逆転の一撃
ディクタトールが街を往く。
道の両脇では人々が彼を讃え、熱狂する。
まるで彼が英雄であるかのように。
それもまた、ディクタトールの侵略の一環だ。
圧政を強いた独裁者を討ち、民衆はその高揚感で狂ったままに新しい王を頂く。その熱狂状態を、ディクタトールは民衆に固定したのである。
そしてそんな人々の認識を、天変の楔によって世界規模に広めようとしている。地球人の心に深く刻みつけるのだ。ディクタトールだけが、彼らの主なのだと。
彼を讃える民衆はもはやその虜。目の前にいる存在が人外の怪物であるなどという認識はまるでない。
ディクタトールは悠々と飛翔しながら、内心で成功をほくそ笑んでいた。
侵略を阻む守護者の妨害に一時は死にかけた彼だが、最終的にはこうして生き残った。
倶利伽羅星来は言うに及ばず、真阿連悠もあの傷では再起は難しいだろうと彼は考えている。
あと数分、こうして移動を続けていれば天変の楔へたどり着く。そこに触れ、兵器を起動させれば最後。ディクタトールの領域は地球と融合し、この宇宙の一部となる。
そうなってしまえば、抑止力は働かない。地球の一部となったディクタトールの世界を、守護者が攻撃する事はできなくなるのだ。
彼にはもう、恐れるものなどなくなる。彼の最大の敵であった守護者が、今度は彼を守る存在に変わるのだ。
すでに勝った気でいる彼は今、自分が襲われるとは思いもしない。その油断が、奇襲を許してしまう。
「ぐっ―――?」
ズンッと衝撃が走り、ディクタトールを何かが貫いた。飛び続ける事が出来ずに、ディクタトールは墜落する。
英雄の墜落に、観衆から悲鳴が上がった。
背後から自分を貫くそれを引き抜いて、ディクタトールは不可解に思う。
「鉄パイプだと?」
それほど直径の太くない、細身の鉄パイプ。その辺の工事現場からくすねてきた様な代物だが、問題はどこから飛んできたかだ。
刺された位置から考えて、ディクタトールよりも上空から飛んできたのは間違いない。群衆の中から誰かが投げたものではないのだ。
しかしディクタトールが上空を見上げても、そこには何もない。
唐突に、かん高い金属音が周囲に鳴り響いた。民衆のすぐ目の前で、鉄パイプが上空から飛来してアスファルトに突き刺さったのだ。
一本の鉄パイプを、民衆は不思議そうに見つめていた。
次の瞬間、複数の鉄パイプが雨の様に飛来する。それらは誰もいない道路に墜落していくが、民衆は自分たちが襲撃されていると感じ、あわてて逃げ出した。
誰もが己の命を守るために退避していく。もはやディクタトールを気に掛ける者など一人もいない。
すぐにその一帯から人の姿は消えた。
しかし独り残されたディクタトールに、嘲笑めいた言葉を掛ける者が一人。
「無様だな。どんなに形だけ取り繕ったって、みんな本当はお前がまがい物だって知ってるんだ」
ディクタトールは声の主を睨む。顔を上げた視線の先に、鉄パイプを持った悠がいた。
傷を塞ぎ、ディクタトールは立ち上がる。未だ自分は勝者だと信じ、あがく無様な挑戦者に対し、悠然と振舞う。
「君か。まったくしぶとい男だよ。せっかく繋いだ命を、わざわざ捨てに来たのか?」
「よく言うよ。止めを刺せずに取り逃がしたんだろう」
悠の挑発に乗りそうになって、ディクタトールは自分を制する。
「お前が逃げるだけしかできなかったのだろう? 私はここで再戦を受けても一向にかまわない。王者はいかなる挑戦をも受けよう。お前の敗北を見せつけ、民衆に己が主の強さを知らしめるだけだ」
「遅れてるなぁ……」
悠はディクタトールを嘲笑った。
「為政者の価値基準を暴力的な強さとする考え方を、俺たち人類は前時代的なものとして否定し始めている。すでに時代遅れの君は、この地球にはふさわしくない」
「くだらない」
ディクタトールは一蹴する。
「ならお前は何だ? この星を守護するために戦い、時に殺すだろう。それは暴力ではないのか?」
「それこそ頭の悪い問答だ。黙って滅ぼされるのを容認する生き物なんかいるか。それは侵略者であるお前が一番知っているだろう。人類に抵抗させないように、こんな小細工じみた領域をわざわざ用意したんだからな。白金麗子のためにこんな世界を作り上げて、お前は結局何がしたかったんだ?」
