第4話 私とあなたの違い
『リネアは上手だけど、バイスリーダーほど? まだラグビー歴一年でしょ?』
シャワーを浴びて、食堂へと向かう途中で前を歩く先輩たちの集団からそんな声が聞こえてきた。百六十三センチのシンから見て、全員、百六十五センチは超えている女の子。その身長と体格を見て、すぐにラグビーをやっている人だとシンは気が付いた。
『身体がまだ出来ていないし、怪我もしたから、次の試合は無理よね』
『ホント、良い子なんだけど、私からした調子に乗っている嫌な子よ』
『どうして?』
『なんでも持ってるから。ラグビーに必要な体格以外は全部持ってる。嫌いにもなるわ』
『そんな風に思わなくても』
『嫌よ。バイスリーダーの方が体格も良ければ、信頼度も違うわ』
そんな風に言った人に何人かが賛同している。
シンはいてはいけないような気がして、彼女たちを追い越して食堂へと向かい、パンとヨーグルト、牛乳を学生証で購入して、外へと出た。
朝は適当に集まった友達と食べるのだけれど、今日はそんな気分になれずに手頃なベンチを探して、歩き始める。
すると、見慣れたストロベリーブロンドヘアの少女が細道へと入っていくのが見えた。
歩いて行った方角に建物はあっただろうか。
興味本位でシンは後を追うことにした。
木々が生茂る細道を進み、草木を退かしながら歩いていくと前方が開ける。
綺麗な花畑が視界一杯に広がった。花の良い芳香が鼻腔を擽り、湿気の少ない爽やかな風を感じる。そんな花畑の中央にあるガゼボに少女は居て、こちらに気が付いたようだ。
「また会ったね。私だけの秘密の場所だったのに」
「……ごめん」
「はは、怒ってないよ。今日、一限あるの?」
「いや」
「なら、少しゆっくりしていったら?」
リネアが奥へと詰めて、シンに座るように促してくる。どうしたもんかと思案するも別段断る理由もなく、シンはゆっくりと椅子に腰を落ち着かせた。
「……朝ご飯、それだけ?」
「っえ? まぁ」
リネアは牛乳とヨーグルトを見てからパンの包装を手に取って、ジロリとシンを睨む。
「牛乳とヨーグルト、パン合わせて三ポンドくらい……お金ないの?」
剣呑を宿した瞳がシンを射抜き、ゴクリと唾を飲み込む。「いや」と言うとリネアは目をさらに細めて、胡乱な視線を飛ばしてきた。
「ビーガン……ラクト・ベジタリアンなの?」
シンが買ったパンが野菜を挟んだ厚焼き卵とトマトのサンドイッチだったからだろう。リネアは乳製品と植物性食品を食べられるベジタリアンなのかどうかを質問してきた。
シンは無言で首を左右に振って、リネアは呆れたように溜息をつく。
「食べないと大きくなれないよ」
「朝はそんなに。君は……朝からよく食べるね」
サンドイッチにサラダ、果物、スープと朝食にしては多いラインナップである。何より、サンドイッチがシンよりも二倍くらいの量があるのだ。相当食べる方なのだろうか。
「食べないと大きくなれないから。身体で負けないためにも食べないと」
「……四学年の先輩に何か言われた?」
シンはつい先程の話を思い出して、一口、サンドイッチを食べながら聞く。
リネアはフォークを止めて、視線をシンに向けた。シンが何を考えているのか見透かすように、リネアは毅然と首を左右に振る。
「関係ないよ。自分に足りない部分を補いたいだけ」
「……先輩に何か言われていても?」
シンは素っ気なく言葉を紡ぐ。
今度は手を止めることなく、リネアはサラダを飲み込んでから口を開いた。
「それこそ関係ないよ。人が多く集まれば全員とは理解し合えないんだから。でも、」
「でも?」
「――相手を理解して、納得してもらう為に、自分が必要な人だと周りに証明しないといけない。正面から向き合わないといけない時もあると思うよ」
その声音は、どこまでも慈愛に満ちていて。
その声には思いが詰まっていて。
「そうは思わない?」
リネア自身の話をしているのに、誰か別の人に向けて発している言葉にも感じて。
シンは背中に嫌な汗が流れるのを感じていた。
「証明もできなくて。……納得もしてもらえないかもしれない」
シンはサンドイッチを握る手に自然と力が入る。
そんな心情すら見透かすように、リネアはシンの双眸を真っ直ぐ覗き込んだ。
「ふーん。……そう言う考えもあるかもね」
リネアは可愛らしく小首を傾げて、
「いいよ。それでいいなら」
口元を綻ばせる。
何かを含む笑みではなく、不気味なほど完璧な笑顔がシンに向けられる。
どうして愛想も良くて、素敵な笑顔なのに、シンが恐怖を覚えているのか。
ついぞ分からないまま、時間は過ぎ去って行った。
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