異変

 月曜日の早朝。朝食を食べ終えてまったりとしていた悠に、クリカは突然真面目な顔で告げた。


「真阿連くん、大事な話があるんだ」


 悠はすぐに姿勢を正し、聞く体勢をとる。クリカがこうして断ってから話を始めるのは初めての事だ。


「私ね、昨日あのアムリって人から話を聞いたんだ。今の私は、存在の次元? そういうのが何か狂ってるらしくて、人間には感知されないんだって。だけど、異次元人にはそれが普通にできるみたいで。要するに、今の私を見る事ができるのは、異次元人だけなんだって」


 言葉を絞り出すように、クリカは戸惑いながら話していた。彼女の意図を理解して、悠はさらに気を引き締める。


「つまりクリカさんは、僕が異次元人だと思ってるんだね」


 クリカが言えなかった最後の一言を、悠自身が放つ。

 悠にはとうの昔にその疑念があった。記憶がない自分は何者なのか。その疑問は最初からあったから。

 黒犬の存在を知った時。クリカが守護者として侵略者を探していると知った時。常に悠の頭の中には最悪のケースも想定されていた。

 自分自身が覚えていないだけで、自分こそが元凶なのではないかと。


「ごめん。気分悪いよね。分かってる。異次元人の言葉を、すべて鵜呑みにしたわけじゃないよ。けど―――」


 謝るクリカを、悠は遮る。


「良いんだ。その疑念は僕自身あった。君の正体を聞いたあの夜からずっと」


 クリカは悠の言葉に頷く。


「うん。だから、ごめん。少し騙してた。私、真阿連くんと出会った時からずっと、疑ってたんだ。私の事、真阿連くんだけに見えるなんておかしいじゃん? だから、本当は悪い宇宙人なんだって。私の事騙してるんじゃないかって。だから、私の方も監視しやすいと思って、一緒に行動してた」


 クリカは鼻をすする。目を赤くはらして、泣きだしていた。


「けど、真阿連くん全然、そんなんじゃなかったからさ……本当はさ、疑いたくないんだ。でも―――」


「分かってる。僕は十分怪しい。僕自身も記憶がないんだ。こんなの都合がよすぎる。絶対に違うなんて言いきれない。だから君が、気に病む必要はないよ」


 なだめる様に、悠は告げる。クリカの信頼はもう十分に伝わっている。だからこそ、悠はクリカを欺きたくない。


「もし僕がすべての元凶だと分かったなら、遠慮なく切ってくれて構わない」


 悠は覚悟を示したつもりだったが、クリカにしてみればそれほどたちの悪い宣言も無かった。


「なんで! なんでそんなきっぱりと言い切れるの? どういうことか分かってる?」


「分かってる。分かってるさ、そんなこと。でも、僕がやった事のせいで、誰かが傷つくのなんて耐えられない。知らないところで誰かが死ぬのなんて冗談じゃない。そんなの、記憶がないなんて理由じゃ許されないよ」


 それが怖い。真阿連悠にとって、記憶がない事は些細な問題だ。自分が何者かも、大した問題ではない。自分が知らないうちに、取り返しのつかない事をしてしまったのではないかという恐怖。

