外見

 目を開けるとそこには、黒髪黒目の特徴のない男が立っていた。しかも下着姿で。反射的に叫ばなかった自分を褒め称えたい。なんとか叫ばずにいられたのは、そいつがどこかで見たことがあったから。



 というか俺だった。最近良く鏡の中で見ていた姿そのもの。



「……自分の姿をこうやって客観的に見ると、すごい違和感を感じるな」



 思わずマジマジとそいつを見つめ、そうつぶやく。 



『次は外見を設定していきます。身長や体の形などは、実際の姿との乖離が大きいほど動かしづらくなりますので、あまり変えないことをおすすめします』

「…………」

 


 もちろん返答などできるはずがない。申し訳ないが、今でも体が若干震えてるんだ。おそらくNPCなんだろうな、とは思いつつも、会話ができてしまったという事実が俺を縛る。



 俺の沈黙に何を思ったか、相手の方も静かになり居心地の悪い空間が発生する。やめろ、このスリップダメージは俺によく効く。このままではチュートリアルが始まる前に死んでしまうぞ。誰か助けてくれ。



 その願いを叶えてしんぜよう、と言わんばかりにタイミングよく現れるホログラムウィンドウ。そのあまりの輝きに英雄を見た。……危ない、あと少しでホログラムウィンドウガチ恋勢になるところだった。人類初であろう人間×ホログラムウィンドウというカップリングは、俺には早すぎるので、できれば今世中は遠慮しておきたいところだ。

 


 その窓を見れば、目の前にいる俺の姿が表示されていて、目の位置だとか髪の色だとか、各種パラメータが弄れるようになっている。



 自分の見た目に満足というわけでもないが、別に不満があるわけでもない。見た目云々関係なく人と話せないからね。だから、この状態から大きく変える必要もないかな、と。まぁ現実そのままの見た目ってのもどうかと思うので、多少は変えるが。



 ……ボタンを押して、髪の長さを変える。前髪を伸ばして、顔が見えないほどに。



 どこから見ても不審者です。としか感想が出てこないような見た目。だからといって外見を弄りまくって、現実に絶望するのも嫌だ。それになんか負けた気がする。もともと人間関係ボロボロの敗者なんですけどね。



『外見の設定を終了します。次に、装備を設定していきます』



 例のごとくホログラムウィンドウ先輩が気さくに現れ、「やぁ」と片手を上げてくる。その姿に息が上がり、心臓の鼓動が早くなる。まるで意中の相手に出会った初恋中の少女のよう。まさか、俺は恋に堕ちてしまったのか……!?



 いや、これ普通に緊張してるだけだわ。ほら、さっき気まずかったからさ。ただの緊張から来る動悸と息切れだったわ。勘違いさせちゃったかな、ごめんねホログラムウィンドウ。俺ってマジ悪女。



 そんな茶番でざわつく心を抑えつつ、その窓を覗き込む。そこには、現在装備可能な一覧が載っていた。例えば、杖だとか、錬金術師だからかポーションとか。ポーションいいな、ロマンがある。しかし、今はスキルを持っていないからまだ使えない。でも、いつか使ってみせるぜ。



 そんな感じで、武器は杖にした。



【ボロボロの杖】

 使い古された杖。攻撃力はそこら辺に落ちている木の枝に等しいが、わずかに魔法の威力を上げる。

 耐久値:無限



 名前通り、見た目は少し長めの木の枝を思いっきりボロボロにしたようなものだった。だが、これで俺も魔法職だ……という感慨に包まれ、不満など何一つなかった。それに装備はゲームを遊んでいけば変えられるだろうし。



 さて、お次は防具なんだが……ステータスをすべてDEXに振った影響なのか、ローブしか選択できなかった。どうやらSTRの値が足りないらしい。あの値をあげなければ、装備に制限が課されるのか。まぁそれは後々上げればいいか、と気を取り直し、一つしか無いボタンを押す。



【ボロボロのローブ】

 使い古されたローブ。物理防御はないに等しい。わずかに魔法のダメージを減少させる。

 耐久値:無限



 そこに現れたのは、裾が擦り切れた灰色のローブ。いつまでも下着姿というのも座りが悪いので、急いで装備する。



 なんの素材かはわからないが、肌触りはなかなか悪くない。見た目も「拙者は魔法使いでござい」と言外に主張してくる。これにボロボロの杖を合わせれば、どこからどう見ても魔法使いだった。



 ローブについていたフードを被ってみる。前髪のせいで、顔が全く見えないことに加え、杖とローブとでものすごく怪しくなってしまった。しかしそれこそ魔法使いの醍醐味。怪しさに溢れてこそ魔法使いよ。



 決めた。今後はこのスタイルで行こう。



 その後ブーツやレギンスなどを装備し、どこからどう見ても一人前の魔術師が誕生した。魔法使いから魔術師へのクラスアップ。これは怪しさレベルがアップしたとも表現できるだろう。