悠にとって一番理解できないところはそこだ。ディクタトールが白金麗子のための世界を用意する事に、いったいどんな意味があったのか。最終的に自身の支配圏とするのならば、最初からそういう世界を作ればいいだけのことだ。
ディクタトールは嘲笑う様に、くつくつと喉を鳴らした。
「ああ、あれかね。実に面白い見世物だっただろう。君も知っての通り、レイコは実に愚かな為政者だった。独善的な世界を構築する事で、民が良くなると本気で信じていたよ。自分の考えはすべて正しいとね。彼女は独裁者になるしかなかったのだよ。そのためには、この国のシステムは噛み合わない。なんせ、彼女が治めていたのは国ではなく都市だ。それも議会の有象無象の一人ときた。そんな程度で納まっている器だったのがまた滑稽だ」
ディクタトールは悠々と、まるで演説するように語る。
「だから彼女に国を用意してあげたのさ。彼女が自ら自爆し、失墜するための装置をね。あんな支配圏が啓蒙も無しにいつまでも武力だけで維持できるはずがないだろうに。愚かな奴さ。それとも歴史が浅いのか? 人類が一万年も生きているというのは、あれは嘘だったのか?」
「彼女の主義主張に対してはどうでもいい。それは俺の領分じゃないからな。俺が気にするのはお前の行動だけだ。ただ彼女が失敗する様を見たいがためだけに、こんな大掛かりな事をしたと? それこそばかげている」
「フフッ、まあ、それは認めるとも。ばかげている。だが良いものだ。異民族の王が失墜する様は何度見てもいい。そして、指導者のいなくなった国を私がいただく。侵略は最高の娯楽だ」
「娯楽? ただ楽しみのために、人類を欲するのか」
「私はそういう性質なのだ。そのために全宇宙さえ支配した。飽いたから、ここに来たまでの事よ。理解はいらん。異なる生物故な。だが、支配するに値するかどうかは重視しているとも。人類にはその価値があると判断した。当初は適当に選んだだけだったが、白金麗子は実によいサンプルだったよ。この箱庭には、人類の特性を見定める機会が多くあったからな」
ディクタトールは楽し気に、自身の成果を話す。
「結局のところ、彼女は表面的な情報すら見ようとはしなかった。今の時代の子供は堕落していて、そうさせたのは自分には理解のできないモノのせいだと信じ込んだ。それらを嫌悪し、唾棄した。自ら作り出した被害妄想にとらわれ、“こうだ”と信じたものを疑わず、勝手に作り上げた実態の無い空想の情報に踊らされた。
だが、彼女を特別愚かとは呼べまい。多くの人類が同じ症状に囚われている。人類は深層を見る能力こそないが、それを推察することのできる非常に知性の高い生命体だ。妄想と現実を比較検証し、真実を探索するに足る能力と知性を有している。
だが君たちは怠けて物の表層ばかりを見る事に従事してしまう。これはもはや人類の欠陥の一つと言って差し支えないのではないかな。
君たち人間は獲得した知性をまるで生かせていない。拡張性の無い思考は被害妄想を生み、閉鎖的な思想は互いを傷つけあう。しかも無自覚に。罪深くも誰もが自らを正しい存在だと信じて疑わない。この偽善は脅威だよ。
多様性の名の下に統率できない思想が蔓延し、暴走を繰り返している。力はあるが使いこなせない。こんな生き物が、我々と肩を並べて多元宇宙体にいる事など許されない。人類が我々の次元にシフトした際には、必ず脅威となるだろう。絶やすべき存在だ。それを私が今から導いて活かしてやろうというのだ」
悠は静かにかぶりを振る。ディクタトールの言葉には、もううんざりだとばかりに。
「否定できるか?」
「その程度で人類を知った気になっているのなら、狭量なのはあんたも大して変わらないさ。人類はその欠点を自分で否定できる。あんた自身が言ったように、人は他者の心を察する事ができる生き物だ。それは痛みに共感する心だ。人を傷つけるものじゃない。人間はあんたが言うほど愚かじゃない」
ディクタトールの背後、ビルの陰で、光がちらりと反射した。それは反撃の合図。悠は話を終わらせるために、持っていた鉄パイプを突き付けた。
「まあ、何を聞いたところで、あんたに人類を渡すつもりは最初から無いんだがな」
