黒霧のローブ
【黒霧のローブ】
災害級モンスター『黒紅の魔王』の身より生まれ落ちたローブ。黒紅の魔王の『霧化』の派生として生まれたため、重さが存在しない。見た目はただの黒いローブだが、実際は生きており、血を吸うことで己の傷を修復する。真祖の吸血鬼の一部と言っても良いため、日光を完全に遮断する。しかし、その実態は霧であるため、物理防御力は皆無。聖属性、光属性のダメージを軽減する。
耐久値:10000/10000
スキル:【吸血修復】【日光遮断】【聖光耐性】
えぇ…………………………。
クローフィにもらった新しい装備をセットして、その説明を見た俺の感想。「え、強すぎとちゃう?」でした。思わず困惑してしまうほど。
開いたホログラムウィンドウを凝視し、しかしそれがバグでも何でも無く、本当のステータスであることを理解した。えっと、俺まだこのゲームを始めて一日も経ってないんですけど。それなのに、こんなラスボス戦前みたいな装備を手に入れるとか、ゲームバランス崩れてね? 大丈夫?
見たところ、馬鹿みたいに高い耐久値に、血を吸えば自動で耐久値を回復してくれるであろうスキル。そもそも装備にスキルなんてあるのかよ。やっぱりこれ序盤で手に入れて良い防具じゃないよ。
………………いや、防御力がないから、バランスは取れているのか? 魔法防御力についても記されていないことから、それもまた存在しないことが推察できる。でも、聖属性と光属性のダメージを軽減してくれるらしいんだよな……まぁ、今まで「属性攻撃」を見たことがないんだけど。
あっ、いやでも、吸血鬼の種族スキルで【聖属性弱化】と【光属性弱化】があったから、それと打ち消し合うのか? それだったら、バランスが取れているのかもしれない。
とすると、残った【日光遮断】はプレイヤーの救済処置なのかな? いくら何でも、陽の光に当たっただけで、すぐに死ぬのはおかしいと思っていた。だが、元々この装備を手に入れることが前提だったら、あのダメージも納得できるかもしれない。
……なるほどなぁ、よく考えられてる。さす神(さすが神ゲーの略)。
というか、『黒紅の魔王』ってなんすか? 説明を見た感じ、黒紅の魔王=真祖の吸血鬼=クローフィっぽいんですが……。
ちらっとクローフィを見てみれば、にっこり笑顔。怖くなったので質問できませんでした。ダヨネ! こんな序盤に登場するNPCが、そんな恐ろしい存在なわけないヨ! アハハハハハハハハハハハハ!
なんて馬鹿なことを考えていたが、内心ものすごく嬉しい。だってこんな隠し装備っぽいものを手に入れたんだもの。
俺だって男の子だ。ちょっと人見知りが激しくて、人とお話できないが、それなりに「中二心」というものは持っている。
つまりは、俺TUEEEEEEEEEEとかしてみたいのだ。まぁ? 最強のモンスターであるスライムと良い戦いを繰り広げ(敗北)、真祖の吸血鬼の眷属であるシャドウウルフをマウント取って殴り殺す(非道)時点で、俺の無双っぷりは発揮されていたのだが…………あれ、また俺何かやっちゃいました?
一日の終わりに、良い出会いができた。
クローフィは、人生経験豊富な俺でも緊張してしまうほどの美少女だし、性格も良い。なおNPCの模様。それでも、無いよりはマシだろう。むしろ、現実よりも良いまである。
それと、真祖の吸血鬼なるロマン溢れる存在。その眷属になった俺は、ゆくゆくは真祖になれるのだろうか。だったら、テンション上がっちゃうな。『黒衣の魔王』に、俺はなる!
俺はそんな満足感に浸りながら、「行くところがある」と言って、どこかへ行ってしまったクローフィと別れ、現実世界に戻るためにログアウトした。
機械を外し、ため息を一つつく。
……これは呆れとかそういうマイナスな感情から来るものではなく、むしろ逆、プラスの感情から来るものだ。例えば、喜びとか。
Unendliche Möglichkeitenを始めてまだ一日しかたっていないが、かなり濃度の濃い数時間だった。現実世界で友だちができないのにも関わらず、向こうでは数人話す相手が出来た。なんて素晴らしい世界なんだろう。……それに比べて現実はさぁ。もっとヴァーチャルを見習え?
友だちができないのはどう考えても俺が悪い、とか思ったやつ。先生怒らないから手をあげなさい。今ならラインと修行させてやるぞ。おいおいおい、ロリとくんずほぐれつ(意味浅)出来るなんて羨ましいなぁ!