 アムリの話を聞いて、それはより濃厚になった。

 空間の綻びというのが元凶なら、黒犬の様な最悪を招き入れてしまったのが自分という事になる。

 自分の手を離れて、災禍が連鎖していく。想像するだけで、恐ろしかった。


「もういいっ!」


 クリカが机を叩いた。そのまま彼女は部屋を出ていく。

 そこでようやく、冷静になって悠は自分のしくじりに気づいた。

 悠が黒幕だった場合、手を下すのは彼女の仕事。悠は彼女に、最悪の場合自分を殺せと言ってしまったのだ。

 そんなこと、クリカにとってどれだけ残酷な宣言だったのだろうか。


「はぁ……僕は最低だな」


 彼は無神経な自分に嫌気がさした。


    ◇


 今日は自力で学校に行こうと、悠も部屋を出る。

 部屋の前で、クリカは待っていた。

 それに少し驚きつつ、悠は嬉しくもあった。


「あの……さっきは―――」


「早く行こっ」


 悠の謝罪を遮って、クリカはその手を掴んだ。彼女に手を引かれ、悠は深界に落ちる。


「ねぇ、逆の事を疑った事は無いの?」


 沈みながら、クリカは悠に問う。


「逆って?」


「私が、真阿連くんを騙してる異次元人だってこと」


「そんなの、絶対ないよ」


 真剣な問いなのだろうが、悠は冗談を聞いた気分だった。


「僕なんかを騙して、侵略者に何の特があるのさ」


「そうだけど……なんで、そんなに私を信じられるの?」


「僕が信じたいから。そもそも世界の”何“が改変されたのか、僕らははっきり分かってないんだ。そんな状態で、何を疑うのさ。信じてるから、協力してるんだ」


 真剣な悠の言葉に偽りはないのだと、クリカは分かっている。だから信じられない。出会ってたった数日で、そんな風に人を信じられるのかと。けれどそれは、クリカ自身の心を否定するような疑念だ。

 クリカは結局、自己嫌悪に陥ってしまう。

 そのまま二人は黙ったまま、学校に着いても口を開く事は無かった。

 教室に着いた二人は、いつもの席に座る。

 悠も不機嫌なクリカにどう言葉をかけて良いか分からず、困っていた。

 二人が静かな分、周囲の雑音がよりクリアに耳に届く。


「でさ、その倶利伽羅の親ってのが―――」


 悠は自分の耳を疑った。そんな珍しい名前の人間がそう何人もいるはずがない。だが、このクラスの人間は、倶利伽羅星来の存在そのものを忘れているはずなのだ。

 悠がクリカを見ると、彼女もまた驚いた顔をしていた。


「へぇ、倶利伽羅さんのお母さんって議員なんだ」


「あの有名な人だよ。なんだっけ、ああ、白金麗子!」


「へぇ、離婚してるんだ。じゃあ、今の星来さんとは無関係?」


「苗字違うしな。フクザツな家庭ってやつなんだろ」


 聞き耳を立てれば、それだけ事の異様さに気づく。クラス中が、クリカに関する話をしているようだった。

 クリカは立ち上がると、逃げるように教室を後にする。


「あっ、クリカさん!」


 思わず呼び止めてしまった悠。

 その瞬間、一斉に話し声が途絶えた。

 クラス中の視線が、悠に集まっている。


「うっ……」


 悠もその場から退避する。廊下を走るクリカの背中を追いかけた。


「クリカさん―――」


「来ないでっ!」


 怒気を含んだ叫び声に、悠の足が思わず止まる。クリカはそのまま、廊下を曲がって階段を駆け下りて行った。

 この件に関しては、自分の立ち入る領分ではないという気がして、悠はおとなしく教室に戻る。

 教室の様子はまた元に戻っていた。聞き耳を立てても、誰もクリカの話をしていない。


「どういうことだ?」


 内容はともかく、クラスの人間がクリカを認知しているというのが悠には引っかかった。そのうえで教室内にいたクリカ本人の存在は、やはり誰も感知していなかったからだ。

 悠が知る限り、これまでこの教室では倶利伽羅星来という人間そのものの存在が消失していた。初めからこのクラスでは、そんな生徒は居ないものとして扱われていたのだ。当然、話題に上がるどころか名前すら出た事は無い。

 日曜日を経て何かが変わったのか、あの時の一瞬の変化だったのか。


「……調べてみるか」


 人間一人の存在が消えるという事自体がそもそも異常事態なので、ちょっとした変化をすぐにこじつけるというのも違う気はした。が、悠にはこれが異次元人がらみの何かを疑うには十分な異常に思えた。

 同級生たちの話す噂が、会話というよりももっと強調された別の何かに聞こえたからだ。考えすぎの様にも感じられたが、まるで何かに言わされているような印象を受けたのだ。

 調査となると急にフットワークが軽くなるもので、悠は同級生たちから話を聞くことにした。


「あの、ちょっとごめん。倶利伽羅さんって人の話について聞きたいんだけど」


 ついさっきまでクリカの話をしていた生徒に、そう声をかけた。クリカが以前、仲が良かったと話していた池上と田畑だ。彼女たちなら記憶が戻った途端にクリカの話を出してもおかしくないと悠は考える。

