満月の下の邂逅
【痛みを知るもの】
数多の苦しみを耐え抜いたものに与えられる称号。被ダメージ−5%。
さっきステータス欄を開いたときに、増えていた称号を確認する。そういえばこんなのゲットしてたな。ラインとの修行がきつすぎて確認している暇なかったが。
俺は一応あたりを見渡すと、草原に腰を下ろす。当然街頭なる文明の輝きは存在しない。あるのは大きな満月という、天然の光だけだ。
レベルアップによって手に入れたステータスポイントは、例のごとくDEXにすべて突っ込む。そこに迷いはない。問題は、今まで放置していたスキルポイントだ。ステータスポイントは一レベル上がるごとに十手に入るが、スキルポイントは五しか手に入らない。
今のスキルスロットは三つ埋まっている。取り外しはできるが、序盤の今選択を間違えると、かなり厳しくなるだろう。だから取得するスキルはよく考えなければならない。まぁスキルを放置していたのはただ単に忘れてただけなんですけどね。
先程のメッセージで取得可能になったらしい【近接戦闘】なるスキルを確認してみる。
【近接戦闘】
敵性MOBが半径二メートル以内にいる際、与ダメージ+20%。被ダメージ−20%。必要スキルポイント8。
おぉ……! これ、結構強いんじゃないか? これさえあれば、スライムとの戦闘がかなり楽になるに違いない。俺は意気揚々と新しいスキルを取得しようとし、『取得』のボタンを押すその前、はたと気づいた。
「いや、俺魔法職じゃん」
冷水をぶっかけられたように、急にテンションが下がる。何故ファンタジーの花形、魔法使いになっておいて近接戦闘などしなければならないのか。今はまだ魔法が使えないが、後々使えるようになってくればこのスキルは必要ない。遠くから魔法を打ち込むアタッカーになるのだ。
だが、少なくとも今、このスキルがあればだいぶ楽になる。それは間違いない。いやしかし、魔法職なんだよなぁ……。
悩むこと数分。結局、俺は【近接戦闘】を取得することにした。8ポイントを消費し、手に入れた【近接戦闘】をスキルスロットに移動する。残ったポイントは、スキルのレベル上げに回した。ちなみにこのゲームでは、何もしないとスキルレベルは上がらない。このようにスキルポイントを使って上げるのだ。
で、強化された俺のステータスがこれ。
【ステータス】
名前:ポチ
種族:人族
職業:錬金術師Lv.3
称号:■の友だち
痛みを知るもの
悪逆非道
HP:100/100
MP:100/100
STR:0+10(10)
VIT:0+15(15)
AGI:0+15(15)
DEX:120+80(200)
INT:0+20(20)
MND:0+20(20)
LUK:0+10(10)
スキル:器用上昇Lv.2
杖Lv.2
錬金術Lv.1
近接戦闘Lv.1
ステータスポイント:0
【装備】
武器:ボロボロの杖
頭:なし
体:ボロボロのローブ
足:ボロボロのレギンス
靴:ボロボロのブーツ
装飾品:なし
それにしてもHPとMPが少ないな。これがもうちょっとあれば、スライムに攻撃されても多少長く戦えるようになるんだが。おそらくVITとかINTとかに振らないと増えないのだろう。そして初期値の100から増えていないことを考えると、種族ボーナスでの増加はカウントされないらしい。
でも俺、極振り勢だからなぁ。今更方向性は変えられないし、変えたくない。
俺はステータスを更新し終えると、満月の下、ゆっくりと立ち上がった。
暗い草原の中、一人黙々と歩く。モンスターと遭遇したのは先の戦闘のときだけで、あれから影すら見えない。それでも油断はせず、いつ攻撃をされても良いように、右手で杖を軽く握ったり力を抜いたりする。
それにしても、本当に綺麗な満月だ。俺は歩きながらも、満天の星空、特に月を眺めていた。やはりゲームの世界だからか、現実よりも遥かに空がきれいだ。知っている星座などは存在しないが、それでも見ているだけで楽しい。
リアルでやったら歩きスマホ以上に迷惑な行動をしつつ、あたりの気配を探っていく。後一体くらいモンスターを倒したらログアウトしようかな。でも、スライムがあらわれた場合勝てるかどうかわからないな。シャドウウルフだったら倒せるだろうが。いや複数出てきたら厳しいか?
のんきに、とは言っても、警戒はしていたのだ。
それなのに。
「今宵は月が綺麗じゃなぁ。なぁ、お主もそう思わんか?」
突然、耳にかかる生暖かい息。
頭を溶かしそうな声に、心が奪われそうになる。思わず顔がこわばり、しかし体に染み付いた反応でとっさに杖を払う。だが感触はなく、ただそれは空を切った。
「いきなり攻撃をしてくるとは……貴婦人に対しての行動とは思えんなぁ」
後ろに飛び退った
美しい、あまりにも美しい少女。いや、幼女と言っても良い見た目かもしれない。
腰辺りまで伸ばした金髪に、血を想像させる真っ赤な瞳。全身に黒いドレスを纏い、真っ白な肌が際立つ。
それを認識してしまった瞬間、俺はパッシブスキル「コミュ障」を発動した。
「――ほぉ、真祖の吸血鬼である妾を前にして眉一つ動かさんとは」
少女が、どこか感心したように笑った。
いや、緊張して動けないだけっす。いっそそう言ってやろうかと思った。だが、口が動かない。体も動かない。俺はここまでコミュ障だったか? と抜けたことが頭をよぎったが、少女の言葉を反復して時間が止まった。
――真祖の吸血鬼?
今まで気づいていなかった、圧倒的な死の気配。俺が動けなくなったのは、彼女の美貌ゆえではなく、ましてやコミュ障だからなどではない。この死の気配に支配されたからだ。そうに違いない。断じてコミュ障は関係ないのだ。
「妾を見て、お主のように反応したやつは初めてだ。大体は怖がるか襲いかかってくるかするからのぉ」
クスクスと、口元を手で隠して上品に笑う。だがその隙間から、隠しきれない牙が月明かりを反射して輝いた。それを見て、先の吸血鬼発言が真実であることを悟る。
…………あぁ、そうか。
やっとわかった。
異常にモンスターが少なかったのは、彼女を怖がっていたからだ。こんなにも月が綺麗なのは、彼女が現れるからだ。
『隠しクエスト【吸血鬼との邂逅】を開始します』
聞こえてきたはずのアナウンスは、彼女の笑い声でかき消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます