下僕
にっこにこと、怖いくらいに、にっこにことしたクローフィが、俺の後ろに立っている。そろ~、と後ろを盗み見れば、笑っているはずなのに恐怖を感じるご尊顔。壊れた機械のように、元の位置へ頭を戻す。
目の前には、とあるホログラムウィンドウ。
『種族を【人族】から【吸血鬼】に変更しますか? Yes/No』
「……ッスー」
思い切り、息を吸う。できれば、これはNoのボタンをポチりたい。この字面だけ見れば、吸血鬼とかいうロマン種族に変更できるやん! ということなのだが、吸血鬼になるイコール、クローフィの下僕になる、なのだ。とんだ詐欺だと叫びたいところだが、叫んだところでそれが誰かの耳に届くことはない。なんせここは誰もいない夜の草原だからね。
「何を迷う必要があるのじゃ? 吸血鬼になれば今よりも強くなるし、妾の下僕にもなれる故一石二鳥じゃぞ」
いや、一石一鳥だろ。少なくとも後者の方に全く魅力を感じない。確かにクローフィの見た目はとても整っている。思わず俺のパッシブスキルが強化されるくらいだ。しかし、じゃあ下僕になりたいか? と言われれば圧倒的Noだ。それは一部の層に突き刺さるのであって、万人受けする訳ではない。
「さっきも言ったと思うが、妾の眷属は動きが速くなる。そうすれば、お主の弱点も少なくなるぞ」
それは、それは魅力的なのだ。俺はDEXに極振りしているせいで、他のステータスが驚くほど低い。人族の種族ボーナスで多少補ってはいるが、それでも周りの人の歩行スピードに追いつけないほど。それが吸血鬼になることで、AGIが補完されるのなら、吸血鬼になる選択をしたくなる。
だが、それについてくるマイナスポイントがでかすぎる。これはなけなしの勇気を出して、ハッキリと断ろう。俺はNoと言える日本人なのだ。
「……やっぱり、……お断、」
「ん?」
「なん、でも……ない、です…………」
勇気を振り絞って言ったお断りの返事は、たやすく却下されてしまった。いや、却下されてすらいないけど。「ん?」の一言で俺の心に宿った僅かな勇気は、蝋燭の火のように吹き飛ばされてしまった。
あまりの圧力に、選択肢がYes/Yesのように見えてきた。昔のRPGかよ。
震える手が、ホログラムウィンドウに近づいていく。俺の顔は苦悩に歪み、心は待ったをかける。だが、体が言うことを聞かない。クローフィに尻尾を振った体は、彼女の望むとおりに動いている。
――そして、その時が来てしまう。
『種族【吸血鬼】への変更を承認しました』
「……やっと妾の下僕になることを認めたのか。可笑しな奴じゃのぉ。前の人間は、自分から下僕にしてくれと頼み込んできたのものを」
多分それは俺とは違う人種ですね。具体的に言うと被虐が好きな人。ちなみに俺はノーマル。嘘じゃないぞ。
「では、今からお主を妾の下僕にする」
「……」
あぁ、もう年貢の納め時か……。クローフィの両手はしっかりと俺の胴体を抱き、「絶対に逃さんぞ」という強い意志を感じる。それによって当然、彼女の体が俺に押し付けられることになるのだが、悲しいほどに何も感じなかった。
首筋に、何かが刺さるような、僅かな痒み。
俺が目を見開いてそちらの方を見ると、彼女は俺の首元に顔を埋め、その牙を突き刺していた。
……確かに、吸血鬼がヒトを吸血鬼にするときって、そうするイメージありますよね。
しっかりと陰キャムーブをかましつつ、俺は吸血が終わるまで月を見上げて耐えていた。
【吸血鬼】
遥か古よりヒトを襲い、その血を食らって生きてきた魔物。個体によって日光や聖水などへの耐性の強さが異なる。
種族ボーナス:INT、MND、LUKを二分の一にする代わりに、STR、VIT、AGIを二倍にする。日光によるスリップダメージの発生。聖属性、光属性のダメージ増加。
種族スキル:【吸血】【使役】【物理耐性】【日光弱化】【聖属性弱化】【光属性弱化】
……変化した種族の説明を見てみる。おい、魔法系ステータス半減してるんだけど? 代わりに物理系ステータス増加してるから許して、ってか? 許さんぞ。
魔法職なのにも関わらず充実していく物理系のステータスやスキル。称号もそれを後押ししているとしか思えない。やめろ、俺は魔法職なんだ。戦士系のジョブじゃあない。
それと、種族スキルってのはなんなのだろう。……もしかしたら、上位の種族になるとゲットできるものかもしれない。その存在を知れたのは大きいな。ひょっとすると、俺が初めてこのゲームで種族スキルを入手したのでは? おいおい、順調にトッププレイヤーへの道を走ってるなぁ。
『クエストをクリアしました』
ぽーん、という音ともに、メッセージが表示された。クエスト? そんなものやってたっけ。首を傾げて考えてみると、そういえばクローフィに会ったときに、何かのメッセージが来ていたような。おそらくそれだろう。
『レベルが上がりました』
クエストクリア報酬を受け取り、その報告を受ける。何かここ数時間でレベル上がり過ぎじゃない?
