クリカ
帰りもシンカーに乗せてもらい、二人は部屋に戻った。
戻るなりシャワーを使わせてくれとクリカが頼んできたので、悠は一人もやもやを抱えたまま待つ事になってしまった。
同じクラスの女子が自分の部屋でシャワーを浴びているなんて状況でちっとも心がざわつかないのは、こんな状況だからかなと悠は思う。
それよりはるかに心労をきたす様な悩みで、
幸いなのは、クリカが自分を敵とみなしていない事。
そもそも何もしていないのだから、そんな風に扱われるいわれもないのだ。ただ、記憶を失う前の自分がどうだったかというのは分からない。それが不安だ。
記憶を失った原因が、あの怪物に関わるものかもしれないという疑惑もある。
もちろん、考えすぎなだけで無関係というのが一番ありそうな話なのだが、どうも楽観的にはなれない
「考えても仕方がない」
口に出すことで、自分にそう言い聞かせる事にした。
ちょうど風呂場の扉が開いて、上下スウェット姿のクリカが現れる。
「シャワーありがとう。助かったよ」
おそらく何日も
今度はクリカが何者なのかを説明してもらう。そういう約束だからだ。
クリカはテーブルを挟んで向かいに座ると、「どこから話そうか」と考えだす。
「この際だからなんでも話すよ。ただ一応、他言無用でお願いしたいんだけど……」
少しだけ不安そうにして、クリカは悠の反応をうかがう。クラスで妙な事を言いふらされたくはないのだろうと考え、悠は了解した。
「分かった。人には話さない」
「ありがとう。まず、私が何者かだけど、悪い宇宙人から地球を守ってる守護者って事でどうだろう」
どんな話が来ても受け止めるつもりだった悠も、さすがに宇宙人というワードが飛び出して困惑した。
「えっと……それマジ?」
「マジもマジ。大まじめだよ」
そう答えるクリカはなんだか楽しげだった。驚く悠の反応を楽しんでいるのだろう。すぐに真面目な顔に戻って、話を続けた。
「さてと。真面目な話、今地球は別の宇宙から来た何者かに侵略を受けてる。私はさらに別の宇宙人みたいなのから、地球を守るためにこの力を与えられたんだ」
「侵略者っていうのは、さっきの怪物だね」
悠のその反応に、クリカは少し驚いたようだった。
「信じてくれるんだ。私がこんな事言うのも変だけど、宇宙人だよ?」
「ここまで色々見てきたんだ。信じるよ。逆に否定したら、今までの事に全く説明がつかなくなる。宇宙の超技術と言われた方が、まだ納得できるよ」
「そっか、頭柔らかいんだね」
その賛辞を素直に受け止めたかったが、シンカーや黒犬などの怪物を見たうえで、それでも宇宙人だけはいないと断言できるほど、悠が科学に明るくないだけだったりもする。
「それで、どうして君が戦う事になったんだ?」
「それは私にもさっぱり。ある日いきなり宇宙人が夢に現れて、君が地球を守れって、それだけ」
ずいぶんとあっさりしていた。クリカ自身の態度も、宇宙人の指令も。
「その宇宙人はどうして地球の味方をするんだろう?」
「理由は特に言わなかったな。ただ、そうしろとだけ。侵略者と敵同士だったりしてね」
「代理戦争か。まあ、宇宙人の考えなんか僕らが考えても分かるわけないか。クリカさんの目的――というより任務か。それは、あの黒い奴を倒す事なの?」
「それがね、よく分かんないんだよね」
地球の危機だという割にずいぶんとざるな内容に、とうとう悠も眉をひそめた。
「どういうこと?」
「侵略者は地球に何か細工をして、世界を改変? なんかそういうのをしたらしいんだよね。ただ、その改変っていうのがよく分からなくて。あの黒い奴らを倒せとか、そういう具体的な指示じゃなかったんだ」
「改変……僕らの知らないところで世界がどこか変わっていて、それを元に戻すって事?」
クリカは自信なさげに頷いた。
「たぶん、そういう話だとは思うんだけどね。私自身特に変化は感じてないし、異常を取り除くにしても、その異常がなんだか分からない」
「あの黒い奴らが地上に現れてる事は、十分異常だと思うけど」
「うん。もちろん、それは候補には上がってる。けどね……」
どうも腑に落ちない様子で、クリカは言い淀む。
「何か問題が?」
「時期が合わないんだよね。私が守護者になったのは先々週の金曜日。黒犬が出はじめたのは四、五日前の事なんだ」
「なるほど。お告げがあった時点ですでに改変はされているわけだから、黒犬が原因だったら十日以上も遅れて現れるわけがないのか」
「そういう事。もちろん、あいつらはあいつらで放っておけないから、最優先で対処はしてるけどね。元凶である可能性は捨てきれないし。あれはあれで面倒なんだ。妙に数が多いし、群れで行動してるだけなのか、飼い主みたいな黒幕がいるのかも分からない。今のところしらみつぶしってやつだよ」
「こんな事を、ずっと一人で?」
「そう。宇宙人の口ぶりからして、たぶん私しか守護者はいないんだと思う」
「もしかして、透明人間になったのも守護者のせい?」
「そうだと思う。こんな風になったのは、宇宙人と話してからだから。元に戻るには、世界を救うしかないってわけ」
「ずいぶん気楽に言うんだね」
「そう悪いものでもないんだよ。人の目を気にしなくていいっていうのは、気楽だから」