あ、俺はロリコンじゃないので、遠慮しておきますね。えぇ、ロリコンじゃないので。断じて修行がきつすぎるとかそういうことじゃありません。
もう夕飯や風呂などは済ませたため、後は眠りに落ちるだけだ。明日は学校があるから、早めに寝なければ。
そう思って目を閉じるが、一向に眠気が訪れなかった。
理由は分かっている。あのゲームのせいだ。
現実と見違えるほどのリアリティ。街の中の喧騒は生きているようであったし、街の外に広がる草原を踏んだ感触、頬に吹き付けた風。それらは寸分違わず『リアル』だった。
NPCに搭載されているであろうAIは、どれだけ高性能なのだろうか。まるで人間のようだった。思わず喋れなくなってしまうほど。ゲームの中でなら「コミュ強」になれるんじゃないか、なんてことを妄想していたが、全然そんなこと無かった。世知辛いなぁ。
そんなふうに頭の中で今日あったことを思い出しているうちに、俺の瞼は重くなって、気付くとあたりには暗闇が広がっていた。
「号令!」
「きりーつ、礼」
ダルげに立ち上がり、適当に頭をもたげる。もちろん、その時に「お願いします」的な、殊勝なことなどは口に出さない。何なら何も口に出さない存在が、リア充だらけの教室にいた。
いやまぁ、俺なんだけど。
どかっと椅子に腰を下ろし、ぼんやりと窓の外を眺める。……あぁ、早く学校終わらねぇかな。限りなく憂鬱だ。
友だちのいない奴に、学校で居場所があると思うなよ。常に一人で、教室の隅でラノベを読んでいるようなキモオタなんだ、俺は。その時に、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべているんじゃないか、と思って、必死に感情を消そうとしているのだ。まぁ普通にニヤニヤしちゃうけど。え、本が面白いのが悪いですよね。
担任の話を聞き流しながら、頭の中で考えるのはUnendliche Möglichkeitenのこと。
今日は、何をしようか。憎きスライムを滅ぼすか。それとも、ラインと修行するか。あ、錬金術を使うための魔法の釜はどうなったのだろう。もう出来たかな。確か、おやっさんは「三日後に取りに来い」って行ってたような。それが現実世界の三日なのか、ゲーム世界の三日なのか。
それを確かめるためにも、家に帰ったら速攻おやっさんのところに行こう。
そうして、ホームルームが終わり、教室がガヤガヤとし始める。
無論その輪に俺が入れるはずもなく、神技『寝たふり』を発動する。これは自身の周りに見えない結界を創造し、他者の干渉の一切を拒絶するという最強の守りの技だ。そんなことしなくても、俺に話しかけてくる奴など皆無、という意見は無視の方向で。悲しくなっちゃうからね。
机に突っ伏して、あたりの会話に聞き耳を立てる。
狸寝入りをしている時は、それぐらいしかすることがない。学生の皆さんは、休み時間中に寝ている人がいたら注目してみよう。かなりの確率でそれは演技だ。寝たふり歴十年の俺が言うんだ、間違いない。
「ねぇねぇ、あのゲームやった?」
「Unendliche Möglichkeitenのこと? もちろんやったよ」
「えっ、マジ? それ俺も始めたんだよ〜。今日家に帰ったら、フレンドになんね?」
上から、クラスのカーストトップ系女子、モテモテイケメン系男子、お調子者のムードメーカー男子だ。
そんなカースト最上位のお方たちの会話を聞いて、俺は顔を上げかけてしまった。
……そ、そのゲーム、俺もやってるんだよ!
と、心の中だけで言っておく。行動には移さない。必死こいてオタクの悲しき性を抑え込みました。自分の好きなことについて話している人がいたら、それが誰であろうと突入したくなってしまう、という俺の悪い癖のようなものだ。なお突入したは良いものの、話せない模様。オメェ何のために行ったんだよ。
はぁ、現実世界でリア充やってる奴らは、ゲームでもリア充できるのか。俺にフレンドが出来る気配など微塵もないのに、彼らは三人
俺は溢れ出る涙を腕で隠しながら、寝たふりを続けた。良いもん、俺はクローフィとかラインとかとリア充っぽいことしてるもん! NPCとかは関係ねぇ、そこに
と自分を欺きつつ、俺は学校が終わるのをひたすらに待った。何で楽しみなことが待っているときってこんなに時間の過ぎ方が遅く感じるんだろうね。
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