【ステータス】

 名前:ポチ

 種族:人族

 職業:錬金術師Lv.1

 称号:なし

 HP:100/100

 MP:100/100

 STR:0+10(10)

 VIT:0+15(15)

 AGI:0+15(15)

 DEX:100+70(170)

 INT:0+20(20)

 MND:0+20(20)

 LUK:0+10(10)

 スキル:器用上昇Lv.1

     杖Lv.1

     錬金術Lv.1

 ステータスポイント:0

【装備】

 武器:ボロボロの杖

 頭:なし

 体:ボロボロのローブ

 足:ボロボロのレギンス

 靴:ボロボロのブーツ

 装飾品:なし



『では、ポチさん。あなたをこの世界に召喚いたしましょう』



 俺のキャラメイクが終わったのを見計らってか、タイミングよく声が流れてくる。ここから俺の冒険が始まるのか。真っ白い空間の中に、なお白い光が顕現し、視界を白く塗りつぶしていく。思わず目をつぶり、そういえばと疑問に思っていたことを口に出した。



「け、結局……あな、た……のな、まえ……は、何だった、んです、か……?」



 言い切った。よく言い切ったぞ俺。途中で心が折れそうになったけど、いやいやNPCなんだから少しぐらい勇気を出せ、と頑張った。声は情けなく震え、あまり聞き取れなかっただろうが、声に出したということが重要なのだ。



『え、私の名前、ですか。…………ふふ、そんなことを聞いてきたのはポチさんが初めてですよ』

「す、すいま……せん」

『あぁ、いえ、気を悪くしたわけじゃないんですよ。むしろ逆です。嬉しかったんですよ。皆さん私のことなど一切気にせずに、世界へ旅立たれていきましたから』



 まぁ、そりゃそうだろうなぁ。俺だってまともに人と話せるのであれば、わざわざキャラメイクのときのNPCの名前なんて聞こうとすらしなかっただろう。だが現実の俺は重度のコミュ障。人となんて話せない。だからこそ、NPCを相手にして少しでも話せるようになろうとしたのだ。名前はその取っ掛かり。俺の会話ボキャブラリーなんてそれくらいしかない。あとは天気の話題とかだが、この真っ白い空間に天気なんて存在しないだろう。



『私の名前は……デーアです』

「で、デーア、さん……いい、名前ですね」

『ふふ、ありがとうございます』



 よっしゃ、結構まともに話せた! 



 俺は心のなかでガッツポーズを取る。これは脱コミュ障も近いかぁ? 俺の成長が早すぎて怖い。あれ、でもみんなはこのレベルに達するのが幼稚園くらいなのか? じゃあめちゃくちゃ遅いじゃないか。ま、まぁ、余裕で追いついてみせますよ。ええ。周りの人に話させないぐらいのマシンガントーク、かまします。



 そんな会話をしているうちに、光が強くなって、全身で浮遊感を感じる。ああ、チュートリアルが終わるのだなー、とぼんやりと思った。



『じゃあ、頑張ってください、ポチさん。…………いつでも見てますから』



 最後の方はよく聞こえなかったが、激励されたのだろうということはわかった。いやぁ、早速友だちができてしまいましたな! ここから俺の無双が始まる気がする。これが友だち効果か。



「えぇ、友だちの期待は裏切りませんよ」



 テンションが上っているおかげで、詰まることなく言うことができた。そんな俺の発言に対し、デーアさんがキョトンとしている気配を感じる。あれ、俺なんかミスった? 距離感ミスったかな。



 経験値がないゆえ狼狽する俺を見て、デーアさんはくすくすと笑い始めた。



『友だち、友だちですか…………。いいですね、それ。そうです、私たちは友だちです』



 ついにデーアさんの許可も頂いた。これで正式に友だちだ。苦節十五年、生まれてはじめての友だちがNPCか。……べ、別に悲しいわけじゃないんだからねっ。むしろ嬉しいんだからねっ。



 デーアさんの声を聞いて、俺は満足感に浸りつつ視界が移り変わっていくのを感じた。おそらく最初の街へテレポートするのだろう。そこから俺の冒険――できればパーティープレイがいいが――が始まるのだ。ワクワクする。



『これが本当に最後です。……いってらっしゃい』



 …………っは! 俺はしばらく気絶していたらしい。なぜだか理由はわからないが、どこかで圧倒的な新妻オーラを感じた。耐性がなかったせいで、俺の精神は萌のエネルギーを抱えきれず、気絶してしまったのだ。くそ、いってらっしゃいとか、現実に言ってくれる御方がおられたのか……。いやまぁNPCなのだが。関係ないよね。



 最後にそんないい思いに包まれて、俺のチュートリアルは終了した。目が開けられないほど光は強くなり、体の感覚がなくなる。



『隠し称号【神の友達】を手に入れました』



 ……最後になにか聞こえた気がしたが、多分気のせいだろう。

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