リベンジ
レベルの上がった俺は、十あるステータスポイントを何に振るか悩んだ末、結局DEXに全振りすることにした。いや、今更方向性は変えられないよ。まぁ、STRとかAGIとかは気になるけど、どうしても上げたくなったら上げよう。
【ステータス】
名前:ポチ
種族:人族
職業:錬金術師Lv.2
称号:■の友達
HP:100/100
MP:100/100
STR:0+10(10)
VIT:0+15(15)
AGI:0+15(15)
DEX:110+70(180)
INT:0+20(20)
MND:0+20(20)
LUK:0+10(10)
スキル:器用上昇Lv.1
杖Lv.1
錬金術Lv.1
ステータスポイント:0
【装備】
武器:ボロボロの杖
頭:なし
体:ボロボロのローブ
足:ボロボロのレギンス
靴:ボロボロのブーツ
装飾品:なし
……このDEXの圧倒的存在感よ。他のステータスが二桁前半なのに、こいつだけ二百近い。こういうのって、ロマンあるよね。
俺は腕を組んで、満足気に息を吐いた。…………おや? 称号のところにあるやつはなんだ? 文字化けしているが……。■の友だち、これはもしや、お前には■の中に入れるような相手がいるのか? やーいやーい、というゲームの煽りか? 許せない、真実は人を傷つけるんだぞ! 「ハゲにハゲと言って何が悪い理論」やめろ!
湧き上がる激情をどこにぶつけるべきか。友達がいないせいで空虚な精神を、無限の怒りが塗りつぶしていく。そして俺は、宿敵の名を思い出した。
「スライム……!」
そうだ。元はと言えばすべてスライムが悪い。俺に友達がいないのも、見た目が残念なのも、コミュ力がないのも、全てスライムが悪いに違いない。スライムは諸悪の根源だった……?
そうとわかればやることは一つ。リベンジだ。
「今度こそ倒してやるぜ……」
風吹きすさぶ草原にて、俺たちは向かい合っていた。
片や余裕そうな表情で、青いその体を大きく揺らすスライム。そして俺は、緊張を隠せず喉を高く鳴らした。額に汗がわき、目に入る。隙を作らないようにそれを拭い、油断なく杖を構えた。
……この圧迫感。間違いない。スライムは雑魚モンスターなどではなく、おそらくはこのフィールドの中ボス的な扱いをされている。それにしてはそこら中にいすぎる気もするが、そこはほら、鬼畜ゲー的な感じなのだろう。
受け身でもいいが、それでは流れを作れない。俺は杖を前後に揺らしてタイミングを図り、ここだと思ったところでスライムに切りかかった。
「てやぁぁぁぁぁぁァッ!」
裂帛の気合をほとばしらせながら、上段に構えた杖をスライムに振り下ろす。しかしそんなことはお見通しだと言わんばかりに、体の柔軟性を生かしてやすやすと回避すると、体当たりをかましてきた。
だが俺は学んでおり、あえてその行動を誘ったのだ。その証明だと、加速する青い体の中心に、まっすぐ杖を突く。さすがにこれは予想していなかったか、杖はスライムに吸い込まれていった。
ここがチャンスだと確信した俺は、ノックバックするスライムに追いすがり、杖の連撃を叩き込む。
もちろんなにか武道を嗜んでいたわけでもない俺の攻撃は、お世辞にもきれいだとは言えないだろうが、ゲームのモンスターには通用したようだ。スライムは苦しげに鳴く。
「き、きゅー……」
「ははははっはっはははっ! 無様だなぁ、スライムぅ!」
調子に乗った俺は高笑いしつつ、いざとどめを刺さんと走り寄るが、急に嫌な予感が襲う。しかし、加速した体は止まらなかった。
大きく振りかぶった俺の杖を事も無げに回避すると、腕と杖との間に器用に滑り込み、体当たりを実行した。せめてもの抵抗だと狙われていた頭を横に倒し、回避を試みる。
「あべぁっ!?」
しかしスライムは進行方向を空中で変え、難なく俺の体に着陸。
――――そして俺は死んだ。
