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 来た。ついに来た。



 俺は目の前に鎮座するダンボールを前に、まるでこれから神へ捧げる舞に臨む巫女のように、静穏な気持ちでそれを見つめた。あるいは新人社員を前にしたセクハラ課長のような気持ちだったかもしれない。まぁそれはどうでもいいのだ。それより。



 来ましたよ。Unendliche Möglichkeitenが。



 ここ一週間、学校にいようがゲームでどういう構成にするか考え続け、参考にするために他のVRMMOの攻略動画を見たりもした。中でも俺が気になったのは、剣を手にして戦うタイプと、RPGの花形である魔法使い。この二つの職業のうち、どっちにするかで悩みに悩んでいる。一応、ゲームを実際にやってみて、気に入った方でいいだろうと思った。



「さて……」



 俺はゴクリとつばを飲み込み、そのずっしりとした重みを主張してくるダンボールを抱え、落とさないように気を配りつつ、軽くスキップした。



 いかん。ニヤつきが止まらん。



 意識しても口角は勝手に上がり、人に見せられないような表情になる。



 これはまずいと急いで部屋に戻ることにした。愛しい我が子を抱いて言うかのような感覚。この腕の中の存在だけは守ろうと、慎重に慎重を重ねて階段を進軍する。目的地が見えてきたぞー!



 俺の部屋まであと二メートル。なんかテンションが馬鹿みたいに上ってくる。新しい本を読むときとか、ゲームをするときとか。そういう状態になることあるよね。



 小躍りを交えつつ、しかし上体は体幹で支えてブラさない。このダンボール本当に大事だからね。



 その時。俺のちょうど真横に位置した扉が開き、俺の顔にクリーンヒットした。痛い。



 だが俺は痛みをダンボールへの愛の力で押さえつけ、状況の把握を試みた。涙が滲む目で扉を見ると、その影から二つの目が俺を除いていることに気がつく。相手は俺にバレたことがわかったのか、しぶしぶといった様子で扉の後ろから出てくると、顔をしかめた。



「……お兄ちゃん、顔キモい」



 その扉から出てきた存在は俺の顔を見るやいなや、罵倒をくれてきた。これにはさすがの俺も反論しようとしたが、口からは「ヒュッ」という掠れた音だけが出てきて、声にならない。



 そこにいたのは、俺の妹だった。



 俺と同じ親から生まれたとは考えられないほど、整った顔立ち。多少家族の贔屓目は入っているだろうが、多分妹が通っている学校で一番可愛いと思う。



 妹は何も言わない俺に対して、いつものことだ、と言わんばかりに視線を外そうとしたが、俺の持っているダンボールを見て、目を丸くした。



「なにそれ」

「え、……と、…………ゲーム?」

「え、お兄ちゃんにゲームする相手いるの?」



 なかなか酷い言われようである。でも言い返せない! 事実だもの!



 そこで生まれた妙な空気を吹き飛ばすためか、妹は大げさに伸びをして、俺にちらりと目を向けると階段を降りていった。しばらく時間がたち、戻ってくる様子がないことを確認すると、やっと緊張が溶ける。



「ふぅ……」



 思わず詰めていた息を吐き、昔はこうじゃなかったのになぁ、と再びため息をつく。いつから妹相手にも会話ができなくなったんだっけか。さすがにコミュ障極めすぎだろ。



 俺はいつか妹とまともに会話することを目標にして、自分の部屋へと戻った。


























「おぉ…………なんと神々しい姿なんだ」



 ダンボールの封印から解き放ったVR用の機械を見て、恍惚としてしまう。おかしいな、俺は機械に興奮するような性癖持ってなかったはずなんだが。



 俺は我慢できずにそいつを装着し、ベッドに飛び込む。指定の操作を行い、Unendliche Möglichkeitenをインストールしたことを確認すると、仮想現実に没入していく。



 あぁー、この感覚癖になりそう。ふわふわとして、現実と仮想とが曖昧になっていく。だが次第に現実が薄れ、仮想が現実になってしまう。気がつくと、俺は真っ白い空間にいた。



『ようこそ、Unendliche Möglichkeitenへ』



 どこからともなく声が聞こえてきて、俺の前にホログラムウィンドウが表示される。少し前の俺なら驚いて腰を抜かしていただろうな。だけど、一週間勉強した俺には届かないぜ――! と俺は不敵にほほえみ、ホログラムウィンドウを観察する。ふむ、どうやらこれでキャラクターメイクをしていくらしい。



『あなたの名前を入力してください』



 名前か。どうしようかな。あんまりこういったゲームをやってこなかったから、ぱっと決められない。



 うーん、名前……。ボッチだから、そのままボッチ? 流石に自虐がすぎるか。じゃあ……ボッチ、ボチ、…………ポチでいいか。犬みたいな名前だけど。



「ポチだけにポチッとな」



 瞬間、まるで突然冬が来たかのような冷気が俺を襲い、反射的に腕を抱えてしまった。なんだ? もう敵の攻撃か? 頭を回転させ、とある思いつきをする。…………もしかして。



「えっと……もしかして会話とかできます?」

『……まぁ、できないことはないですね』

「ひぇっ」



 ただの進行役の声かと思ってたら、普通に会話できたでござる。それを認識した瞬間、俺はコミュ障スキルを発動し、まともに声が出なくなる。



『じゃあ、次に種族を選んでもらえますか』

「アッハイ」



 目の前のホログラムウィンドウに人やエルフ、ドワーフ……コボルトや、竜人など、様々な種族が表示された。たしかこれだけで百種類ぐらいあるんだっけ? どれもいいように見えて迷ってしまう。



