VS吸血鬼

 体が凍りついたように動かない。視線はまっすぐ、「真祖の吸血鬼」などと名乗った彼女に釘付けだ。あまりにも美しい少女は、満月をバックにただそこにいる。それだけで、俺の動きは止められた。



「のぉ、お主の名は何と言う?」

「……ポチ」



 面白いものを見るかのように目を細める彼女は、俺の名前を聞いてきた。異性と話すのに慣れていなくて、声帯がうまく働いてくれなかったが、なんとか絞り出すようにして返答する。



「そうか、ポチか」



 俺の答えを聞いてなおさら目を細めた彼女は、隠していた口元をさらけ出し、その代わりに自由になった両手を広げた。



「妾の名はクローフィ。さて、人の子よ、何故なにゆえ満月の夜のここにいる? 満月の日は吸血鬼が出るからと、気弱な人間どもは引きこもって街の外に出てこなかったと思うが」

「………………」



 知らなかった。



 頬を汗が伝う。いくら夜だからといって、街にNPCが少なすぎるとは思った。まさかそんな常識があるとは。おそらく知らないのは、プレイヤーだけ。それに加えて夜に狩りに出るのは、俺のような馬鹿だけだ。



 なんて運が悪い。「知らなかった」の一言が口に出せれば良かったのだが、最悪のタイミングで舌が絡まる。これも日頃のコミュニケーション不足が原因か。過去の己が恨めしい。だからといって今から誰彼構わずお話できるようになるか、と言ったら話は別だが。



「……だんまりか」



 クローフィは不快そうに眉をひそめると、指を一つ鳴らした。乾いた音が草原に鳴り響くと、彼女の影が盛り上がる。



「まぁ良い。気弱ではない人の子は、妾に殺されるというのが道理よな?」



 そこから現れたのは、シャドウウルフ。



 そいつは地面に足をつくと、その勢いのまま俺に飛びついてきた。



 死の気配も、今ばかりは振り払う。弾かれたように杖を握りると、そのまま杖先で突いた。シャドウウルフの喉元に吸い込まれた杖は、HPバーの三割ほどを削る。空中に留っている間に、横蹴りを食らわせる。



 吹き飛んでいくシャドウウルフを追おうとすると、横合いから声がかけられた。



「お主、速さも力も足りないくせに、随分と器用なんじゃなぁ」

「ッ!?」



 初めてあったときのように、いつの間にかクローフィが横にいた。一体いつ移動したのか。手首を返して杖を振るが、当然のように避けられた。



 さっきまでの不機嫌はどこへやら、コロコロと首を鳴らして笑っていた。



「妾の眷属は動きが速くなるはずなんじゃがなぁ……どうやって追いついているんじゃ?」

「……」



 その答えは、シャドウウルフなどよりも遥かに速い化け物ラインと修行していたため、動きに慣れているというものだが……それを言うことはない。というか言えない。だってコミュ障だからね。



「お主、そろそろ何か言わんか? 妾だって心があるんじゃぞ? そんな無視されたら傷つくぞ」



 いや、違うんすよ……。無視してる訳じゃ、ないんです……。



 ◆



 左右から襲いかかってくるシャドウウルフたちをしゃがむことによって回避し、正面の敵を前蹴りで吹き飛ばす。



 しかしそいつを確認することはなく、杖を両手で持って後ろに振りかぶった。



「きゃんっ!?」



 杖の先端に、重い感触。そのまま振り抜き、気持ちとしては場外ホームランだ。



 俺は今、数体のシャドウウルフに襲われている。クローフィの問いを無視した俺は、彼女の逆鱗に触れたのか、先程とは比べ物にならないほどの数のやつらと戦闘をしていた。一対多の戦いは初めてだが、意外と戦えているのは師匠ラインのおかげだろう。



「ッ!」



 首の後ろにピリッとした感覚。それを頼りに頭を倒すと、さっきまで俺の頭があった場所をシャドウウルフが通っていく。回避されたことに驚愕したのか、金色の目を見開いている。



 当然、そのような隙を見逃すはずはなく、上に蹴り上げてとどめを刺す。柔らかいお腹に足先が沈み込むと、そいつはポリゴンになって消滅した。



 正面から戻ってきた、先程吹き飛ばしたシャドウウルフが突撃してきた。やつは片足を上げている俺を隙だらけだと判断したのか、まっすぐに駆ける。



 無理矢理にその姿勢を維持し、あえて攻撃してくるように仕向ける。流石は性能の低いAI。三秒以上不格好な姿勢をしている俺に、何の警戒もなく突っ込んできた。



 そのまま一メートルくらいの距離に入ってくると、俺はかかと落としを食らわす。



 ちょうど頭蓋に入った足は、地面を割った……と言ったら大げさだが、それでもクリティカルだったのか、一撃でHPバーをゼロにした。



『レベルが上がりました』



 平時だったら嬉しい報告だが、今はそれにかまっている暇はない。



 残っているシャドウウルフは残り三体。一体は俺を牽制するように立ち回り、残り二体が連携をして攻めかかってくる。それになんとか対応できてはいるが、牽制してくるやつがちらちらと視界に入って鬱陶しい。