俺はリス地に再び舞い戻ると、すかさず走り出す。それは死に慣れているもののでしかありえない素早さであり、同時に自分の死に対して困惑を感じていない者にしかできない動きだ。
俺は全力で走るが、周りの人が普通に歩いている方が僅かに早い。こういうところでAGI不足の問題が発生する。しかし、無い物ねだりをしていてもしょうがない。目的地に着くのが僅かにでも早まるように、恥も外聞もなしに走り続ける。
そしてたどり着いた草原。そこに着いた途端、スライムが、「やぁ、待ってたよ」と言わんばかりにひょこっと出てきた。それに頓着することなく、俺は杖で殴りかかる。
だがそれは避けられた。そんなことは承知していた俺は、なんの躊躇もなく目の前のスライムを蹴り飛ばす。サッカーのボールのように、いやそれ以上に吹き飛ぶスライムを感情のこもっていない瞳で見つつ、転がるスライムに杖を突き刺した。
グサグサ。グサグサ。執拗に杖を突き刺し続ける俺を見れば、その人は俺のことをやばいやつかなんかだと思うだろうか。まぁ、そんなことはどうでもいい。あるのは、スライムを殺すべしという強い意志だけだ。
青い体の中心にある核を狙って、杖を振り下ろし続ける。
スライムのHPバーを見れば、核を突くたびに数ドット減っていっているのがわかる。この分だと、五十回程度攻撃すれば完全に削りきれるだろうか。抵抗させないためにボロボロのブーツで踏みつけているスライムを見下ろしながら、仄暗い感情をにじませる笑みを浮かべる。
数分程度そのような光景が繰り広げられ、あともう少しでスライムを倒せる……! というとこまで来たところで、背中に大きな衝撃が発生した。
思わずうめき声を上げつつ、たたらを踏んで地面に腰を下ろすことだけは回避する。身に染み付いた反応で、後ろを見ずに杖を水平に薙ぐ。すると杖の先端に重みを感じ、そのまま振り抜いた。
急いでそちらの方を見やれば、ボテボテと転がっていくスライムが一匹。自分のHPバーを確認すると、あと一撃貰えば死んでしまうような量しか残っていなかった。ちっ、と舌打ちを一つして、先程まで足元にいたスライムにとどめを刺そうと後ろを振り返った。
しかしそこには何もいない。
瞬間、後頭部に衝撃を受け、地面に倒れ込む。
世界がスローに見えるような錯覚をし、俺を殺した相手を睨みつける。
「スライム…………!」
怨嗟の声は、儚く散った。
再び死に戻り、俺は能面のような表情を顔に貼り付け、路地裏へと入っていく。あたりを見渡し、誰もいないことを確認すると、大きく息を漏らした。
「スライムが強すぎるッ!!」
正直に胸の内を吐露し、勢いそのまま杖で地面を殴る。しかし反動で腕がしびれ、杖を取り落としてしまう。情けない、情けなすぎる。Unendliche Möglichkeitenにログインしてから五時間ほどが経過し、スライムと合計二十戦ほど行った。その結果は、全戦全敗。未だ勝ちを知らない。
やはりスライムは最強格のモンスターなのだ。その割には周りの人がどんどんスライムを倒していく光景を目撃したが、きっとその人は高レベルプレイヤーだったんだ。そうに違いない。あれ、このゲームのサービスが開始したのって今日からであってる? そんなレベリング簡単なの?
俺は地面に膝を付き、この世界に絶望する。ゲームでなら、ゲームでなら俺は勝ち組になれると思ってたんだ。だけど、それは儚い夢だったよ。
そうやってさめざめとと泣く俺に、ズカズカと近づく足音が聞こえた。
一体何なんだ、と顔を上げてみれば、逆光のせいで顔は見えないが、そこには確かに人が立っていた。
「…………さっきから聞いてりゃ、グチグチうるせぇんだよ。なんだ、スライムくらい。そんなんで男がそう簡単に泣くんじゃねぇ」
口調はあれだったが、その声はどう聞いても、可愛らしい女児のものだった。
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