六章 腐乱
市街地の探索は困難を極めた。
まずは就職先ないし就職斡旋所を見つけたい…しかし、基本的に前を見て歩けないので、上下に逃げ場を求める他ないのだが、そうすると近くの女に衝突しかけたりして本末転倒が生じてしまう。
何より、視線をまともに動かせないのではどこに何があるかの確認もままならぬため、歩めど歩めど探索の意味をなさない。
で、ええいと開き直って好きに街並みを見ていると、こちらを睨む女が数分に一人は視界に収まってきて、慌てて上下に逃げ…という具合。
元議員の話では市街地にも相当数の男が居るはずなのに、地上に住んでいるからといって物陰を出られるわけではないのか路上に男の姿は無く、道も尋ねられずにいる。
思った以上に何もできなかった。
加えて…市街地は広い。
この無機物の森は私を翻弄してやまない。
特に角張った建築物が厄介だ。
いつぞやの商店のように自己主張激しくしてくれればいいのだが、大抵は会社名か店名が書いてあるだけ。
しかも私の無知も手伝って、名前だけでは何の会社か何の店かわからない建物ばかり。
そんな入っていいのかどうかも判別不可能なものが地平の先まで無数に連なっている場所を半ば目潰し状態で探さねばならないのだ。
一瞬、一言、方角を教えてくれるだけでもいい。
とにかく誰かの助けを借りなければ…。
収穫無きまま五時間ほど歩いて、太陽を直上に迎えた時。
私は『周囲から女の気配が消えたら顔を上げる』というこの五時間で習慣づいた動作をとった。
すっかり体に馴染んだ動きであり、息継ぎのように無意識の行動。
その偶然で、私の目は一生に一秒見えるかどうかの的を射抜いていた。
女。
真っ直ぐ顔を上げた瞬間、一人の女に視線が突き刺さった。
10mほど先の、小さな商店内に立っている女。
向こうも私をじっと見ている。
このままではいけない。
市街地の女は見ているだけの男を刑務所送りにできるのだという。
腕ずくでも顔を動かさなくては危険だ。
しかしこれらの思考や認識は何の影響も意味も無かった。
商店内の女を見た時から私の存在は消えていたからだ。
対を見つけた箸が単なる棒でいられなくなるように、組み合う刃を見つけた鋏が片刃の鉄でなくなってしまうように、私はまだ何でもなかった自己を喪失していた。
新しい命の脈動を感じながら、抜け殻を置きっぱなしにしていた。
「きゃー見るハラよーっ!!」
突如届いた大声が私の魂を何でもない個人に入れ直した。
「見るハラぁ!?」
「最悪!!キモ過ぎ!!」
発信源を辿る暇もなく囲まれた。
誰かが叫んだ途端、憎悪する者達が群がってくる、既視感たっぷりの光景。
…と思いきや、これまでとは様子が異なる。
集まったのは年嵩の女が五人だけだった。
通りには他にも大勢人が行き交いしているのに、私を囲んだ五人以外は殆どが
大部分の女達にとって私も囲む五人も全く無意味な存在らしい。
「お前さっき女性をじっと見てたろ!!
この痴漢!!」
五人の内の一人が詰問してきた。
ぼーっとして反応の薄かった私を難聴だと気遣ってくれたのか、目の前に居るというのに爆発的な大声である。
声色で判断するに最初に叫んだのは彼女のようだ。
私が返事しようとすると、その瞬間を待っていたかのように残りの四人も喋りだした。
「キモい!!気持ち悪い!!
どうして女性はいつもクソオスの欲望の犠牲にならなければいけないのか!!」
「謝罪しろ!!謝罪しろ!!」
「¶÷¢£®™™™℃£·√!!」
「%$#@*&®№£€‡!!」
五人全員が競って声を張り上げるのですぐに内容を聞き取れなくなった。
「あの…落ち着いて下さい。
私に用件があるのでしたら、すみませんがお一人ずつお願いします」
「自分で考えろ!!」
「この街では男が女を見ているだけで刑務所送りになる、という話を聞きました。
思い当たる節はそれしかありません」
「開き直るな!!