 そこに意識を取られたのが悪かった。後ろに回ったシャドウウルフが飛びついてきて、左手に噛み付いてきた。



「ガッ……!」



 流石にゲーム、そこまで痛みはなかったが、腕に入ってくる異物感が気持ち悪い。



 横目でHPバーを見ると、なんと八割以上削れている。どう考えても、腕はクリティカルダメージが入るような位置ではない。頭や首などに攻撃が入れば、HPが満たんでも死亡。攻撃がかするだけでも、二回で死亡。



 もしかして、シャドウウルフって強敵? まぁスライムほどではないが。



 腕に噛み付いたままのこいつに、杖をお見舞いする。左腕を持ち上げて、プラーンとぶら下げると、思い切り目を突く。



「……ッ!?」



 声も出せないほどの痛みなのか、喉に詰まったような鳴き声を上げる。おそらくクリティカルダメージだったが、残り一割ほど残ってしまった。口を離して空中に浮かぶそいつを、回し蹴りで吹き飛ばす。



 くの字のままポリゴンになったシャドウウルフを無視して、右から走り寄ってくるやつに油断なく構える。



 残り二体。












「シッ!」



 右腕で持った杖を上段に構え、そのまま振り下ろす。



 シャドウウルフはそれを横に飛んで回避したが、俺も地面を蹴って追う。



「ガァッ!」



 しかし視界の外から咆哮が聞こえ、そちらの方へ逆袈裟斬りを決める。予想通り眼前まで迫っていたそいつを吹き飛ばすと、後ろ回し蹴りをした。先程俺の攻撃を回避したやつだったが、これは回避できなかったようだ。ブーツが鼻面に刺さると、目に見えてHPが減少した。



 怯んだそいつに、真っ向切りを叩き込む。もちろん杖だから一刀両断とはいかなかったが、脳天直撃。顎から地面に叩きつけられ、わずかなHPのみが残る。



 沈んだそいつを踏みつけて消し飛ばすと、残る一体を正面にして構えた。



 威嚇するように、低い姿勢で唸るシャドウウルフ。俺は杖を下段に構えると、やつから攻撃してくるのを待った。俺たちの間に揺蕩う緊張感。それに耐えきれなくなったのか、そいつは後ろ足を大きく踏み込んだ。



 まるで雷のように、ジグザクに走ってくるシャドウウルフに、足元に落ちていた石を蹴りつけてみた。運良くそれが眼球に直撃し、動きを止める。



 チャンスがやってきましたぁ。



 にやぁ、と顔を歪めると、俺は杖をそいつの体の下に通して、横に払って無理矢理転ばせた。


 

 いつかのように馬乗りになると、そのままタコ殴りに。距離的に杖は使いにくいな、と思ったため素手で殴り殺した。



『レベルが上がりました。称号【蛮族】を手に入れました。スキル【格闘】が取得可能になりました』



 まーた変な称号を手に入れてしまった。まったく、このゲームのAIは性能があまり良くないのだろうか? 俺のどこが蛮族なのか、腰を据えて話し合ってみたいものだ。



 そんなふうに俺が激怒していると、前方から少し震えた声が聞こえてきた。



「いや、お主……さっきのは、一対一だったんじゃから、もうちょっと正々堂々と……」

「……?」



 一体何を言っているのだろうか。正々堂々? 俺のプレイスタイルは常にそれだが。魔法の使えない魔法職が、複数の敵相手に近接戦闘を繰り広げ、勝利する。そのためには、邪道では駄目だ。真っ直ぐなほどに王道を。それを心がけているから、からくも勝利を掠め取ったと言うのに。



「…………クハハッ! その顔、本当にわかりませんというものだなぁ」



 クローフィは何がおかしいのかひとしきり笑うと、目の端に浮かんだ涙を指ですくった。



「お主、妾の下僕にならんか?」

「は?」



 予想の斜め上からやってきた提案に、コミュ障とかそういうものを吹き飛ばして困惑の意を伝える。下僕? 一体何を仰っているのか。



「人の子よ、どうやらお主は知らないようじゃが、吸血鬼には人族を下僕にする力がある。妾はお主が気に入った。体力も魔力も素早さも力強さもないくせに、妾の眷属をのしてしまったのじゃ……これで興味を持つなと言う方が無理じゃろう?」



 ………………なるほど、話は分かった。



 つまり、HPやMPやSTRやAGI、INTにMND、ついでに言えばLUKも低いくせに、どうやってうちの眷属倒したんだあぁん? 尋ねてみてもてめぇ何も言わねぇじゃねぇか。だったらお前のことを下僕にして洗いざらい吐かせてやるぜ。ってことか。うーん。



 …………お断りしていいっすか?

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