とてもそんな言葉を信じる気にはなれなかった。その体質を告白した時の彼女の表情が、悠の脳裏から離れない。
「でも、寂しい事もあるんじゃない?」
「まあね。でも、地球を守るためにできる事があるなんて、なんか誇らしいじゃん? 私だけにしかできないっていうなら、やるしかないでしょう」
カラ元気なのか、明るく前向きに、堂々とクリカは言い放つ。その姿が、なんだか悠には頼もしく思えた。
「かっこいい」
思わず口からこぼれた言葉に、クリカは目を丸くした。
「えっ! 私が?」
「うん。クリカさんはかっこいいよ! あんなのと戦えなんて急に言われたら、普通ならたぶん萎縮して、逃げ出したくなったりすると思う。胸を張ってそんな事言えるなんて、すごいよ!」
本心からそう思っている悠は、遠慮なくそれらを言葉にする。真っ直ぐすぎるきらいのある彼の言葉を、クリカもこれまた素直に受け止めた。
「え、いや、それほどでもないっていうか……」
なんとかにやけるのを我慢して、クリカはあえて素っ気なく返す。
「クリカさん。迷惑じゃなければ、僕にも手伝わせてくれないかな」
「それはありがたいけど、真阿連くん戦えないしな……」
「戦うこと以外にも、できる事はあると思う。人に認知されないと、いろいろと困る事もあるでしょ。例えば、ご飯とか」
「あー、それはそう。買い物も普通にできないから、ほとんどまともに食事もできないし。泥棒とかはさすがにマズいと思うからさ、人目を盗んでさ、一応レジにお金は置いていくんだよ。けどあれも、集計の時にレジの打ち損じで誰が犯人だーってすごい事になるんだよね。私、バイト経験あるから分かるんだ。ああいう迷惑は、やっぱかけたくないなって思うんだよね」
「クリカさんって、良い人なんだね」
「はっ? いきなりどうした」
悠としては率直に感想を述べたまでだが、クリカは素っ気なく言葉を返しながらも、隠しきれないほど嬉しそうにそわそわとしている。
まさか、あまり褒められることに慣れていないのでは? と悠は思う。
「自分も困ってるのに、他人の事を考えてそこまで配慮できるなんて、なかなかできないと思うよ」
「そんなんじゃないって。私がなんていうか、考えすぎなだけなんだって」
見るからに嬉しそうに口の端を緩ませて、クリカは否定する。
「でも、泥棒はしなかったんでしょ」
「それは人として当然」
急に素に戻って、きっぱりと言い切る。なんだかそれが、悠には逆におかしかった。
「やっぱ偉いよ。ひもじい状況で、誰にも絶対に気づかれないわけでしょ? なかなかできる事じゃないって! 誠実なんだね尊敬するよ」
さすがにわざとらしいかなというくらい最大限に褒めちぎると、とうとうクリカが音を上げた。
「わーわー! もうそれ止め。なんかすっごい恥ずかしい!」
顔を背けて、止まれと掌を突き出すクリカ。緩んだ顔面を元に戻して彼女が前を向くと、満足げな顔で微笑む悠がいた。自分がからかわれていたのだと、そこで彼女も気づいた。
「……わざとやったでしょ」
「ごめん、わざとやった。なんか反応が面白くて――あだっ!」
悠の額に、割と強烈な手刀が落ちる。
額をさすりながら、悠は睨むクリカに弁明する。
「でも、すごいと思ったのは本当だよ。クリカさん、えらいよ本当に」
「むっ……」
クリカは押し黙る。そもそも、悠の発言に嘘がない事は、向けられているクリカが一番わかっている。なんだかこんな単純な事で喜ぶ自分が
「大した事はできないけどさ。ご飯くらいなら、食べに来てよ。みんなの為に頑張ってくれてるクリカさんに、少しでも協力できたらって思うから」
「なんか、真阿連くんって変わってるね」
「そうかな?」
「うん。なんか、思ってたのと違った」
そういえば、彼女は記憶を失う前の自分を知っていたのだと、悠は思い出す。
「普段の僕って、どんなだったの?」
「なんか、近寄りがたい感じ。いつも独りで居てさ。なんか、同じ教室にいるのに、私たちとは別の物を見てるっていうのかな。なんかうまく言えないけど」
「端的に言って、それはぼっちなのでは?」
「それはそう」
「そうなのかぁー!」
項垂れる悠の肩を、クリカはバシバシ叩く。
「はははっ、落ち込むなって。私が友達になるって」
「ありがとう、クリカさん」
「こっちこそ、ありがとう。正直、力になりたいって言ってくれて、すっごい嬉しいよ」
朗らかに笑うクリカを見て、悠は安心した。橋の上で出会った時はどうなるかと思ったが、この部屋で駄弁っている間は気の緩んだ彼女を見る事ができる。
実感こそいまだに薄いが、それでもどれだけの使命を彼女が背負っているのかは理解できた。思いつめるのも当然だと思った。きっと、深刻な話をあっさりと言ってみせるのも、彼女なりの自己防衛なのだろうと。
だから支えたいと、助けたいと思う。地球の危機なんてそれこそ他人事じゃないし、一人だけに背負わせるなんておかしいと思うから。
「そういえば、いつの間にか消えてたな」
ここで目覚めたとき、胸の奥をざわつかせていた焦りは、いつの間にか消えていた。あれはいったい何だったのか。
分からない事は多いまま、夜は更けていく。
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