お前の性的な目で見られて女性が傷ついたんだぞ!!あーキモいキモい!!
まずは謝罪しろ!!」
「わかりました。では行ってまいります」
「はァん!?どこに!?」
「どこって、私が見ていた方の所ですが」
「なんでだよ!!謝るならここでだろ!!」
「えっと…私に見られたせいで傷ついた方に謝れという話ではないのですか?
もしあなた方に謝るのであれば、それは私が女を見ていた件でなく、私を見ていたあなた方が気分を害した件について謝る事になりますが。話が食い違ってしまうのでは?」
「なんなの!?
いちいち屁理屈で返してきて…!!
そういう口答えがどれほどの加害か自覚できないの!?ほんっと気持ち悪い!!
あと女性な!!女じゃなくて女性な!!
その言葉遣い一つとっても女性を粗末に扱っていいっていう差別意識が出てんだよ!!」
「そうなのですか?
性という言葉は男女含む生物全体の機能を示したもので、女がその片方を強調したものですから、どちらかと言えばはっきり区別して女と呼ぶ方が丁寧に思えますが。
…違うのですか?」
「ハーキッモイ!!キモキモキモキモキモオオォォォいいいい!!」
論理的な話が気持ち悪いとはどういう事なのだろう。
まさか論理アレルギー…?
有り得る。
実家で読んだ医学書の中で私の理解が及んだ箇所が一つだけあった。
『医学でも人間の体は計り知れていない』という事だ。
ならば論理アレルギーなる奇病が人知れず息衝いていてもおかしくはない。
実際、私の論理は多くの拒絶反応を引き起こしてきたではないか。
そうか…元議員が言っていた、人間に正義を求めるなとはこういう事だったのか。
正義の探求に論理は不可欠である。
論理アレルギーが蔓延する地で正義を語るのは猛毒を振りまくに等しい。
しかし残酷なようだが、正義に身を焼かれる者は即ち悪ではないだろうか?
仮に悪なのだとして…今はどうする?
「すみませんでした」
私は無知だ。
まずは先達の助言に従ってみるべきだろう。
何に謝っているのか自分でもわからないが、謝罪を求められたので謝ってみた。
相手に正義を求めず、相手の求めに応じた。
「では、次はあの商店内の方に謝らなくてはならないので、これにて失礼します」
「待てや!!なんだその態度は!!
そんな口先で女性の心の傷が癒えるとでも思ってるのか反吐が出る!!慰謝料払え!!」
応じたが、足りなかったようだ。
「これでいかがでしょう」
慰謝料の相場がわからないので、元議員から預かった硬貨袋に手を突っ込み、一握り取って差し出してみた。
するとそれを引ったくる勢いで受け取り一言。
「金で解決しようなんて女性を娼婦扱いしてるのか!!
あからさまな差別意識で涙に震えて怒りが止まらない!!
謝るつもりなら土下座しろ!!」
足りなかったようだ。
「すみませんでした」
膝を折り、しっかり地に額をつけて謝る。
直後、後頭部に何かが落ちてきてそのまま抑えつけられた。
見えないが、感触と気配から踏まれたのだとわかる。
「反省の意が感じられない!!
薄っぺらい言葉だけで問題を無かった事にしようとする浅ましさが透けて見える!!
もっと女性の気持ちに寄り添え!!
靴舐めろ!!」
足りなかったようだ。
求めに応じてはみたものの…これはいつ終わるのか。
言葉通りに受け取るなら、この五人の気持ちが満たされるか私が刑務所送りになるかしない限り解放されそうもない。
…………なぜ?
率直に疑問だった。
私が誰ぞを殺害し、この五人が遺族だというならこの扱いにも納得する。
しかし男が女を見ていたというだけで、それも裁判官でも被害者本人でも縁者でもない野次馬に
あるのなら是非知りたい。
好奇心に衝き動かされた私は、後頭部から地面に降りてきた靴には目もくれず立ち上がり、問うた。
「あの…一つ確認しておきたいのですが、あなた方も商店内の方も気分を害されただけですよね?」
「だからどうした!?重罪だぞ!!」
「教えて頂きたいのです。
なぜあなた方の気分が法として通用するのでしょう?
