屈辱
華麗に死に戻った俺は、石畳の上で呆然としていた。生まれてはじめての戦闘、そして死。まぁ痛み自体はそんなになかったんだが、恐怖がかなりあった。しかし、次第に怒りがふつふつと湧いてくる。
『きゅー』
あの心底俺を馬鹿にしきった声。そして俺にとどめを刺したとき、確かに感じた侮蔑の視線。……それと呆れの視線を感じたが、おそらく気のせいだろう。それよりも、俺はあいつを倒さないと前に進めない。気がする。だが、一度戦ってみてわかったが、今の俺では勝てない。自分にできることを研究する必要がある。
いつまでもリス地にいるのも周りの迷惑になるので、人のいなさそうな路地裏に入る。人に囲まれているという状況のせいで詰めていた息を吐いた。ボッチは人の多いところにいると、全ステータスが低下するという弱点があるのだ。
気を取り直し、ホログラムウィンドウを表示する。
【錬金術Lv.1】
錬金術が扱えるようになる。DEXが高いほど成功率は上がる。
表示したのは、諸悪の根源こと錬金術さんだ。俺はこいつを頼りにしていたのに、結果裏切られ俺は死んだ。
信じて習得した錬金術スキルが敵との戦闘中に使えなくて俺を殺して最初の街に送ってくるなんて……。
とまぁ冗談なのだが、しかし戦闘中に使えなかった理由が知りたい。と思い、窓を見ていると、スキルの説明の下に詳細なるボタンを発見した。それを押すと、さらに説明が表示された。
【錬金術Lv.1】
錬金術が扱えるようになる。DEXが高いほど成功率は上がる。
今まで手に入れたアイテムや、自分でオリジナルのアイテムを創ることができる。成功率はDEXに依存する。また、戦闘中には使用できず、MPを消費しない。レベルが上がるごとに作れるアイテムが増える。
……なるほど。大体わかった。このスキルのことを考えれば、戦闘中に使えないのは仕方ないと思う。例えば、先程のスライムと戦っているときに、大木などをスライムの上に創ってみたとしよう。すると、重力に引かれた大木はスライムを押しつぶし、簡単に戦闘は終了してしまう。これではゲームバランスが崩れてしまう。それゆえのバランス調整なのだろう。
だが。それでも、このスキルは強すぎる。今まで手に入れたアイテムや、オリジナルのアイテムを創れるのに、その際のMP消費がゼロ。笑いが堪えられない。俺はなんて素晴らしいスキルを選んだんだ! これがビギナーズラックってやつか?
俺はとりあえず錬金術を使ってみようと、スキルを発動するためにボタンを押した。
ボタンを押したことで錬金術が発動すると思っていたのだが、なんの変化も起こらなかった。一体どういうことなんだ、と思っていたら、『魔法の釜が必要です』というメッセージが表示された。さらに『魔法の釜を手に入れるためのクエストを受注しますか? Yes/No』と、鈴が鳴るような音とともに情報が追加された。
俺はせっかくだからとYesを押し、クエストを受注する。すると、『釜職人のところへ行きましょう』というメッセージと地図が現れ、その釜職人とやらがいる場所が赤い点で表示された。
俺はそこを目指して路地裏を出ると、コミュ障のパッシブスキルである「気配遮断」と「索敵」を使い、人を回避しながら目的地を目指す。いやまじでコミュ障強いわ。だってゲームじゃなくて現実世界でスキル使えるんだもん。だから俺はあえてリア充にはなってないんですよねぇ。
前回と違い周りの目を気にしたためか、圧倒的不審者ムーブをかましていた俺が周囲の人々に白い目を向けられ石を投げられるということはなかった。でも、たとえ石を投げられたとしても、俺がフードを外すことはない。これは誇りだ。そんなゴミみたいなものはポイしましょうねー、と俺の中の天使が言ってきたが、逆にそいつをゴミ箱ダンクしてやった。最近俺の天使の悪魔化がひどい。それと埃じゃなくて誇りだ。