 しかし彼女たちは、悠の問いに怪訝な顔をした。


「えっと、それって誰の事?」


 知ってるか? と尋ねる様に女生徒は相方に視線を送る。


「いや、私も知らないな。どこのクラスの人?」


「いいんだ。ごめん。妙なこと聞いたね」


 礼を告げて、自分の席に戻る。

 悠の疑念は確定的となった。

 この教室内で、クリカの名前を確かに聞いた。それはクリカが反応したことから見ても、悠一人の幻聴ではないはずだ。

 それなのに一度教室を離れて戻った途端、クリカの存在は再びクラスメイト達の記憶から喪失した。

 悠は念のために教室内の何人かにいて回ったが、やはり誰もクリカの事は知らなかった。


「どういうことだ?」


 異常を異常と感知するのは悠一人だけ。日常通りに授業が始まる。


 ―――私の事、真阿連くんだけに見えるなんておかしいじゃん?


 今朝のクリカの言葉が脳裏をよぎった。自分はやはり、人間ではないのか? そんな疑念が思考を埋めそうになって、悠は振り払うように首を振った。

 違う。今自分が考えるべきことは、それではない。この学校内で、明らかな異常事態が起きている。それを調べなければ。悠はそう自分に言い聞かせる。

 教室内では早朝一時限目にもかかわらず、居眠りが目立った。

 集団で寝不足かなんて思いつつ悠は見ていたが、教師が注意しないのがわずかに気になった。

 いけないと、悠は自分をいましめる。異常を探そうとすると、全てがそう思えてきてしまう。過敏になり過ぎだなと、授業に集中した。

 次いで二時限目に入り、居眠りの人数は倍以上に増えた。クラスの七割ほどが、机に突っ伏して眠っている。それに教師は何も言わず、気にせず普通に授業を続けていた。

 悠もさすがにこれは何かがおかしいと感じ始め、三時限目にそれは決定的となった。

 体育の授業を体育館で行う事になったのだが、教員も含め、その場にいる人間全員が居眠りを始めたのだ。


「おい、大丈夫か?」


 悠は近くにいた生徒の体をゆする。全く反応は無く、起きる気配が無かった。

 記憶を呼び起こすと、二時限目もそうだった。授業が始まるとともに生徒が寝始め、終わりのチャイムで一斉に目を覚ます。そうして着替えてこの体育館まで来たにもかかわらず、そこで始まりのチャイムと共に全員が眠りだした。

 授業が始まると眠り、終わると起きる。そのサイクルを繰り返しているのだ。


「いったい、何が起こってるんだ?」


 わざわざここで全員が起きるのを待つ必要はない。悠は体育館を出て、周囲の様子を調べに出かけた。

 そしてすぐに、異常な光景を目にする。

 おそらく、わずかに遅れてやって来た生徒なのだろう。ジャージ姿の男子が、体育館前の通路で寝ていた。


「……眠らされてる? でもどうして?」


 これが異次元人の仕業だとして、いったいどんな意味があるのか。悠には見当もつかない。

 校舎の方へ行くと、そちらも全滅していた。すべての教室が静まり返っている。中を覗くと、教師も含めて全員が眠っていた。学校全体が、眠りについている。


「なんなんだよこれ……」


 悠が呟いた直後、その声に反応したかの様に、一斉に教室内の人間が起き上がった。

 その統一され過ぎた動きがあまりに不気味で、悠は震え上がる。

 ガタッ!