世界を構成している元素はあなた方の気分なのでしょうか?違うはずです。
あなた方の内にしか存在しないあなた方の気分は、現実世界の法たりえないはずです。
気分は法に酌量される事はあっても法そのものにはなりえないはずです。
また、あなた方自身も気分だけで成立する存在ではないでしょう。
物質の肉があり、言葉の意味があり、因果の責任があるでしょう。
これらを無視し、気分だけで判断するのはあなた方にとっても自己否定に他ならないのではないでしょうか?
私の視線による本当の被害者を無視し、あなた方の気分を
誰しも現実に生きているのですから」
「意味不明なんだわ!!
苦し紛れの負け惜しみ言ってんじゃねーよっ!!」
拳が飛んできた。
またしても既視感ある眺め。
以前掌で受けたのを反撃と解釈された経験から、今回は抵抗せず腹筋で受けた。
「痛った…っ!!お前いま触ったろ!!
セクハラ!!謝れ!!」
頭がおかしくなりそうだった。
なぜ黙って殴られた私が自主的に触った側になるのだ?
絶句したくなるのを堪え、なんとか言葉を紡いだ。
「私は立っていただけですが…」
「うるさい!!
避けずに腹で触った加害者が言い訳するな見苦しい!!
いいから謝れってんだクズが!!」
「殴られた私の被害はどうなるのですか?」
「弱者から強者への攻撃が加害になるわけねーだろバーカ!!
優先されるべきは常に弱者である女性なんだよ!!女性差別するな!!」
「そんなバカな。
子供が親を殴ったとしてもそれは許されざる暴力でしょう。
加えて、常に優先される権利で保護された存在はもはや弱者と呼べないでしょう」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!加害してるのは!!!!!
常に!!!!!クソオス!!!!!
クソオスの理屈で女性の口をつぐむな!!」
男の理屈は問答無用で無効化されてしまうらしい。
つまり男は女と争う際に正当性の主張を一切認められないわけか。
そして女は男と争う際、事実も論理も無視して気分のみを根拠に常時一方的な責めを展開できて当然だと…。
どうやらこの五人組にとって男とは人形遊びの悪役に過ぎないようである。
無条件にして絶対の敗北を約束された慰み物。
私の倍は生きているだろうに、どうして人間をそんな風に年甲斐無く扱える?
普通の人間は荷物なぞ背負いたがらないとは聞いていたが、五人組はあまりにも貧しく、身軽過ぎた。
話の筋道を通す、という他人と交流していく上で最低限必要な理さえ捨てた、裸で野を駆けるが如き自由だった。
もはや五人組が悪である事は紛れもなき事実…少なくとも私は彼女達を形容する言葉を他に持っていない。
いずれにせよ、このままではもう黙っていても先程の一連と同じく余罪が増えていくばかりで何の解決にもならないだろう。
慰み物の立場からは、望み薄でも彼女らの良心に訴えかけていく以外無い。
正義に届かぬまでも、悪に安住しないで欲しいと呼びかけていくしかない。
「失礼ながら、理路を整然とする事で誰かが反論を封じられるなら、整理に耐えられない側に問題があるはずです。
整理とは本来攻撃ではありえないからです。文字通り何が正しく何が誤りかの理を整える確認の一種に過ぎません。
正誤を確認した結果言葉を失う者がいるなら、それはその者が誤った主張をしていたからです。
あなた方の主張が誤りでないのなら、謝罪の相手が違うと指摘された時も、気分が法となる理由を問われた時も、自己否定の疑いをかけられた時も、弱者たりえないと非難された時も、気分でなく理屈で返せたはずです。
拳でなく言葉で説明できたはずです。
一度でいい、どうか自分に問題が無かったかを確かめ痛っ!」
話し終える前に
「差別すんなっつったろが黙れキモオスゴミオスクソオス!!」
「下品な孕ませ機のくせに生意気言いやがって金玉潰すぞ!!」
「差別主義者は死ね!!」
「~’’[)$+£€”¡‘‡¶÷«±π※/!!」
「¥¿<◑✫⑤↻θ⊂∑$%!!」
再び罵詈雑言の五人同時攻撃。
自立を志す身としてはこの難局も一人で突破したい…が、私は人形同然に無力であった。
いや、私に限らず、この街だと男はなんでも無しなんだったか。
私の力量のせいではない…そこだけが唯一の救いだ。
元議員の忠告を守れなかった私の落ち度には違いないのだけども。
そう、今まさに隣へ並ぼうとしている彼女に惹きつけられた時から…。
ん?