「いいや。すでに私の物だ。レイコに取って代わった私の事を、人民はすでに支配者として認識した。この刷り込みがある以上、この領域内の概念は覆らない」
「ならあんたを倒すまでだ。領域を破壊する」
ディクタトールが捧腹した。
「ハハハハハッ! 倒すだと? 無能な今のお前に何ができる。すでに勝敗は決したんだよ! そんなに死にたければ殺してやる。私の国に、お前は必要ない!」
ディクタトールがビームを放つ。互いが向かい合っているために、ビームの軌道は直線的。常人並みの身体能力しかない悠にも、十分に避けられる。
悠はディクタトールへ迫り、鉄パイプを振る動作に入った。
ディクタトールは悠の攻撃を受け止めるために、対応した動きをとる。
触れさえすれば、ディクタトールにはあらゆる物体が破壊できる。パイプを受け止めて破壊し、次いで悠の頭を砕く。それで勝利のはずだった。
振り下ろされたパイプをディクタトールが掴もうとした刹那、彼の身体は突然何かの力によって後方へと引き戻された。
「なにっ!」
「おらぁああああああああっ!」
不意打ちによって無防備になったディクタトールへ、悠は前へ進み続けながらパイプを振り下ろした。
三連打食らったところで、ディクタトールはようやく持ち直す。
その気配を察知して、悠は止まって後ろへ飛び退いた。
なおも後方へ引きずられていくディクタトールは、悠に反撃する間もなく距離を開く。
いつの間にか、ディクタトールの身体にはツルが絡まっていた。彼を後方へと引っ張っているのは、このツルだ。
「なんだこれはっ!」
いつのまに? と、ディクタトールは衝撃を隠せない。こんなものが身体に巻き付いていたにも関わらず、今の今まで気がつかなかったのだ。
ディクタトールの背中に衝撃が走る。何かにぶつかって、動きが止まった。しかしツルはなおもディクタトールを引こうとして、強く彼の身体を固定する。
辛うじて振り返ると、ディクタトールの背後に歪な形の巨大な植物があった。
「これはいったい? まさか、他の奴が協力しているのか?」
先に悠の逃亡を助けた者がいる時点で、ディクタトールは別の異次元人の存在については予想していた。しかしそれでも信じられない。異次元人が守護者に協力するという発想が、ディクタトールには無いのだ。
根っからの侵略者である彼にとって、守護者には敵という認識しかなく、異次元人はみな自分と似たような理由で地球を訪れているのだろうという確信がある。
巨大植物から更にツルが伸びてきて、ディクタトールの身体を何重にも拘束し始めた。その力はディクタトールの抗う力をはるかに凌駕している。
「ぐっ……動けんっ!」
たまらずビームを一斉射した。四本の熱線が巨大植物を焼き切るが、すぐさま別の根がそれを補って増幅する。熱によって燻ぶった火も、すぐに呑み込まれて消火されてしまった。
巨大植物は、いくつもの根が束になって塊となった存在だった。その異様に膨張した体積を燃やし尽くすには、熱線の熱量が足りない。
いつの間にこんなものを? ディクタトールの思考が疑問符で埋め尽くされる。降り注いだ鉄パイプの存在が、彼の脳裏によぎった。
あの中に種が仕込まれていたとして、その成長を悟られないように悠がディクタトールの前に現れたとしたら納得がいく。
「貴様っ! 時間稼ぎか!」
先ほどの会話はすべてこれを用意するための引き延ばしだったのだと気づき、ディクタトールは激怒した。
これほど単純な策にはまってしまった事に、彼はひどく自尊心を傷つけられる。
「これでもう動けないな!」
「なめるなぁ!」
鉄パイプを構え、再びディクタトールへと接近する悠。
それをディクタトールはビームで迎撃しようとした。
瞬間彼の死角から、巨大な影が大口を開けて飛び出した。この襲撃のチャンスを狙っていたカロンだった。
目の前に迫るカロンに、ディクタトールは対応できない。体は縛られ、ビームの軌道は悠へ向けたばかり。カロンへとその照準を切り替えるには、時間が足りない。
「くそがぁぁあああっ!」
―――バクンッ!
カロンがディクタトールの頭を食いちぎった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます