第一章 真祖の吸血鬼

初めての戦闘

 目を開けるとそこは異世界だった。当然のように闊歩する、ガチガチに装備を固めた冒険者らしき人たちやとんがった耳が特徴的なエルフ。その他にも頭からうさぎの耳が生えた獣人とか、トカゲが直立二足歩行しているようなリザードマンなど。様々な種族を目にし、ここが現実である可能性を放棄する。



 異世界召喚ものであれば、ここから俺のチート能力が発覚し、勇者となって最後には魔王を討伐することになるだろうが、あいにくここはVRMMOの中。俺にそんなチートはない。



 辺りを見渡せば、俺の今立っている場所が最初の街のリス地……円形状の石畳であることが分かる。もしも街の外に出て、モンスターなどに殺された場合、ここに死に戻ることになる。できればそんな経験したくないが、流石にこれは不可避だろう。



 ぼーっと突っ立っていれば、俺と同じように次々と光とともに人が現れる。彼らもチュートリアルを終え、この世界に召喚されたプレイヤーたちだ。そのことに思い至った途端、せっかくサービス開始初日からプレイを始められたのだから、早く行動をしなければ、という使命感に襲われた。



 ホログラムウィンドウを開いて、所持金を確認する。すると、そこに燦然と輝く0の一文字。そのあまりの輝きと空虚さに、涙が溢れそうだ。このゲームは甘くない。



 ここで時間を潰していても何にもならないので、とりあえずフィールドに出てモンスターと戦ってみることにする。やはりRPGの醍醐味は敵との戦闘。颯爽とローブを翻し、街の外へと向かうフードを被った不審者こと俺。街なかを歩くプレイヤーがぎょっと目を見開き、腰に据えた剣の柄に手をかけた。おいおい、俺はモンスターじゃないぜ。……そこまで怪しいっすか、俺。見た目自体はあんま変えてないんですけど。



 もしかして自分の顔立ちはもともと怪しさに満ち溢れているのか、という悪夢のような発想に思い至り、頭をぶんぶん振ることでそいつを忘却。すでにやつは海に沈めた。



 NPCの親子が「ママ、あの人何ー?」「シッ、見ちゃだめよ」とかテンプレな会話をしているのを全力でスルー。俺じゃないやい俺じゃないやい。さらに足を早め、肩で風を切って歩く。するとすぐに街の外へと出られる門に辿り着き、門兵にぎょっと見られるということはなく、そのまま外へ。本当にぎょっとなんて見られてないです。本当です。マジです。



 門から一歩足を踏み出せば、そこに広がるのは足首辺りまでの長さの草が生い茂った草原。遠くにはモンスターの影が見え、さらにはそれと戦っているプレイヤーと見られる影も。俺も負けてはいられん、と周囲を見渡すが、モンスターはいそうにない。街の近くにはポップしないのか、それともすでに狩られてしまったのか。仕方がないので遠くまで行ってみることにした。



 ボロいブーツ越しに感じる草の感触は、現実と遜色のないものだった。初めてのVRMMO、少しも不安がないといえば嘘になるが、これまで見た感じは良さそうだ。



 しばらく歩いて、前方にモンスターを発見した。



 赤い核を青い体で覆うその見た目。少し動くごとにプルプルと震え、柔らかいことがよく分かる。そこにいたのは、まごうことなきスライムだった。ゲームによっては、最弱のモンスターから強めのモンスターまで幅があるが、このゲームでは最初のモンスターレベルらしい。スライムは核のあるタイプとないタイプがあるが、見たところ前者らしい。あるあるなのは、あそこが弱点ということだが……。



 いきなり戦闘に入るというのもあれなので、少し様子見をしてみる。俺はちょうど近くにあった背丈の高い草に身を隠した。



 プルプルプルプル。ちょこちょこ動くたびに震える体。癒やされる。スライムは飛んだりはねたり、傍から見れば遊んでいると思えるような行動をしていた。今からあれを倒すのか……と思うと非常に罪悪感に苛まれるが、致し方なし。それが定めだ。



 俺は草陰からばっと踊りだし、手に持っていた杖を振りかぶる。



「うおおおおおおおおおおおおっ!」



 気合十分。気迫も満天な俺の攻撃は、吸い込まれるようにスライムの体へ向かっていった。勝った。俺は勝利を確信し、少し油断をしてしまった。



 ふにょん。



「……ふにょん?」



 戦場に似つかわしくない気の抜ける音が響き、俺は困惑の声を漏らした。一体どこからそんな音が発生したのか、と周囲を見渡しても、候補になりそうなものはない。



 であれば、と恐る恐るスライムを見下ろすと、そこには未だ元気なスライムがこちらを見ていた。



「きゅー」

「えっ可愛、あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」



 予想もしなかったスライムの鳴き声に、一瞬ほっこりしてしまったが、それは今自分がどこにいたのかを正確に認識していなかったと言わざるを得ないだろう。その怠慢を咎めるがごとく、スライムは俺の顔面に体当りしてきた。



 攻撃してくることを一切考えていなかったため、受け身も取れずに地面に転がる。顔に張り付くスライムをなんとか引き剥がし、攻撃の届かないところへ避難する。しかしスライムは完全に俺を敵だと認識したのか、ジリジリと距離を詰めてくる。



 これは戦うしかないのか、と諦め、HPバーを確認した。



「半分以上削られてる……!?」



 最弱のモンスターだと思っていた存在の体当たりで、体力の半分以上が持っていかれたという事実。これは俺を否が応でも緊張させた。杖を見様見真似で中段に構え、少しでも隙を見せないようにする。しかし剣道などをしていたわけではないため、だいぶ無様なものだったが、しないよりかはマシだ。



 ……おそらく、最弱のモンスターという認識が間違っていた。そうでなければ、HPが半分以上削られるはずがない。意識を変えろ。目の前にいるのは、俺を殺し得る敵だ。



 じっとりとした汗が頬を伝う。緊張感に喉が渇き、つばを飲み込む音が響いた。



 それを合図にしてか、スライムが飛び出してきた。集中していた俺はそれをなんとか杖で弾き、吹き飛ばす。だが。



「ダメージが通っていない、だと」 



 俺が攻撃したことでスライムの上に表示されたHPバーは、減っていなかった。いや、よく見れば数ドット減っているのだが、誤差の範囲だ。



 俺は混乱するが、とある可能性に気がついた。



 ……そうか、スライムは物理防御力が高いんだ。だから、杖による攻撃が効かなかった。ゲームではよくある話だ。そのとき、魔法には弱いというのがお約束だが……。であれば、俺は相性抜群だ。なにせ、俺は魔法職である錬金術師。その上、ステータスをすべてDEXに振っている。これで勝てないはずがない。



 今度こそ勝利を確信し、口角を吊り上げる。右手に持っていた杖をだらんと下ろし、左手を前に突き出す。



「【錬金術】ッ――!」

『戦闘中は使用できません』

「…………は?」



 俺は思わず固まってしまう。



 まるで今まで立っていた土台が根本から崩れるような錯覚を覚えた。は? 錬金術って戦闘中使えないの? え、なんで? 魔法職でしょ?



 ワタワタとする俺に、じわじわとにじり寄る影。その青い悪魔は、俺を見下すように鳴いた。



「きゅー」



 その声にハッキリと込められた侮蔑の感情を敏感に感じ取り、俺はサッと杖を構える。



 ――そうだ、錬金術が使えないくらいでなんだ。どうして、ここで諦めることができる……!



「俺は、絶対に負けない!」



 …………………………その後、あっさりと攻撃を避けられた俺は、スライムに体当たりをされ、あっけなく散った。

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