俺はそそくさと十分くらい歩き続け、赤い点のある地点にたどり着いた。そこは石造りの工房と言った佇まいで、「あー、職人いそう」と言わざるを得ない雰囲気を醸し出していた。あとはそこにアポ無し突撃を決行するだけなのだが、やはりというかなんというか俺はそこへ突入する勇気を持っていなかった。当たり前だ。そんなもん持ってたら伊達に十五年もコミュ障やってねぇよ。
しかしあそこに入らないとクエストが終わらないしなー、どうしようかなーとウジウジ同じ場所を徘徊していたら、工房の扉が開き、思わず「おやっさん……」と呼びかけたくなるような男性が出てきた。顔に刻んだときの重みは、しかしその目の鋭さと若々しさによってアクセントにしかなっていなかった。
「……なんだ、坊主。うちになんかようでもあるんかい」
「……あ、いや、その……」
「……ふん、まぁいい。……入りな」
「おやっさん……」
鋭い眼光に貫かれ、コミュ障を発動していた俺に対し、詳しく聞かずに工房に戻っていくおやっさん。その背中を見て、実際に「おやっさん……」とこぼしてしまった。やばい、かっこよすぎる。
俺はその背中を追って、工房へと足を踏み入れた。
そこは、炉の中に熱い火が燃えたぎる、まさしく鍛冶師の工房といった場所だった。あまりの熱気に汗が垂れる。なんでこういうところまでVRMMOで再現してるんですかね。リアルさが増すのでいいですけど。
俺の前を行くおやっさんは椅子にどかっと座り、よく蓄えられたひげをしごきながら俺を睨みつけた。
「……で、俺の工房の前をうろちょろしてた坊主。俺になんの用があるんだ」
「いや、え、っと…………」
返答に困り、ホログラムウィンドウを流し目で見る。クエストは達成したから、何らかの変化があるだろう。そう思っていたら、案の定新しいメッセージが表示されていた。
『魔法の釜の作成を依頼しましょう』
どうやら、ここで魔法の釜を作ってもらうらしい。俺はたどたどしい言葉でそれをなんとか伝えると、おやっさんは嫌そうに顔をしかめ、根本的な問題をついてきた。
「坊主、金は持ってんのか? 俺の作るものは高いぞ」
「お、お金……ですか」
俺は冷や汗を流す。少し前に確認したが、所持金は驚異のゼロ。これでは何も買えようはずもない。一体これはどうすればいいのか。ホログラムウィンドウに聞いてみたいが、うんともすんとも言わない。この薄情者め。
「あ、その……ゼロ、な……んですけど……」
「はぁ? 何しにここに来たんだ」
「いやぁ、そうですよね……はは……」
慣れと無力感で少しずつ話せるようになってきたが、なんの慰めにもならない。なんでこんなことに、とゲーム自体を恨む始末。だめだ、このクエストはクリアできない。所持金があること前提のクエストだ。
そう思い、俺が工房から立ち去ろうとすると。
「………………そうだな、坊主。俺の頼み事を聞いてくれりゃ、釜を作ってやってもいい」
「ほ、ほんとですか!?」
「おぉう、急に元気になったな……嘘はつかねぇよ」
なんだろう、おやっさんが神様かなんかに見えてきた。なに? このゲームのNPCは全員聖人かなんかなの? ただ、その頼み事というものが厄介だ。あまりにも難しいものだと、断るしかない。……この空気の中断るのはしんどいなぁ。
「え、と。その、頼み事……というのは」
「なに、そんな難しいことじゃない。今から俺が言うところに行って、物をもらってくるだけでいい」
それは、随分と簡単そうだが。どうして俺に頼む必要があるのだろうか。俺の疑問に気づいたのだろう、おやっさんは俺が魔法の釜の制作を頼んだとき以上に嫌そうに顔をしかめて、その理由を言った。
「俺はあいつが苦手でな……どう頑張ってもやつと一緒に笑うところが想像できん。俺はそういうやつが嫌いだ」
気の良さそうなおやっさんですらそうなら、俺とか一体どうなっちゃうんですかね……。しかし、想像していたよりも簡単そうだ。これはやるしかない。
「その、頼み事……やらせて、ください」
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