「そ〜れ〜ま〜で〜」
とろみのある制止が
と同時、空気が張り詰めたのがわかる。
楽しく
森育ちの目は五人組の緊張が絶対的強者への怒憎と畏怖であることを即座に見抜いた。
「遅くなってごめんなさいねぇ〜」
その証拠に、新たに出現した女…私が見つめてしまった商店の女は、緊張と対極の緩やかな空気を
耳から蜂蜜を流し込まれたのかと錯覚を起こすほど甘く柔和な声。
天性の表情筋が生む神族の微笑み。
どちらも弱者ではありえない余裕のなせる態度だった。
「さあぁ、行きましょおかぁ〜」
「えっ、あの…」
商店女がいきなり手を引いてきた。
現れたのがいきなりなら行動もいきなりだ。
どこへ行こうと言うのか…あ、そうか。
「できるだけ好待遇の所を希望します」
「なんの話ぃ〜?」
「刑務所の話です」
「刑務所が好きなのぉ?」
「どちらかと言えば、終の住み家にはしたくありません。
…あの、お話が見えないのですが…私を刑務所へ連行しにきたのではないのですか?」
「うぅ〜ん?どうしてそう思ったのぉ〜?」
「ここでは男が女を見つめるのは罪になると聞いています。
先刻私はあなたに見惚れてしまいました。
あなたはそれを断罪しに来られたのでは?」
「うふふっ、違うわよぉ。
あ、やっぱりぃ、違わないかなぁ」
「どういう意味ですか?」
「きっとわたしの所に来てくれると思って待ってたのにぃ、ぜ〜んぜん来てくれなかったからぁ、その罰をねぇ?
今からぁ、わたしのお家でぇ、じ〜っくり、た〜っぷり、ね〜っとり、ぐ〜っちょりとねぇ?味わってもらおうかなぁ〜と思って呼びに来たのよぉ〜」
ちょこん、ちょこんと小さく、一歩ずつ、しかし捕食者の断固たる気迫でもって迫りながら語りかけてくる。
勿論手は固く握られたまま。
私を繋ぎ止めておこうとするその意志は、いつぞやの鉄輪などよりよほど勤勉だ。
しかも歩みを止めてくれない。
こちらが固まっていた事もあり、数歩で密着に等しい距離に立たれた。
「もしかしてぇ〜…イヤ?」
「好きです」
吐息で顎を撫でられ、反射的に本音が飛び出てしまう。
商店女は声も表情も手の感触も体臭も吐息も全てが甘く、私はあっという間に五感を蜂蜜漬けにされていた。
「良かったぁ〜。じゃあぁ、ゴーぉ」
「はい」
「待てや!!」
五人組に呼び止められる。
もう前世の出来事のような遠い記憶になっていたが、そういえば私は彼女らに責められていたのだった。
「そいつは見るハラの加害者だぞ!!」
「わたしは見られて嬉しかったわよぉ〜」
さっきまであれほど私を悩ませていた問題が一撃で解決した。
五人組の『性的な目で見られて女性が傷ついた』という初っ端の言い分が根底から覆ったのだ。
被害が生じてないが故に私は加害者ではありえなかった。
「はあ?クソオスに見られて喜ぶとかキッショ。ビッチじゃん。
恥ずかしげもなく股からヨダレ垂らして生きてられるなんて、脳味噌が股間に付いてるんだね可哀想に」
五人組の一人が返す。
『いまお前が連れていこうとしてる男は加害者だから待て』という自分達から始めた主題と全く関係ない単なる罵倒だ。
女同士でもこの調子なのか…。
「あらぁ〜、他人から求めてもらえるって幸せな事よぉ?