慣れた調子でステータスポイントをDEXに全て振ると、新しく入手可能になったスキルを確認する。
【格闘】
武器を持たない状態でのダメージ+50%。消費スキルポイント10。
……シンプルだな。しかし、それ故に強力だ。問題は、どう考えても錬金術師が取るべきスキルではないというところか。
うーん、悩むなぁ。スキルスロットは五個しかないから、これを取得してしまうと新しいスキルが使えない。もちろん付け替えなどは可能だから、場合に応じて使い分けるという方法もあるが……。
しばらく悩んで、結局【格闘】を取得した。理由としては、先程のシャドウウルフとの戦いで、ラストアタックが殴打だったからだ。もしもああいうことが次にあった場合、もっと早く敵を倒すことができる。
残りのスキルポイントは、スキルのレベル上げに使う。ちなみに、Lv.1からLv.2にするために必要なスキルポイントは一だが、Lv.2からLv.3は二……といった感じで、消費量は二倍になっていく。
俺はスキルを強化し終えると、満足感を胸にため息を付いた。
俺は強化したステータスを見てみようと、もはや見慣れたホログラムウィンドウを表示した。
【ステータス】
名前:ポチ
種族:吸血鬼
職業:錬金術師Lv.6
称号:■の友だち
痛みを知るもの
悪逆非道
蛮族
HP:100/100
MP:100/100
STR:0(0)
VIT:0(0)
AGI:0(0)
DEX:150+80(230)
INT:0(0)
MND:0(0)
LUK:0(0)
スキル:器用上昇Lv.3
杖Lv.3
錬金術Lv.1
近接戦闘Lv.2
格闘Lv.1
種族スキル:吸血
使役
物理耐性
日光弱化
聖属性弱化
光属性弱化
ステータスポイント:0
【装備】
武器:なし
頭:なし
体:なし
足:なし
靴:なし
装飾品:なし
うん、素晴らしいね。特にDEXが良い。これぞ極振りって感じ。
それと、どうも種族スキルにはレベルがないらしい。まぁ【吸血】なんて、いかにもドレイン系のスキルのレベルが上ったら、ポーションなしで敵と戦い続けることができるからな。仕方ないだろう。
さーて、じゃあ新しい称号の確認でもするか、と画面を変えようとしたとき……。
「いやちょっと待て」
ガッ、とホログラムウィンドウを両手で掴む。ゴキブリを見た猫みたいな顔をして、丁寧に丁寧に読み返した。しかし、何度見ても結果は変わらない。それでは、と思い画面を閉じて、再び開いてみても、先程と全く同じステータス。
「DEX以外、全部ゼロになってるんだが……?」
俺は思わず困惑した。「種族変えたら強くなれるぜ!」と言われたから変えてみたら、まさかの弱化。一体何が起こったのか。もしやバグか? 俺は原因を探るべく、片っ端からスキルの効果や種族の説明を見てみた。
「………………これ、か」
【吸血鬼】
遥か古よりヒトを襲い、その血を食らって生きてきた魔物。個体によって日光や聖水などへの耐性の強さが異なる。
種族ボーナス:INT、MND、LUKを二分の一にする代わりに、STR、VIT、AGIを二倍にする。日光によるスリップダメージの発生。聖属性、光属性のダメージ増加。
種族スキル:【吸血】【使役】【物理耐性】【日光弱化】【聖属性弱化】【光属性弱化】
何も考えずに見てみれば、なるほど強いだろう。もはや物理最強か? ってくらいのぶっ壊れボーナスだ。
だが、ここに注目していただきたい。『INT、MND、LUKを二分の一にする代わりに、STR、VIT、AGIを二倍にする』。知ってるか? ゼロに何かけてもゼロなんだぜ?
俺のDEX以外のステータスは、基本人族の種族ボーナスで補っていた。そして種族変更したことによって、それがなくなってゼロになってしまった……ということか。…………え、吸血鬼になったら強くなるって話でしたよね。思いっきり詐欺じゃないですか。
頭の奥底から「クローフィとの下僕契約解除しようぜ」という声が聞こえてくる。俺もそれに乗ろうとするが、寸前で理性が待ったをかけた。
おそらく、【吸血鬼】は強い種族だ。きっと、物理系のジョブについているヒトだったら狂喜乱舞するに違いない。だが、俺にとっては、最弱に等しい種族だ。例えば極振りしているプレイヤー。彼らにとっても、吸血鬼は意味のある種族。STRやAGIなどに極振りしているのなら言わずもがな。INTやMNDなどに振っているのであれば、悪い意味で印象的だろう。
そこで現れたのが、種族ボーナスにまったく関係のないDEXに極振りしていた俺。
思えば、クローフィは俺のステータスを知らない。というか、NPCはステータスという概念自体持っていないのではないだろうか。だから、俺を吸血鬼にしたのは、完全に善意からなのだ。それで怒るというのはお門違い。
うん。一度変えてしまったものは仕方がない。すっぱり諦めよう。
この出来事に決着をつけて、清々しい笑みを浮かべた俺は、
「……やたら良い笑みを浮かべているところ悪いのじゃが、これでも妾は乙女なんじゃぞ? だから、その、前くらい隠したらどうかのう……」
「…………?」
クローフィの言葉が、理解できない。一体、何を言っているのか。
すると突然、一陣の強い風が吹いてきた。夜の草原の草を揺らし、俺たちをも包み込む。
……何か、ものすごい風が強く感じるな。それと、こころなしかとても開放感を感じる。
「………………。――ッ!?」
まさかの可能性に思い至り、すぐさま自分の体を見下ろす。そうすれば、数時間一緒に連れ添ってきた相棒が、そこにはいるはずだったのだ。
それなのに。
俺は何も装備せずに、下着姿でそこに立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます