スライム戦

 時は来た。



 俺とスライムは、草原にて睨み合っている。

 スライムに目は無いが、俺は強い殺意をひしひしと感じていた。



 無論、それは俺も同じ。目の前の強敵スライムを何があっても殺す、という強い意志を抱いていた。何回も、何回もスライムに殺された。初めは、抵抗も出来ずに。回数を重ねる毎に、俺はスライムを死に追いやっていた。

 そして、今回。今まで持っていなかった回復アイテムを手に入れ、万全の状態。



 これなら、勝てる。俺は、スライムをここで下す。



 スライムが、飛び込んできた。

 体をプルリと震わせると、目にも留まらぬ速さで体当たりを狙う。AGIの低さが原因か、それすら目で追えない。



 だが。



「そんなのは、慣れっこなんだよ……!」



 俺は上体を倒し、頭を狙っていたスライムの攻撃を回避する。

 回避されたことに驚いたのか、スライムはしばらくの間、動きを停止した。さて、ここからが俺の十八番だ。



 杖を持っていないため、拳を振るう。

 スライムを上から殴ると、奴は地面に叩きつけられ、無様にはねる。HPは、クリティカルが入ったのか、半分以上削れていた。



 ……よし、レベルが上がったことに加えて、各種ダメージ増加系スキルや、称号のおかげで、一発一発の破壊力が上がっている。称号には文句が言いたいが、今だけは感謝してやる。



 サッカーボールのようにバウンドするスライムを思い切り蹴飛ばす。



 草の向こうに消えていく敵に、しかし俺は追撃をかけなかった。



「……お見通し、だよッ」



 背後、草がざわざわと揺れる音。



 俺は振り返りざまに裏拳を放ち、奇襲を仕掛けてきたもう一体のスライムを吹き飛ばした。

 前回、奇襲をされて負けた。だから、俺は辺りに意識を集中しており、ガサガサと音を立てながら背後に来たスライムの存在に気付いていたのだ。



「きゅー!」



 そのスライムが鋭く鳴くと、突撃を敢行してきた。

 馬鹿の一つ覚えのように、直線上を進む。



 にや、と俺は獰猛な笑みを浮かべると、ちょうどスライムがジャンプした辺りを狙って右足を振るう。



 俺の足はそいつに突き刺さり、その体の形を変えながら五メートルほど飛ばした。HPは、やはり半分以下になっている。



「確定、クリティカルか……!」



 俺のDEX極振り。正直意味あるのか? と思っていたが、ここに来てその真価が発揮された。

 攻撃をすれば、確定でクリティカルダメージになる。もちろん、もっと強いモンスターには確定では無いだろうが、最初の強敵、スライムにならば確定で入る。

 そして、クリティカルならばHPが半分以上削れるのだ。



 勝った。



 俺は勝利を確信しながら、追撃するべく足に力をためた。



 目の前の敵に向かって、思い切り足を踏み込んで接近する。 

 奴は焦ったように回避しようとしたが、俺は手に握っていた石を投げることで、それを出来なくした。



 飛んでくる石に怯え、動けなくなるスライム。そんなのは、俺にとって鴨でしか無い。

 俺は勢いをつけたまま飛び蹴りをし、半分以下になっていたスライムのHPを消し飛ばした。



 青色の体をブルリと震わせ、迫りくる死から逃れようともがいているが、やがて抵抗虚しく、その体をポリゴンにして空気に溶けてしまった。

 俺はそれを呆然と見ながら、光の花弁のようなものを目で追う。キラキラと光るそれは、草原に吹く風に流されると、どこかへ消えた。



「勝った……?」



 小さく、呟く。

 今の現象。さっきのは、モンスターを倒した時に発生するものであるはずだ。それがスライムに起こったのだから、俺がスライムを倒したということでいいのだろうか。



 今までボコボコにされてきて、やっと巡ってきた今回のチャンス。決死の覚悟を決めて、回復アイテムまで用意したのに、こんなにあっけなく勝ててしまって良いのだろうか? それとも、これも何かの罠?



 一応気を抜かずに、周囲の気配を探る。しかし、どうやら俺の周りには何もいないようだ。

 安全を確信した俺は、詰めていた息を吐いて、その場に座り込んだ。ドン、という音とともに、地面に勢いよく腰を下ろす。多少の痛みを伴ったが、それよりも今は、先程の戦いによる興奮が抑えきれなかった。



 ――勝った、勝った、勝った!



 頭の中で、喜びが爆発する。何だろう、今なら何でも出来る気がする。明日クラスメイトの女子に話しかけてみようかな。会話の段取りとしてはこんな感じ。



「あ、あの……」

「え、何?」

「ッスー…………何でも、無いです」



 あっ、無理だ。イメージトレーニングしたけど、すぐに負けましたね。スライムよりもクラスの女子のほうが強い説。少なくとも俺にとってはそうだ。もしや、光属性か聖属性あたりを持ってるな? ……道理でリア充がキラキラしてる訳だ。

 これからは、「俺吸血鬼だからリア充になれねぇんだわ」という言い訳が使えるようになるぞ! 情けねぇ!