誰からも必要とされた経験の無い人にはわからないかもだけどぉ。
あとぉ、女の子のお股は男の子を受け入れるための所なんだしぃ、男の子選びはお股が適任よぉ」
「女性蔑視だ!!女性はクソオスの性欲処理の道具じゃない!!」
「あらあらまあまあ〜、更年期になって女の子の事忘れちゃったのかなぁ?
蔑視じゃなくて事実確認よぉ。
あのねぇ、女の子の仕事はぁ、子供を産む事なのぉ。
だって男の子には産めないからぁ。
性欲処理のためじゃなくてぇ、絶対に女の子がやらなきゃいけない必ず要る仕事でぇ、必要な仕事のために男の子が絶対必要だから男の子を受け入れるのぉ。
仮にぃ、男の子の性欲が消えてなくなったとしても女の子は男の子にトントンぴゅっぴゅしてもらわなきゃ仕事できなくなっちゃうんだからぁ、むしろ性欲には手伝ってくれてありがとぉって感謝しなきゃいけないくらいなのよぉ〜」
「クソオスに何を期待してるんだ…?
猿どもがそんな仕事のつもりで勃起してるわけないだろ。妄想乙。
あと結局お前が性的消費されて喜ぶクソビッチな事に変わりはないからな?」
「むこうにそんなつもりがなくてもこっちには必要な事なんていくらでもあるわよぉ。
太陽とかぁ、空気とかぁ、栄養とかぁ、男の子とかかなぁ〜。
でぇ、もう一度言うけどぉ、エッチぃ〜するのは必要不可欠なお仕事なのぉ。
わたしはわたしのお仕事のお手伝いしてくれる人が現れた事を喜んでるのぉ。
エッチがビッチだとしたらぁ、ビッチは立派な働き者なのぉ。
まぁ〜エッチの事を性欲処理だと思ってる遊び人さんにお仕事の大切さはわからないんだろうけどぉ、みんながいっせーのでサボるようになったからってサボるのが正解とはならない事くらい
「出産育児が女性の仕事だなんて時代錯誤もいいとこだぞ。
立派な働き者は社会に出て社会貢献してる女性だから。これは絶対に事実。
お前みたいなのがスピーカーになってクソオスの家父長願望垂れ流すのマジ害悪なんで消えてくれマジで」
「算数って教わらなかったかなぁ〜?
女の一人が社会人になって働くのとぉ、女の一人が社会人になる子供を三人産むのとどっちがより大きい社会貢献かなぁ〜?
女の一人は死ねばそれまででぇ〜子供達はまた子供作ってどんどん増えていくんだけどぉ〜、どっちが大きくて必要なのか理解できない幼卒さんは黙ってた方が社会のためになるわよぉ〜?
本気で社会貢献する気があってぇ〜算数を知ってたらぁ〜考えるまでもなく子供作るよねぇ〜。
んで算数に基づいて子育てを求める男はぁ〜家父長制のためじゃなくて社会のために動くまともな神経の持ち主だって自ずと察せるよねぇ〜。
寧ろ『立派な働き者は社会に出て社会貢献してる側』っていう価値観こそ女の仕事を軽んじたいクソ男の女性蔑視願望なんでぇ〜、害悪だから消えてほしいなぁ〜」
商店女もすかさず返していく。
一歩も退いていない…なんて頼もしいんだ。
おっとりした口調で辛辣厳格な言葉を叩きつけていくさまは無慈悲な女神の具現だった。
「そもそもぉ〜、応じるかどうかは別にしてよぉ?
