変態

 俺とクローフィの間には、何とも言えないぎこちない空気が漂っていた。



「……あー、ポチ? 妾はそこまで気にしていないから、そろそろそこから出てきたらどうじゃ?」

「……………………」



 俺は彼女の言葉を無視しながら、丁度いいところにあった草むらの中で体育座りをしている。ぎこちない空気が漂っていると言うよりも、俺が創り出しているという方が正確か。だが、それも仕方ないのだ。

 体を見下ろしてみれば、やはりそこには肌という服以外は何もない。もちろん下着――パンツは履いているが、これを服だと主張してみて世間様は認めてくれるだろうか? どう考えても認めてくれない。そんな妄言を吐いた瞬間に、警察のお世話になってしまう。



 一体何故、こんな「変態」などと呼ばれても否定できない格好になっているのか。

 


 体育座りを続けながらも、頭だけは回転させる。まぁそれくらいしか現実逃避の手段が無いと言ってもいいが。美少女に下着姿を見られて、気を遣われているという状況で、俺は羞恥に飲まれそうになっている。もしくは、もうなっていた。

 …………嫌なことは考えないで、この事態の原因究明に勤しもう。

 どうして、俺は急に裸になっていたのか。ホログラムウィンドウを開いて、装備欄に目を通した。

 そうだろうとは思っていたが、そこに一緒に戦ってきた「ボロボロのローブ」などは存在しなかった。そして、何か物足りない感じがすると思ったら、何と杖すら持っていなかったのだ。



 勝手に装備が解除された理由。

 そんなものは、種族変更くらいしか心当たりがない。

 種族変更によって起こった変化で、装備に関係ありそうなもの……。

 


「あっ」



 分かった。STR不足だ。

 俺は装備欄を開いて、試しに「ボロボロのローブ」を装備してみようとした。しかし、無常にも『筋力不足で装備できません』の文字が。こんな布っきれ一枚も装備できないなんて、どんだけ非力なんですかね。

 原因が分かった俺は、同時にこれが解決できないことも理解してしまった。もしも服を着ようと思えば、レベルを上げてSTRにステータスポイントを振るしか無い。だが、それまで下着のみで過ごせ、というのはきつすぎるのではないだろうか。

 さすが鬼畜ゲー。フィールドボスクラスの強さを誇るモンスター、スライムを序盤の草原に大量配置するだけはあるぜ。



「おい、ポチよ。妾は気にしないから、出てこいと言っておるだろうに」

「……! へ、へんた……!」



 そんな事を考えていたら、ぬっと顔を出して現れるクローフィ。

 突然の訪問に頭が真っ白になり、言うべき言葉を口に出すことはできなかった。


 

 固まっている俺に、さらなる不幸が重なって起こる。

 流石にこの世界はゲームらしく、時間の経過が早い。おそらく三時間もたっていないだろうに、空は紫色を帯び始め、吸血鬼の天敵である太陽が顔を覗かせようとしていた。



「……ッ! ポチ、こっちへ来い!」

「!?」



 それを見て、クローフィは俺の手を引いて近くへ引き寄せると、日光から俺を遮るように抱きしめてきた。もちろん、異性耐性の無い俺にとってはクリティカルダメージ。全身が硬直しなされるがままになってしまった。

 到底ゲームとは思えないほどの、リアリティ溢れる柔らかい感覚。鼻孔をくすぐる香りや、NPCとは思えない言動も相まって本物の人間に抱きしめれていると錯覚してしまう。俺が地面に座り込んでいたせいで、クローフィの胸のあたりに顔が来るような形になっていた。……駄目、おかしくなっちゃうのぉぉぉぉぉ!

 と思ったのだが、頬に感じる柔らかさがまるでまな板のそれだったため、急速に落ち着いていった。

 ……あぁ、おいたわしやクローフィ様。



 大丈夫です、きっとまだ成長しますよ。

 と、そう言おうとした時、俺は視界の隅にあったHPバーが目を疑うような速度で減っているのを確認した。まさか、抱きしめられる力が強すぎて、HPが減っているのだろうか。



 そんな疑問を抱えながら、俺は何度目かか分からないほど慣れてしまった、死に戻りをするのであった。















 呆然と、人の数が少なくなったリス地に舞い戻る。おそらく、リアルの時間では真夜中に近いのではないだろうか。だがゲームと現実は同期しておらず、まもなく夜明けを迎えようとしていた。