 過剰な興奮を一人芝居で消化しつつ、レベルアップしなかったことにため息をつく。

 あんなに強かったのに、レベルアップしないとは。もしかして、スライムはシャドウウルフよりも経験値が少ないのか? どう考えてもスライムのほうが強いのに。さっすが鬼畜ゲー。



 手を地面について、空を見上げる。

 空は真っ青に晴れていて、俺に対する大量殺人記録をお持ちの太陽を睨みつける。闇の眷属的な存在になったせいか、昨日よりも遥かに眩しく感じる。

 だが、今だけは何でも許せる広い心になっているから、多少の眩しさは許してやろう。こんな尊大な思考をしているとバレたら、太陽からビームでも振ってくるかもしれないが。そうしたら全力で抵抗してやろう。俺、真祖の吸血鬼の眷属だぞ? 光を憎むのは当然だよね。



 そんなふうに、油断していたところ。



「きゅーっ!」

「ッ!?」



 背中に、大きなものがぶつかった感触。俺は鳴き声に反応して、咄嗟に立とうとしたが、しっかりと腰を下ろしていたせいで回避が間に合わなかった。

 背中を荒っぽく押されると同時に、勢いを利用して立ち上がる。



 そして反転。俺に突撃してきやがった敵―――スライムに後ろ回し蹴りを叩き込んだ。



 見れば、そいつのHPは残り数ドットで、俺の蹴りによってその生命に終止符が打たれた。儚くポリゴンになって散るスライム。どうやら、最初に俺が吹き飛ばしたスライムのようだ。おそらく、柔らかい草がクッションとなって、僅かにHPが残ったのだろう。

 俺は完全に油断していたことを悔い改め、自分の残りHPを確認した。さっきの攻撃は、完璧な意識外からのものであり、無抵抗だったのだからクリティカルダメージである可能性がある。それに加えて、今の俺のVITはゼロだから、今すぐにでも死んでしまうような残量になっているかもしれない。



 そう思って、固唾を飲みながら確認したHPバーだったが、俺の予想に反して、何と半分以上残っていた。これには流石の俺もびっくりだ。正直言えば、さっきの奇襲で死んでいないだけマシだと思っていたのに。



 ……あれか。称号のおかげか。それと、吸血鬼の種族スキルである【物理耐性】。おそらく、これらのおかげで物理ダメージが減り、紙装甲の俺もスライムの攻撃に耐えることが出来た、と。



 いやぁ、クローフィには感謝しか無いな。吸血鬼にされたせいで太陽の光を浴びれなくなったが、しかしそのおかげでスライムに勝てたのだ。今の所デメリットよりもメリットのほうが勝っている。……でも、やっぱり太陽のダメージはでかすぎると思う。数秒で死ぬとか、ラスボスか?

 


 俺は今度こそ油断しないように、慎重に辺りを見渡した。周囲に敵影無し。今すぐに死ぬ心配は無さそうだ。



 安心に身を浸しつつ、先程のような奇襲がないとも言い切れないため、万全を期す必要がある。

 


 であれば、今早急に行うべきは体力の回復。つまりは、HPの回復だ。

 俺はアイテムボックスから赤ポーションを取り出すと、いざ自分が創り出したアイテムを使わん、と意気込んだ。しかし。



「これ、どうやって使うんだ……?」



 右手にポーションを持ちながら、顔に浮かぶは困惑の表情。

 ガラス製の瓶に赤い液体が入っていて、それをコルクが封印している。いかにも、これを飲んでくださいと言わんばかりだ。様々なゲームなどでも、ポーションと言えば飲用だ。見たところ、このゲームでもそれは変わり無さそう。



 が、このゲームは鬼畜ゲーである。そのような便利なことがあるだろうか?



 ――これは、トラップだな……。



 俺は確信した。

 間違いない、これは運営の底意地の悪さがにじみ出た、凶悪な罠である。きっと、モンスターとの戦いに明け暮れ、減少したHPを回復しよう、とコルクを開けてその中身を喉に通した瞬間に、爆発するなり体力が削れたりするのだろう。

 そして憤怒に燃えるプレイヤーを、運営は天から嘲笑うのだ。



「残念だったな……!」



 しかし、俺の灰色の脳細胞にかかれば、そのようなことなどお見通し。仕込まれた罠など初見で回避してみせよう。

 俺はコルクに伸ばしかけていた手を引っ込め、ポーションを持つその手を大きく振りかぶった。


 

 ポーションが飲めないとすれば、果たしてどうやって体力を回復するのか。

 それは、数多のゲームが教えてくれる。



「つまり……!」



 直接体にぶっかける。もしくは、容器ごと地面に叩きつける。



 これが正解だ。



 俺はかっこよさと利便性と中二病的観点から後者を選び取り、振り上げた右手を振り下ろした。

 握られていたポーションは、拘束から逃げ出した鳥のように雄々しく羽ばたき、無惨にも地面に墜落する。勢いよく地面に墜ちたことが原因で、耐えきれずその身を粉砕させた。



 ガラス片とともに、飛び散る赤い液体。それは俺の身を癒やさん、と砂糖に群がる蟻のように俺に迫りくる。

 俺は、それを両手を広げて迎え入れる。あぁ、まもなく俺の努力の結晶が俺を癒やすのだ!



 ――で。結局。



『邪悪なる者に聖なるポーションは使用できません』



 一瞬にして俺のHPは消し飛び、空を泳ぐ赤い液体はまるで俺の血のようだった。



 つまり。



 ――――俺は死んだ。

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