他人に求められて喜ぶ事とかぁ〜他人の欲求を叶えて喜ぶ事とかが気持ち悪いってぇ〜、それもう悪魔の倫理観よねぇ〜。
どうしてそんなのを人間社会に持ってきちゃうのかなぁ〜」
「クソオスを人間扱いしてたら男女平等は実現できないからね、仕方ないね」
「あらぁ〜どクズぅ〜」
「チッ…!!…あっ、ふーん化粧してないんだー、クソオスにおだてられてスッピンでいけるとか勘違いしちゃったのかな?
その黒いローブも芋過ぎだし、やっぱり非モテの墓場だねクソオス姫は」
脱線に次ぐ脱線でわけがわからなくなってきた。
いや、非論理的でわけがわからなかったのは今に始まったことではないか…。
「ね〜えぇお兄さん、わたしの顔ぉ、ど〜おぉ?」
「お綺麗です」
わかる範囲の質問がきたので答えた。
「なんと表現したものか…娘のようであり、妹のようであり、姉のようであり、母のようでもある。
愛くるしさと知性が同居した、たいへん魅力的なお顔だと思います」
「わたしの顔ぉ、好きぃ?」
「好きです」
「むふふぅ〜」
満足げな微笑み。
それは嬉しいのだが、話の流れだけでも混乱しているところを蜂蜜漬けにされると余計にわけがわからなくなってくる。
「ルッキズム!!外見で女性を判断するなんて最低!!女性は外見が全てじゃない!!」
追い打ちまでかかってきた。
「も〜しも〜し、語るに落ちてますよぉ。
お兄さん、わたしの思想とかぁ、人格とかぁ、能力とかぁ、経歴とかぁ〜はぁど〜思うぅ?」
「わかりません。
思想や人格に関してはこれまでのお言葉から好感は抱けますが、能力や経歴は全く存じ上げませんので…。
総合すると、わかりません」
「聞こえたかなぁ?
お兄さんはぁ、外見を判断したのであってぇ、全てを判断したわけではないのぉ。
外見の判断=全ての判断だと思ってる最低なのはあなただって事ぉ。
たぶん〜外見以外何の価値も無い人生送ってきて勘違いしちゃったんだと思うけどぉ〜、だいたいの人は外見含む全部を見てるし全部で頑張ってるから安心してねぇ〜」
「お前は性格もブスだけどなw」
「あらぁ〜、じゃあ改めてぇ、お兄さんわたしの性格どお?現時点でぇ」
「容赦の無さはこちらの五名と互角かと。
しかし合理を良しとする誠実さが会話の内容から
「好きぃ?」
「好きになれそうなので、お近づきになりたいと思います」
「むふふぅ〜。
こんな感じでぇ、わたしモテてるしぃ〜、非モテの墓場はおばさん達のほうじゃないかなぁ〜?
だって生物的に女としての死は男に嫌われる事だもんねぇ〜。
その墓ぁ、生きる気力の無い腑抜けとかぁ〜既に死んでるおばさん達にとっては自殺して入ったって事にしたいくらい居心地良いみたいだけどぉ〜ちゃんと生きてる子を引きずり込もうとするのはやめよぉねぇ〜迷惑だからぁ〜」
「はいはいよく考えまちたねー、えらいでちゅねー。
悪いけど、名誉クソオスに何言われても響かんのだわ。
男尊女卑社会が生んだ悲しきモンスターの言葉は人間に通じんのだわ。
一刻も早くアップデートすることを勧める。あなた搾取されてますよ?」
誰か教えてくれ…今は何の時間なんだ?
見るハラとやらの加害うんぬんの話はどこへ飛んでいった?
なぜ悪口発表会が始まった?
しかもその悪口まで次々と論点が替わっていくのはどういう事だ?
わからない…全く。
あと、男に土下座を命じ、伏せた男の頭を踏み、常に女を優先し男の理屈を封じていた者が社会を男尊女卑と認識できる理由も謎だ。
「名誉クソオスぅ?