 悠が動いたことで、手をかけていた扉が動いて音を立てた。

 しまったと、悠は心の中で自分を責める。

 扉の音に反応して、教室内の全員が悠の方を見ていたからだ。

 その顔は眠ったまま。安らかな寝顔で、体だけは直立している。

 彼らから意志を感じる事は無かったが、その後の展開が悠にはすぐに予測できた。

 悠は扉から離れ、走り出す。

 その背後で扉を乱暴に開け放って、教室から人がなだれ出した。それは脇目もふらずに悠を追いかけ始める。


「うわああああっ!」


 そのあまりにも不気味な光景に、思わず悲鳴を上げてすぐに口を塞いだ。この声に反応して、他の教室から人が出てくる可能性を想像したのだ。

 そしてそれは、不運な事に現実のものとなる。

 教室という教室の扉が開き、人がなだれ出した。


「ぎゃあああああああっ!」


 こうなってしまえばもはや声を抑える必要もない。盛大に悲鳴を上げて、悠は絶体絶命のピンチを迎えた。

 ここは三階。窓から飛び降りるには、少々危険が伴う。

 前も後ろも人の波で、もはや逃げ場がない。両側から迫る人の圧に追い詰められ、悠はその場にしゃがみ込んだ。

 殺される! そう思った彼の目に飛び込んできたのは、教室の窓だった。

 人の波に圧殺される前に、窓から教室内へと侵入する。向かうのはベランダだ。校舎の作りとして、教室の外側には避難路のベランダが通っており、それは校舎端の外階段に続いていた。

 悠はその経路を通って外へと脱出する。地上へ降りて学校の敷地外へと向かい出した途端、校舎内から人があふれ出した。

 一階の窓という窓、扉という扉から、人がなだれ出す。全校生徒と全職員が集ったかのような大軍団が、悠一人を追いかけてきた。


「なんじゃこりゃああああああああああっ!」


 叫びながら校庭を全力疾走する悠。まるでゾンビ映画の中に投入されたような気分だった。

 悠はかなり体力のある方だが、さすがにぶっ通しで走り続けてきた結果、それも限界に近づいている。

 少しずつ、対軍との距離が狭まる。地響きのような足音が、悠の背後に迫る。


「はぁ、はぁ……も、もう無理」


 校門まであと数メートル。そこでとうとう力尽きた。一気に減速し、早歩きに近いペースで、悠はなおも進む。心臓と肺は破裂寸前のように痛み、もう一踏ん張りという域はとうの昔に過ぎていた。

 足がもつれ、その場に倒れる。もうだめだと悟り、死にゆく己の運命を冷めた瞳で見つめた。

 近づいてくる大量の足が、唐突に悠の眼前で止まる。授業の終わりを知らせるチャイムが鳴ったのである。

 それに呼び起されたかの様に、眠っていた人々が一斉に目を覚ます。


「あ、あれ? どうしてこんなところに?」


 そんな反応を口々に言い合いながら、集団は首をかしげて校舎の方へと引き返しはじめた。


「大丈夫?」


 先頭にいた生徒が、目の前で倒れている悠を助け起こしてくれる。


「どうも……」


 悠に手を貸すと、その生徒も普通に校舎の方へと戻っていった。本人たちには、悠を追いかけていた自覚がまるでないのだろう。

 引き返していく軍団を見送って、悠は自分の強運に心の底から感謝した。もう二度とあそこには戻るまいと。


「そういえば、ずいぶんと時間が早いな」


 悠が体育館で異常に気づいてから、体感で十五分程度しか経っていない。それなのに三時限目の終わりを告げるチャイムが鳴ったのだ。

 これはもう確定だなと、異次元人の影響を疑って、悠は行動を始めた。


    ◇


 休み時間は生徒たちが起きている時間。昼休みもまた、そのようなルールで進行していた。

 授業の間外で待機していた悠は、昼休みの一時間を使って聞き込み調査を行った。

 寝ている本人たちに自覚がない以上は、そう大した情報も得られないだろうと、悠は当初あまり期待をしていなかった。

 調査を行ったのは、何かしようと思っても現状できる事が他になかったという、ある種の悪あがきによるものだ。悠はクリカの放つシンカーほど、精度の良い嗅覚は持ち合わせていない。

 ところが、悠の後ろ向きな予想に反して、聞き込みを進めていくと意外な共通点が露になってきた。

 学校の中で、妙なものが流行っているのだ。

 『ドリームストーン』と名のついた、金平糖の様な棘のある小粒石。これがお守りの様なものとして、主に女子の間で流行っている。

 全生徒が持っているというわけではないが、各クラスに最低でも三人ほど所有者がいた。

 このドリームストーンこそが、全生徒を不自然に眠らせて操った元凶。それが、悠が一時間かけて聞き込み調査をした末に出した仮説だった。

 そう思うまず一つの理由として、その名前。『夢の石』なんて名前が如何にも眠りと結びつきそうだったからだ。

 これがそう安直というわけでもなく、実際に持ち主によるとこれは安眠用のお守りという事らしかった。これをもらったその日から深く眠れるようになった気がすると、誰もが口をそろえて言う。

