮れていた。

 連戦に次ぐ連戦。初めは、ほぼほぼ死んでいた俺だったが、現在では一時間に四体程度倒せるようになった。死亡率も、十体に一回ほどに減少している。



 なんて成長率なんだ。自分が恐ろしい。

 そんなふうにステータスを見ながらニヤニヤしていると、ラインが「何だこいつ」という目で見てきたので、咳き込んで誤魔化した。 



 それと、ラインと殴り合いをしているうちに、新しく【曲芸師】なる称号を手に入れた。



【曲芸師】

 常人にはおよそ出来ないような動きをするものに送られる称号。アクロバットをする際に僅かに補正がかかる。



 …………まぁ、顎に向けられた蹴りを回避するために、バク転とかしてたからな。この称号を手に入れるのも納得だ。絶対に現実世界で同じ動きできないけど。あのような動きが出来るようになったのも、おそらくDEXのおかげだろう。

 いやー、一時期はSTRやAGIにステータスを振っておけば良かった……! と後悔していたものだが、現在は「DEXに振っておいて良かった」という考えに変わっている。

 


 それにしても、やっと俺が納得できる称号が手に入ったな。もしかしたら、不名誉な称号しか手に入らないんじゃないかとヒヤヒヤしていたんだ。安心安心。



 あと、【蛮族】なる称号も手に入れていたが、これは名前だけで効果がなかった。今まで何かしらのボーナスがあった分、少しだけ勿体ないように感じてしまった。

 スキルとは違い、称号に所持制限などは無いが。



 それと、この称号を手に入れた時に【曲芸】というスキルも手に入るようになったが、スキルスロットが埋まっているためまだ取得していない。

 そもそも、後方から安全に攻撃をする職業に就いているのに、どうしてアクロバットなどしなければならないのか。もしかすると【錬金術師】は生産職説というのが俺の中で生まれているが。



 いや、きっとそんなことは無いさ。

 だって、錬金術師だぜ? 錬金術師って言えば、ロマン職の代名詞的存在だ。神ゲーであるUnendliche Möglichkeitenが、そんな残酷なことをする訳がない。

 


「ほれ、ボサッとしてないで、さっさと行くぞ」



「とうっ」という声とともに、ラインが樹の上から飛び降りてきた。

 流石にあれを受け止めると虚弱な俺では死んでしまうので、冷静にラインの軌道を予測して回避する。



 難なく回避した俺を見て、ラインがため息をつく。



「……なぁ、私だって乙女なんだぞ? そこまであからさまに回避されると、ちょっと傷つくんだが」



 何を言っているんだ。他に何かが出来たわけでもあるまいし。

 まさか、数十メートル上から落ちてくる少女を、受け止めろとでも? 現実世界だったら腕が折れるし、この世界だったら死に戻りだ。



 そんな馬鹿みたいな死に方したくない。



 それにしても、乙女()ですか。いや、そうですね。幾つになっても、というかならなくても、女性は乙女なんですよね。分かりますよ。



 うんうん、と理解していることを主張する俺に、再びラインがため息を付いた。



「馬鹿みたいなことを考えているのは理解できるが、一応言っておくと私はお前よりも年上だからな?」

「………………ぇ?」


 

 ラインの発言が、耳を素通りして意味を解せない。

 今、何と言った? ラインが、俺よりも年上だって?



 ……あり得ないだろ。だって、こんな小学生みたいな見た目したロリが、年上?



 俺はしばらくラインを見つめたまま動けなかった。

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