第32話 ラクリマ

「レイデア」


 ヒミコさんは白衣の男に話しかける。


「これは師匠、

 見ていてください。

 あなたの膨大な魔力でラクリマは復活する」


「ラクリマ......」


(その恋人はラクリマというのか、

 ヒミコさんはそれで、名前をつけた......)


「無駄だよ。

 ラクリマは死んだ。

 復活などしない。

 仮にしたとして、彼女はそれを望まないだろう?」


「それがどうしたんですか、

 私がラクリマを甦らせたいんです。

 彼女の意思などどうでもいい......」


「身勝手過ぎるだろ!!」


 オレは怒りをぶつけた。


「愛などとは一方的な思い込みでしかない。

 彼女は治せたはずの病を教義という、

 愚かな弱者の思想で拒否した。

 私の意思を無視してね。

 ならば私の意思を通してなにが悪い」


 そう悪びれもせずレイデアはいいきった。


「......そうではないよ。

 教義だけで拒否したわけではない。

 きっと、ラクリマは君が自分に執着して壊れていくことを恐れた。

 君に自分の人生を生きてほしかったのだよ」


「それがなんだ!!

 どっちでも同じことだ!

 私にとって彼女を失うことは、

 死よりも辛かった!

 なのに彼女は私をこの地獄へと置き去りにした!」


 レイデアは激昂してそう叫んだ。


「......なにをいっても無駄か......

 一体なにをするつもりだい、

 エクスくんは関係あるまい」


「彼女は器、

 彼女の体にラクリマの魂を定着させるんです」


「彼女の魂などどこにもない。

 死んでなくなってしまったのだよ」


「ある!

 私は彼女の魂を探すため、

 あらゆる事をした。

 そして見つけた!」


 そういうとレイデアは、魔法を唱える。


「深淵の縁から這い出す闇たる魂よ、我との願いを、

 盟約によって、このうつしよに、顕現せよ!」


 そういうと天井に闇より暗い漆黒の穴ができ、

 何かがエクスさんの体に入っていくのが見えた。

  

 すると、エクスさんが浮いて目を開ける。


「きたか! 

 約束通り身体は与えた!

 ラクリマの魂を還してくれ!」


 そう懇願するレイデアを見て、エクスさんは口を開く。


「何のことだ......」


「なっ!?

 自分が顕現けんげんするための、

 巨大な魔力と、器を見つけてくれば、

 ラクリマの魂を還すと約束しただろう!!」


「知らぬな......

 お主らは羽虫と約束などするのか?」


 そうニヤリと笑った。


「貴様!!

 約束を破ったのか!

 ならば、この契約を破棄する」


 レイデアは懐から何か紙を取り出し、

 破り捨てた。


「クックック、

 そのような契約、我には効かぬ。

 契約とは同等のものが結ぶもの......

 お主のような羽虫との約定など、

 そもそも成立しておらぬ」


 そういって口許を歪め笑う。

 そして腕を一振すると、

 強力な衝撃波がレイデアを壁に吹き飛ばした。


「ぐはぁ!!」


「あれはなんすか!?

 なんか纏ってるオーラがヤバいんですが!

 絶対このままじゃ死にますよ!」


「ああ、かなり高位の霊的存在だね」


「メタトロンとか、魔法局が使ってたやつすか!」


「そんな下位ではなく、もっと上位だ。

 かつて神と呼ばれていたクラスのものだ」


「神様......」 


「戯れに人間をもてあそんでみたがつまらんな......

 やはり人間は愚かだ......

 再び人が逃げ惑う姿をみてみるか......」


「待つがいい」


 ヒミコさんがそういうと、

 エクスさんがこちらをみる。


「なんだ人間......

 戯れに見逃してやろうと思っているのだ。

 そう焦らずともこの世が絶望へと、

 変わってからでも死ぬのは遅くはなかろう」


「その子から出ていってほしいのだけど、

 君は何者だい」


「我か、我はヤルダバオート」


「グノーシス派のいう邪神か」


「クックック、人間にとってはな。

 それで人間ごときがどうする。

 多少魔力を感じるが、

 貴様程度我をどうかできると」

 

「残念だけど、今の僕には君をどうにかするのは無理みたいだ」


「そんな、ど、どうすんすか!!

 せめてヒミコさんのえいちかっぷ、

 みてから死にたかった!!」


「まあ、落ち着きたまえタイガくん」


 そういうと、ヒミコさんか呪文を唱える。

 すると、空間に穴が空きラクリマが現れる。


「ラクリマ!!」


「ここは......

 マスター、ヒミコさま」


「なんだそのホムンクルスか......

 いや、中になにかいるな」


 ヤルダバオートがラクリマをみる。


「すまないねラクリマ。

 君の力を借りるよ......」


 そういってヒミコさんは呪文を唱える。

 

「闇のなかの漆黒、かつての契約のもと、我の呼びかけに答えよ。

 覚醒の時はきた、幾千の封印をいまとかん」


 そう唱えると、ラクリマは浮いて輝き髪が銀色に変わり輝く。

 そしてラクリマはヒミコさんを見る。


「どういうことだ......

 私を封じたのはお前であろうが......」

  

「だね。

 でも今は力を貸してもらいたいんだ。

 あの子を救ってほしい」


 そういってエクスさんを指差す。


「まあ、よかろう......

 かつての願いは叶えらなんだからな」


「何のつもりだ。

 貴様人間ごときに従うつもりか」


「訳あってな......

 その娘から出ていくがいい」


「ふざけたことを......

 人ごときに使役される下等な存在が、

 我に命じるとは消え去れ」


 閃光が瞬き、瞬間周囲が一瞬で溶解する。


「ふはははは!

 この力で人類を絶望へと追い込み、

 じわじわ苦しめて殺してくれる」


「なかなか面白そうだが......

 私には約定があるからな」

 

 周囲は溶解したが、オレたちは光の膜で守られていた。


「なんだと......」


「ずいぶん永く眠り、

 未だ目が覚めてはおらぬようだな......

 ならば、今一度眠るがよい」


 そういうとラクリマは漆黒の闇を纏う。


「ま、まさか、この闇の力は、

 デミウルゴス......

 ありえん! 

 人間ごときが呼び出すなどと!」


「お前と同じさ......

 戯れにきただけ、

 永き眠りはあきたのでな」


「まて!!......」


「もういいよ。

 私は今一度眠る......

 お前も眠りなさい......」


「ああああああああ!!!」


 そういうとエクスさんは、

 ベッドに降り立ちそのまま倒れる。


「約定は果たした......」


「ああ、ありがとう」


「お主は見つけられたのか......」 


「なんのことかな......」


「まだのようだな......」


 そういうとラクリマは静かに目を閉じ、

 ゆっくり髪が元へと戻った。

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