 そしてこのアイテムの出所をたどると、必ず謎の女生徒に行きついた。みな同じ特徴の女生徒からもらったというのだ。

 しかし他学年まで探したのだが、悠は結局その生徒を見つける事が出来なかった。

 突き止める前に放課後になってしまい、生徒たちが帰り始めてしまったのだ。


「続きはまた明日かな」


 悠は調査を切り上げる。悠が睨んだとおり、何か妙な事が学校内で起きていると分かっただけでも、十分な成果だと判断した。

 異次元人らしき何者かの介入が、学校内で起きている。そう、悠は結論付けた。

 ただそうすると新たな疑問も生まれる。倶利伽羅星来のプライバシーを侵害することで、いったい相手にどんな利益が生まれるのか。悠にはそれが見当もつかない。

 朝の事と全生徒夢遊病事件に関係はあるのか、それとも全く別の問題なのか。

 あれやこれやと思考しながら校舎をうろついていると、不意に声をかけられた。


「あっ、真阿連君!」


 声のした方を見ると、校庭の方から女子が駆けてくるのが見えた。悠の記憶では、クラスメイトだったはずだ。


「真阿連君、文化祭の予定出してないでしょ。出し物の勤務表、勝手にこっちでつける事になっちゃうんだけど」


 ややきつめの口調で、女子はそんな事を言った。

 しまったと、悠は思い出す。以前委員長から今日中にと渡されたプリントを、結局提出していなかったのだ。


「ごめん。忘れてた。部活とかは特に入ってないからさ、適当に入れてもらって大丈夫だから。本当、すみません」


「そう。分かった」


「小林さーん!」


 荷物運びの途中だったのか、こちらも同じクラスの男子生徒が校庭の方から彼女を呼んだ。どうやらこの女子は小林というらしい。


「ごめーん、今行くー! ―――それじゃあね」


 小林は軽く別れを告げると、校庭の方へと戻っていった。

 悠は近くにあった自販機で適当な飲み物を買うと、横のベンチに座った。


「ふぅー、なんだかなぁ」


 なんとなく憂鬱になって、天を仰ぐ。記憶がないせいか、元々の人間性なのか、学校生活というものにどうにも馴染めていない。クリカと宇宙人を追いかけている方が、よほど自分の性に合っている気がした。


「学生失格だなぁ」


 本当は自分が別世界から来た異次元人だから、学生にはなり切れていないのでは? そんな考えが頭の片隅に浮かんだ。

 一服する悠の前を、見覚えのある生徒が横切った。


「おや、貴方ですか」


 委員長だった。わざわざ立ち止まって、彼女は悠に声をかける。


「どうですか、探偵ごっこの進捗は」


 やや棘を含んだ言葉で、委員長は悠に聞く。悠が方々の生徒に聞き込み調査をしている姿をどこかで見たのだろう。


「まあ、ぼちぼちって感じです」


 説明するわけにもいかないので、なんとなくの言葉で誤魔化した。


「ずいぶん熱心でしたけど、貴方新聞部でしたっけ?」


「いや、違いますよ。友達のためにやってる事ですから」


 そう言った後で、自己満足なのだと気づく。別にクリカに頼まれた訳じゃない。悠自身がそうしたいからやっているに過ぎないのだ。


「そうですか。お節介かもしれませんが……あまり他人の事情に関与する物ではないと思いますよ」


「ありがとう、委員長」


「いえ。それでは」


 やはり終始表情を変えず、委員長はその場を後にする。

 委員長の言葉が、ぼんやりと悠の耳に残っていた。

 クリカに頼まれたわけでもないのに、こんな事をするのはお節介なのではないかと悠は思う。

 自分は少し、クリカに関わり過ぎなのではないかと。

 パシャりと水音がした。

 悠が足元に視線をやると、シンカーが顔をのぞかせていた。


「なんだ。心配してくれるのかい?」


 シンカーは何かを訴える様にそわそわとしていた。それを見ていて、悠はふとある事に気づいた。


「っ!」


 立ち上がって廊下の先を見る。すでに委員長の姿は見えなくなっていた。

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