それってぇ〜男の仲間って事ぉ?
ありがとぉ〜嬉しいなぁ〜。
だってあなた達が女の基準値だとしたら女なのに男の仲間入りできるってとぉっても誉れ高い大躍進だもの〜。
あぁ〜嬉しいなぁ嬉しいなぁ。
褒めてくれたお礼に一つ教えてあげるねぇ。生きた人間はぁ、お互いに与え合うものなのぉ。
自分以外の生き物を生肉としか認識できないゾンビさんにはわたしが食べられてる生肉にしか見えないかもだけどぉ〜実際にはわたしからあげてるしぃ、お返しも頂くのよぉ〜。ほらぁ〜わたしってぇ〜あなた達と違って人に与えられるものをちゃあんと持ってるからぁ〜うふふぅ〜」
「はァん!?」
商店女のカウンターが決まるたび五人組の怒憎が膨らんでいく。
この読み取りは見たままなので簡単だった。
「調子こくなブス!!」
五人組の一人が商店女に掴みかかる。
まさか女相手に手は出すまいと高をくくっていた私は完全に出遅れ棒立ちだった。
が、それで良かったのかもしれない。
「ほりゃあ」
「ぐげぇっ!!」
商店女は私の脳に後悔の電流が走るより疾く動き、掴みにきた手首を逆に掴むと、相手を空中で一気に270度回転させた。
「はりゃあ」
「うぼ!!」
そして背中から地に叩きつけた直後、初めからそうすると決め込んでいたのであろう淀みない動きで脇腹を蹴り上げた。
「うりゃあ」
「あぎゃあああああ!!」
最後は掴んだままだった手首を
動き出してからここまで2秒半。
この技量の前では男の義務感も障害にしかならなさそうだ。
「もっとしてほし〜いぃ?」
婉曲な勝利宣言でおっとり駄目押しすると、五人組が居ても立っても居られない様子で背を向ける。
「女性を傷つけやがって!!死ね!!」
「見る目の養われてない名誉クソオスほんと可哀想!!
言っとくけどそんな奴全然イケメンじゃないからな!!背高くてムキムキでオスの加虐性剥き出しで、そのくせ女性みたいな目鼻立ちでキモいからな!!」
「争いは同じレベルの者同士でしか発生しない!!反省しろブスゴリラ!!」
「✞✥☆↔⊕∃∏ⅨⅯⅾ]”№!!」
「@'®§©№µ¤↬⇙Ω∷⑶◥!!」
遠ざかりながら五重奏。
相変わらず何を言ってるのか聞き取りにくい上に聞き取れた範囲の意味もわからないが、とりあえず去ってくれるようだ。
見るハラの件で食い下がってこないのか?
という事はもしかすると、あの論点ルーレットは論破された事を暗に認めての誤魔化しだったのかもしれない。
あの五人なら当然の権利としてやりそうである。
「争いは同じレベルの者同士でしか発生しない、だってぇ。
シンナー中毒のチンピラに襲われて殴り返したら中毒患者になっちゃうんだぁ。
へんなのぉ」
商店女のみ残った。
ちょこちょこと隣に戻ってきて、上目遣いで私の対応を半秒確かめてから手を握ってくる。
蜂蜜に沈みながら揺られていた私は握手の刺激で辛うじて浮上した。
「ありがとうございます。助かりました」
「ど〜いたしましてぇ」
「重ねて頼る
実は道に迷っていまして、職業斡旋所の類いをご存じでしたら場所を教えて頂けませんか?」
「仕事、欲し〜のぉ?」
「はい。あと、安さが売りの宿か借家があればそれも知りたいです」
「んふふ…んふふふふぅ…」
堪えきれぬという感じで笑う。
繋がれた手はもともと溶接されたように熱かったが、さらに熱く、強く溶け合わされていく。
不思議だ。
まだ互いの名前も知らないのに、こうして彼女と連結されて初めて自分本来の姿を取り戻せた気がする。
「とりあえずぅ…うち来るぅ?」
「はい」
拒む理由は無い。
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