 うーん、うーんと唸りながらホログラムウィンドウを睨みつける俺。別に恨みがあるわけではない。試しに『人』を押してみると、そこに詳細な説明が出てきた。



【種族:人族】

 特に秀でたところはないが、劣ったところもない。いわば万能型。初心者におすすめ。

 種族ボーナス:全ステータス+10



 おお、なるほど、これはわかりやすい。俺は試しにエルフも押してみた。



【種族:エルフ】

 魔法に特化した種族。魔法に対する適正はピカイチだが、代わりに身体能力に劣る。

 種族ボーナス:魔法系ステータス+40,物理系ステータス−20



 あぁ、魔法が使いたかったらこれ、みたいな感じか。悩ましい。その後も色々な種族を見てみたが、やっぱりどれも良さそうで迷ってしまう。



「まぁでも、最初だったらまずは人……かな? 初心者におすすめって書いてあるし」

『【種族:人族】に決定しました。次は職業を決めてください』



 次は先程までよりも膨大な数選択肢が出てくる。たしか職業は数千種類あったはずだ。そんな中から選べと? 無理でしょ。



 俺はどうにかこれを攻略できないかと、ホログラムウィンドウを眺めていたが、下に「ランダム」なるボタンがあることに気がついた。ポチリとそれを押してみて、あまり合わなそうな職業ならもう一回押せばいいか、と気楽にポチってみた。何度でも言おう、ポチだけにね!



 トゥルルルルルルルルルルルル……と気が抜けるような音でルーレットが回り始め、三十秒ほどで停止した。



【職業:錬金術師】

 魔力によって様々なものを創り出す者。錬金術の成功率はDEXに依存する。

 職業ボーナス:DEX+50



 おお、結構良さげなやつじゃないか? それに錬金術師ってロマンあるし。俺は職業を錬金術師に固定した。どうやら俺が進むべき道は魔法使い系らしい。ごめんな剣士、これ一人乗りなんだ。



『次に、ステータスポイントを振ってください』


 

 という声に合わせ、ホログラムウィンドウにステータスが表示される。



【ステータス】

 名前:ポチ

 種族:人族

 職業:錬金術師Lv.1

 称号:なし

 HP:100/100

 MP:100/100

 STR:0+10(10)

 VIT:0+10(10)

 AGI:0+10(10)

 DEX:0+60(60)

 INT:0+10(10)

 MND:0+10(10)

 LUK:0+10(10)

 スキル:なし

 ステータスポイント:100



 なるほど、このステータスポイントとやらを振って、このSTRとかVITとかを上げていくらしい。わかりやすいな。



 さて、問題は何に振るか、なんだが……。



「まぁ、DEXでいいだろ」



 全ポイントをDEXに振るのは多少不安があるが、種族ボーナスで実質オール10だから大丈夫でしょ。うん、大丈夫。



 ポチッとな。



【ステータス】

 名前:ポチ

 種族:人族

 職業:錬金術師Lv.1

 称号:なし

 HP:100/100

 MP:100/100

 STR:0+10(10)

 VIT:0+10(10)

 AGI:0+10(10)

 DEX:100+60(160)

 INT:0+10(10)

 MND:0+10(10)

 LUK:0+10(10)

 スキル:なし

 ステータスポイント:0



 うーん、壮観。そしてステータスだが、カッコの中が素の値とボーナスの和っぽいな。かっけぇ……。



『最後に、スキルを三つ決めてください』



 そう言われ、目の前に例の窓が現れる。しかし、今回ばかりはどのスキルを取るかを事前に決めてあるので、迷うことはない。



 まずは、その職業に最も大事なステータスをあげるスキル。次に、その職業で使える武器のスキル。そして最後は、適当に決めればいいだろうと思ってたんだが、職業が錬金術師になったんだったらこれしかないよね、っていうスキルにした。



【器用上昇Lv.1】【杖Lv.1】【錬金術Lv.1】……とまぁ、この三つだ。最初と真ん中は言わずもがな。最後のは、錬金術師なのに錬金術が使えなくちゃいかんでしょ。といったことで選択した。



【器用上昇Lv.1】

 DEX+10



【杖Lv.1】

 杖の扱いがうまくなる。魔法の成功率が僅かに上がる。



【錬金術Lv.1】

 錬金術が扱えるようになる。DEXが高いほど成功率は上がる。



 うーん、完璧な配置だ。このスキルというのは全部で五個セットできるらしく、レベルアップしたときにもらえるポイントや、クエスト達成時の報酬として手に入るスキル取得のアイテムを使って増やしていくらしい。



『ステータスを決め終わりました。これでよろしいですか?』



【ステータス】

 名前:ポチ

 種族:人族

 職業:錬金術師Lv.1

 称号:なし

 HP:100/100

 MP:100/100

 STR:0+10(10)

 VIT:0+10(10)

 AGI:0+10(10)

 DEX:100+70(170)

 INT:0+10(10)

 MND:0+10(10)

 LUK:0+10(10)

 スキル:器用上昇Lv.1

     杖Lv.1

     錬金術Lv.1

 ステータスポイント:0



 もちろんよろしいです。俺は声に出そうとして、そういえば俺コミュ障だったわ、と思いだした。いやいや、ステータスを振るのが楽しくってすっかり忘れてたぜ。



 コミュ障に優しいシステムなのか、目の前のウィンドウにYes/Noの選択肢が出ていたので、当然Yesを押す。すると、



『わかりました。では、次の段階に移ります』



 そんな声が聞こえてくるやいなや、ウィンドウから金色の光が伸びてきて、俺はそれに飲み込まれた。

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