 体に光を纏いながら、地に足がついた。そして光が消える。



 瞬間。



 急速にHPが減少し、二秒ほどでまた死んだ。

 位置は変わらず、再び光を纏ってこの世界に現れる。俺の頭の中は混乱に満ちていて、現状の把握など全くできていなかった。

 光が消えれば、死ぬ。そうするとまた光を纏い、何度でも死ぬ。デスペナルティがなくてよかった。このゲームのデスペナルティは、レベルアップに必要な経験値の五分の一を失うこと。この勢いで死にまくっていたら、あっという間にレベルダウンだ。



 理解できない状況で死んでいるせいか、驚くほど心は静かだった。混乱してはいるものの、冷静にあたりを見渡せているというか。とにかく、そんな不思議な心情だ。

 多分八回目の死を迎えた頃、俺はこの状況を打破することを決めた。

 と言っても、原因が分からないため、それは非常に難しいが。だが、やらない訳にはいかない。



 死んでから、体をまとう光が消滅するまでにかかる時間は約五秒。どうやら、この光があるうちはダメージを受けないようだ。この五秒間で、ダメージを与える存在を取り除かねばならない。

 リス地に降り立ち、周囲の気配を探る。ラインが前にやっていたので、素人真似をしてみた。

 だが、俺の索敵の精度が低いのか、それとも本当に何も無いのか、気配は一つも感じなかった。



 で、またあっけなく死んだ。

 状況が変わらないことに悔しさを覚えるが、歯噛みをして思考停止するわけにはいかない。俺はどこかから狙撃されている可能性に思い至り、ちょうど近くにあった噴水に飛び込もうとした。



「う、ぉ……っ!?」



 しかしながら、それは失敗。五秒間の猶予があるというのに、目と鼻の先にある噴水まで辿り着かなった。それ故に、また死亡。

 俺はあまりの足の遅さに困惑したが、これも吸血鬼になった弊害だと気づいた。何のことはない。ただのAGI不足だ。



「あ」



 であれば、この理不尽な死のループも「吸血鬼」のせいではないか?

 見れば、太陽は元気に空を昇っている。吸血鬼は日光に弱いというのは一種の常識。あれが原因である可能性は高い。

 そうであるならば、日の当たらない場所に逃げ込まねば……。



 だが、周りには太陽から身を隠すことのできる建物が存在しない。一番近いので、先程の噴水から五メートルほど先だ。どう考えても五秒じゃ間に合わない。

 フワッとした浮遊感の後、足裏に石畳の感触。反射的に、俺は噴水に向かって走った。

 影には入れなくても、もしかしたら水に入れば助かるかもしれない。迷いなく走ったおかげか、前よりも噴水に近づけた。しかし、時間が足りない。

 纏った光が消えて、ダメージを受け始める。

 目の端でHPが減るのを見て、また駄目だったのか、という諦めに支配されてしまった。どうせ、これはゲーム。このループから抜け出せなかったとして、ログアウトして夜になるのを待てばいい。

 ゲーム内で夜を狙ってプレイするというのも何だか悲しくなるが。これも『影に生きるものいんきゃ』の『宿命さだめ』、か……。



 そんなふうに現実逃避がてら中二の波動に染まったからか、はたまたやる気が無くなったからか、俺は少し飛び出た石畳に足を引っ掛けて転んでしまった。眼前には、迫りくる噴水の縁。このままでは、顔面から飛び込んで即死ルートだ。

 トラウマ形成を避けるため、空中で体勢を変えて地面をゴロゴロと転がる。

 結果噴水に背中を強打したが、生きているだけマシだ。まぁその幸運も一秒未満で消え去るのだが。



 諦めに満ちた笑いを浮かべて、もうどうにでもなれー、と寝転がって目をつぶった。

 これで死んだらログアウトしようかな。もう予想以上に遅い時間だ。そろそろ寝ないと、日常生活に支障をきたす。



「……?」



 十秒以上時間がたっても、一向に死が訪れる気配がない。

 恐る恐る目を開いても、そこはリス地ではなく数メートル離れた噴水の近く。



 一体どうして死んでいないんだ、と思ったら、どうやら今寝転がっている位置が丁度噴水によって影になっているようなのだ。運良くそこにダイブした形。

 どう考えても、影になっているとは言え「日光」には当たっていると思うのだが。



 やはり、このゲームのAI……というか、システムはガバガバなんじゃないだろうか。

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