錬金術
目を開けば、そこはログアウトした路地裏の中。建物に囲まれて陽の光がはいらないそこに、真っ黒なローブで頭まで隠した不審者がいた。
……まぁ俺なんだけど。
このゲームでは、ログアウトしたところに再びログインするらしい。しかし、街の外などの安全圏外では、そこにしばらくプレイヤーの体が残り、モンスターに襲われる可能性がある。それを回避するために、出来るだけ街の中でログアウトしようね、ということだ。
もちろん、残った体に何かいかがわしいことは出来ない。このゲームは全年齢対象だからね。
あの後、学校の終わりを待ちに待った俺は、家に帰ると同時にゲームにログイン。そして現在に至る。
キョロキョロと辺りを見渡して、さて今日は何をしようか、と考えた。スライムに復讐するのでもいいし、他の街に行ってみるのも面白いかもしれない。……そう言えば、この街以外にもエリアってあるんだよな? 新しいゲームだから、まだ実装されてません、っていうパターンもあるのではないだろうか。
うーん、まぁそこは冒険してみて、無かったら無かったらでこの街の覇者にでもなればいいだろう。
「あ、錬金術」
そんな感じで考え込んでいたら、学校で立てた今日の予定を思い出した。
おやっさんのところに行って、魔法の釜が完成したかどうか聞きに行くのだ。昨日は完全に忘れていたが、俺は完全無欠の魔法職。杖は殴って使うものではなく、あくまでも魔法の補助に使うものなのだ。
今までのように前衛で戦うのではなく、後衛から魔法をバンバン打つロマン砲になるんだ。
そうと決まれば、俺はしっかりとローブのフードを伸ばし、何があっても体が太陽の光に触れないようにする。
いやぁ、このローブが地面に引きずるほど丈が長くて助かった。実は、俺は今も裸足で行動している。というか、ローブの下は下着だけだ。だから、もしも長くなかったら足とかに陽の光が当たって死んでしまっていたかもしれない。やはりこれも、運営の親切……というか吸血鬼の仕様なのだろうか。
バレたら、変態の誹りを甘んじて受け入れなければならない。
そんなリスクを抱えながらも、あえて堂々と街なかを歩く。
別にこれは、俺が露出に目覚めたとかそういうことではなく、ただ単に経験から「ドキッ、ドキツ……私、誰かに見られてる……!? 普通に、普通にしなきゃ……」みたいな感じを出すと、逆に目立つことを理解したからだ。
証拠に、俺は地面に引きずるほど長い、真っ黒なローブによって全身を隠しているが、背筋を伸ばして歩いているおかげか誰にも注目されない。せいぜい、「あ、この人はそういうロールプレイをしているんだな」ぐらいだろう。
今までは、人が多くいる場所でそんなに堂々と出来なかったが、体が全く露出していないということもあって、意外とそれなりに出来るようになった。もしも現実でこれをやれ、と言われたら拒否するだろうが。
そんなふうにして歩いていると、俺は見覚えのある建物にたどり着く。
「おっ、やっと来やがったか……」
「…………」
おやっさんが俺に気付く。
「魔法の釜はもう完成してるぜ。さっさと受け取りな」
おぉ……これが……。
俺は感動に打ち震えながら、手に持った「魔法の釜」を凝視した。
見た目は、ただの古ぼけた金属製のかま。完成したばかりなのに、どうして古臭いんだというツッコミはあるが、まぁそっちのほうがロマンがある。全て金属で出来ているのか、かなり重かった。
「……おい、坊主。お前、少し見ない間に随分と邪悪に染まったな」
「え」
手に収まる魔法の釜に恍惚としていた俺に、おやっさんが突然呟いた。
邪悪? 俺が? 全く覚えがない。
難しい顔をして黙り込んでいるおやっさん。何故そんなことを言われたのか分からず、俺も一緒に黙りこくる。邪悪……邪悪ね。思い当たることと言えば、俺が吸血鬼になったくらいか。でも、見た目には差なんて無いはずなんだが……。
いや、もしかしたら吸血鬼特有の何かがある? 歯の長さとか、影が存在しないとか。でも、今の俺は真っ黒のローブで全身を隠していて、歯なんて見えないはずだ。だったら、やっぱり影なのだろうか…………………………あっ。
俺は無言でステータスを開くと、忌々しい
【悪逆非道】
悪辣なるものに送られる称号。与ダメージ+2%。NPCからの好感度−10%。
あったわ。原因絶対これだわ。
相手にダメージを与える代わりに、俺の精神にダメージを与えるという恐ろしい称号。NPCからの好感度が低くなるとか言っていたが、こういうことなのか。
しかも、この俺が邪悪? ちょっと敵MOBにマウント取って殴り殺して、真祖の吸血鬼の眷属になっただけの錬金術師じゃないか! これのどこが邪悪なんだ!
