行動力旺盛な少女

 目を細め、路地裏の入り口に仁王立ちで立つその女児をみつめる。光の強さに目がなれてきて、やっとその外見が見えてきた。



「……なんだ、急にだまりやがって。なんか言ったらどうだ」

「…………い、や」

「あぁん? もっとハッキリ喋れ」



 無理っす。怖いっす。


 彼女の見た目は赤色の髪に同色の瞳、小学四年生くらいの身長だ。いや小学四年生はこれぐらいの背丈だ! という知識があるわけではないが、そんな感じ。そんな知識があったら白と黒の対比がきれいな車に乗せられてしまうかもしれない。俺のような外見では。



 つり上がった目からは気の強さが読み取れ、俺が苦手とするタイプであることは間違いないだろう。



「ていうかお前、どうして泣いてたんだ」



 できればお話をしたくないのだが、彼女は許してくれないらしい。だんまりを決め込む俺を覗き込み、無理やり顔をあげさせられる。



 透き通った瞳に吸い込まれそうになり、息が止まる。非常に整った顔が目に入った途端、俺の頭は真っ白になった。駄目だ、俺には刺激が強すぎる。女子との関わりがないせいで、免疫がまったくないのだ。心臓が早鐘を打つように暴れまわり、頬に血が集まっていく。



「な、なんだ、どうした、病気か? 治療してくれるところに連れて行ってやろうか?」



 そんな俺を見て、オタオタする眼の前のロリ。見た目に反して口調は乱暴だが、確かな思いやりをそこに感じた。きっと優しい性格なのだろう。それに報いようと、封印され固まった口を意思の力で開く。



「え、っと、病気じゃ、ないです。……スライムに負けて、意気消沈してて……」

「はぁ? スライム? あんなのに負けたのか?」

「…………」



 あのスライムを、「あんなの」呼ばわりとは。もしかして、このロリはものすごく強いのだろうか。彼女の質問への答えをうなずきによってしつつ、近くに落ちていた杖を拾い上げ、それを支えにして立ち上がる。



「まぁ、スライムにも負けるようじゃそうなるか……。……よし、お前、なんて名前だ?」

「あ、えっと、ポチ、です」

「そうか、ポチっていうのか。私の名前はラインだ、よろしく」

「よろしく……?」



 差し出された手をよくわからないままに握り返す。何気なく行った行動だったが、そういえばこれ女子の手にお触りしているのでは? という絶妙に気持ち悪い考えに至り、再び頭に血が上った。



「私はうじうじしているやつが嫌いでね。悪いけど、ポチには変わってもらうよ」

「え」



 どうしようかなー、この手は離すべきかなーと悩んでいた俺にとって、寝耳に水。変わるとは一体。もしかして俺消されるの? このお触りイベントは冥土の土産だこの野郎! って感じなの?



 ワンチャンありそうな未来に戦々恐々。いっそこの手振り払いて逃げるべきか、と覚悟を決めたところで、逆にラインに手を強く握られた。これでは逃げようがない。……「ライン」呼びでいいのかな。でも「さん」って感じでもないし。難しい。女子との距離感ってどうやって測るの? 誰か教えてほしい。



 俺はそのままラインにズルズルと引きずられ、プレイヤーNPC両方から、「何だこいつは」という目を向けられながら、どこかへと連れて行かれる。そりゃそんな目するよな。傍から見たら、可愛らしいロリに腕をひかれる(引きずられる)ボロをまとった不審者の図だもん。俺だってそんな光景が広がっていたらガン見するわ。主にドン引き的な意味で。



 この状況を打破しようとなけなしのSTRを使って抵抗するが、アリがゾウに立ち向かうが如き力量差がそこには存在し、意味をなさなかった。



 結局俺は数分その地獄を味わいつつ、街の外へと連れ出されたのだった。やだ、ここなら誰も見てないぜゲッへッヘ、とかそういう感じなのだろうか。俺の未来は暗い。












 目の前に広がる草原。隣を見れば俺を殺そうとしている少女(推定)。未だに握られた手から、決してお前を逃さないという意思を感じる。おまけにこの場所は俺が何度もスライムに殺された場所。なるほど、すべて理解した。俺に未来はないんですね。



 あたりに広がる光景とは逆に、俺の未来は暗く閉ざされてしまった。まぁ俺はプレイヤーなので生き返ることができるんですけどね。しかもまだレベル2。デスペナルティが発生するのがレベル10からなので、ここで何度死のうが関係ないということだ。勝ったな。風呂入ってくる。



 しかし俺の右手は死神によって囚われており、どう考えてもボロ布をまとった不審者の姫を救う勇者はいない。つまり今世は終了ということだ。世知辛いなぁ。



 さてさて俺は一体いつ殺されるのかしら、とラインを横目で眺めると、彼女はキョロキョロとなにかを探すような動きをしていた。きっと今から起こることの目撃者を作らないための行動でしょうね。名探偵である俺の灰色の脳細胞にかかれば、そのようなことは造作もなく導ける。



「あ、いた」



 しばらくそうしていると、ラインが小さく呟いた。いたのか、目撃者さん。ありがとう、あなたのおかげで俺の人生が少し伸びたよ。焼け石に水だけど。



「おいポチ。見てろよ、スライムはこうやって倒すんだ」



 その言葉を残し、ラインはどこかへ走り去っていく。空になった右手を見つつ、「あれこれ逃げられるんじゃね……?」と思ったが、それ以上にラインの発言が気になったので、走り去っていった方向を急いで見やる。



 するとそこには、二体のスライムに飛びかかるロリの姿が。



 やめろ、無茶だ、という言葉は驚きによって口から出ない。そんな、まさかラインがスライムに突撃するなんて。ここら一帯の最強モンスターであるやつを一人で相手取るなんて、それこそ死ににいくようなものだ。しかも同時に二体なんて。



 駄目だ、絶対に勝てない。ラインは死んでしまう。



 そう思った途端、俺の足は勝手に動き出した。



 プレイヤーである俺と違い、NPCは生き返れない。つまり、ここでラインが死んでしまったら、彼女はもう戻ってこないのだ。そんなことは認められない。俺だったら何度死んでもいい。痛覚制限がかかっているから、それほど痛くもない。命も落とさない。だがラインは駄目だ。絶対に助けなくてはいけない。



 走れ走れ走れ走れ走れ! AGIの不足には目をつぶれ、今だけはAGI極振りになれ!



 みっともなく走る俺。だがそれには意識を向けない。そんなことよりもラインを助けるほうが大事だ。



 あと少し。あと少しで彼女のもとにまでたどり着く。



 わずかに見えた希望。しかしこのゲームはそれを許さない。後ろを向くラインに、新たに増えた影が迫る。



 ……三体目!? おそらくそれにラインは気づいていない。証拠に、彼女は二体のスライムを前にして、身じろぎ一つしていない。



「ライン! 後ろだ!」



 コミュ障など知らない。今だけは黙ってろ。俺は必死に走りながら、ラインに向けて手をのばす。これが届くとは思えない。だが、やらないよりかはやる方がマシだ。



 ラインは俺の大声に驚いたように、目を丸くして振り返る。俺の必死の形相を見て、何かを理解したかのように薄く微笑んだ。



「あぁそうか……お前は変な勘違いしてたんだっけな」



 何かを呟いているようだが、距離があって聞こえない。そんなことよりも、今すぐそこを離れてくれ!



「早く! そこを離れて、」

「大丈夫。大丈夫だから」



 手を俺の方に突き出し、ラインは言う。



「スライムは強くなんかないから」

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