「まぁ、お前の心が醜くなったとか、そういうことではないっぽいな……だったら、気にするだけ無駄か」
俺がぷりぷりと怒っていたら、おやっさんがガシガシと頭を掻いて言った。
さすがおやっさん! 俺は信じていたぜ。
ほら、俺今まで友だち少なかったからさ。分かるんだよね、良い友達と悪い友だちの違いが。多分俺よりも三十歳以上年上の人を「友だち」呼ばわりするなんてどうなんだ、とは思わなくもないけど、十数年友だちがいなかったんだからそれくらい許して欲しい。
ま、別に友だちが出来なかったんじゃなくて、作らなかっただけなんだけどね? あえてだよ、あえて。
仲直り(?)をした俺たちは、そこでしばらく話――俺が一方的に聞かされた。内容はブルハさんとの惚気。爆発すればいいと思いました――をすると、俺は工房を後にした。
これぞ「大人の関係」ってやつですよね。別れる時に時間をかけない。意味深なやつではないから、そこのところ間違えないでいただきたい。
俺は路地裏に入ると、錬金術を使ってやろうと口角を上げた。
「さて……」
薄暗い路地裏の中、真っ黒なローブを纏いながら怪しく笑う俺。
衛兵さんとかに見つかったら間違いなく連行されてしまうが、必死の弁明をすれば許してもらえるだろう。
……いやちょっと待て、そもそも悪いことなどしていないのに、どうして弁明をしなくてはならないのか。
まぁ格好のせいですよね。解決しました。
真っ黒の覆面を被って銀行に行って、通報されたって文句は言えない。それと同じだ。
俺はホログラムウィンドウを開いて、スキルを発動するためのボタンを押す。
『アイテムを創造します。素材を選んでください』
というメッセージが表示され、作ることが出来るアイテム一覧が出てきた。
それを前に、思わずテンションが上がってしまった。こういうの、男の子のロマンだよね。
「ポーション、毒薬、麻痺毒、爆弾か…………爆弾? 面白そうだなぁ。スライム討伐には使わないけど。それにしても、毒関連のアイテムが多いなぁ、邪悪判定されているからか? あっ、これブルハさんに貰ったアイテムが原因だ。あの人なんてもん押し付けてんだ」
ブツブツと独り言を言いながら、アイテム一覧をスクロールする。ブルハさんの家に行って、そのまま吹き飛ばされた時に、手の中に握らされたもの。それはありとあらゆる毒関連のアイテムを作るのに必須のアイテムだった。いや、助かるんだけどさ、助かるんだけど、怖い。
それと、今までクリアしてきたクエストの報酬も錬金術の素材になるらしい。
俺はかなりの数のアイテムから、作りたいものをいくつかピックアップした。
「やっぱり、回復アイテムは必要だよな……となると、ポーションは作るか」
このゲームにポーションは複数の種類があり、効果によって色が異なるようだ。HPを回復するのは赤色、MPを回復するのは青色、というように。
非常に納得が出来ないが、今の俺には青色ポーションは必要ない。魔法職なのに、MPを使わないからだ。そもそも消費しないのに、回復も何もない。納得は出来ないが。
そんな事を考えながら、赤色ポーションを十個作る。
『アイテムを創造しました』というメッセージとともに、アイテムボックスに赤色ポーションが収まった。
……少し感動した。
これだ、これだよ。俺はこういう魔法使いっぽいことがしたかったんだ。間違っても敵に近づいて殴り合いをするようなプレイがしたかった訳じゃない。ゲームを始める前は、そういうプレイも良いと思っていたが、キャラメイクの時に魔法職を選んだ時点で、近接戦闘はしないと決めていたんだ。
他にも創れそうなアイテムがあったので、いくつか創ってみる。
アイテムボックスを見ながら、俺は緩む頬を抑えられなかった。
行ける。これらがあれば、俺はスライムに勝てる。もちろん、魔法など使えないから、殴って。
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