4、街はスリルがいっぱい2
4、街にはスリルがいっぱい2
「だ、誰か助けて!!」
前方から突然、幼い少年のような声が聞こえてきた。
かなり焦っているのか切羽詰まった声色だ。
段々とこちらに近づいてくるのがわかる。
ゼルは私をちらっと見て頷くと、手を離し、少年を呼び止めた。
「どうした!?」
ゼルは少年と目線を合わせるように膝を折り、真っ直ぐに少年の目を見ている。
「と、父さんが・・・」
少年はそう言った途端、大粒の涙が流れ始めた。
「うん、君のお父さんが、どうしたんだい?」
ゼルは優しい声で、少年を落ち着かせるように、背中をさすっている。
「店に来た柄の悪い人に殴られて・・・」
「――お店はどっちだい?」
少年はゼルの問いに、来た方向を指差す。
耳を澄ませば、怒声が聞こえてくる。
「――分かった」
「ちょ、ゼル?!」
彼は少年の頭を優しく撫でると、一目散に走る。
慌てて、後を追うように護衛らしき屈強な男たちも走って行った。
ちょ、こんな人数にずっと守れられていたの?!
王太子なら当たり前かもしれないが――。
「あのお兄ちゃんなら大丈夫だから、一緒に店まで行こう?」
置き去りにされた形の私と、少年は手を繋ぎ急ぎ足でゼルを追う。
あの馬鹿、周りの人を無視して――。
でもいかにも正義感の強いゼルらしくて、自然と笑みが溢れてしまう。
少年の言っていた店の前には、すでに男たちに対峙しているゼルの姿があった。
ゼルは腰から剣をぶら下げているようだけど、抜くつもりはないようだ。
その光景に、私はハラハラしてしまう。
ゼルは強い。
魔法を使うことも――水の魔法なら詠唱なしで使うことも出来るし、剣術も体術も、専門の人顔負けの腕前だ。
頭では分かってるけど、心は落ち着かない。
「このおおお!!」
柄の悪いチンピラ風の男は、ゼルに殴りかかる!
ゼルか軽いステップで避けると、男の足に自らのを引っ掛け、転げさせた。
その様子に、近くで見ていたチンピラ達が加勢するようにゼルに殴りかかる。
ゼルは2、3回避けてから、拳を男の顔面にぶつける。
殴られた男は、地面に倒れた。
どうやら意識を失ってしまったようだ。
「お、お前には関係ないだろ!!貸した金を返せって言ってるだけだ!」
少年の父と思われる男の前で、チンピラは慌てたように言う。
「そ、そんな金額借りてません!」
「馬鹿野郎、利子だろ!利子!」
「借りた額の2倍以上請求されても、困ります!」
どうやらチンピラ達は高利貸しのようだ。
だけど元金の2倍以上の利子って、うちの国の法律ではアウトだ。
ゼルはその言葉にニヤりとすると、襲ってくる数人の男達を払い退けて気絶させていく。
仲間達がどんどんやられていく中で、少年の父と言い争っていたチンピラは懐から短剣を取り出した。
そしてそのままゼルに、短剣を振り回し近づいてくる。
「どこのお坊ちゃんかは知らないけど、この街は俺たちの縄張りだ!勝手なことされたら困るんだよ!」
そう言うと刃物を振りかざす。
身体には当たらなかったが、ゼルの前髪が少しだけ切られた。
ゼル!
私は辺りを見回し、武器になるようなものを探す。
ゼルが剣を抜いてしまえば、チンピラ達の命はないと思う。
きっと彼は手加減しているはずだ。
だからといって刃物を振り回すチンピラに、素手で立ち向かうのは心許ない。
私は近くにあった、掃除用のデッキブラシをゼルに向けて投げた。
「ゼル!」
私の声でデッキブラシを見て受け取ると、彼はブラシをチンピラの顔面目がけて突き出した。
「く、臭い!」
その隙に、ゼルはチンピラの懐に潜り込むと、腹あたりに1発殴った。
「うっ!!」
チンピラはうめき声を上げて、その場に膝まづく。
力の抜けた手から、短剣を奪うまで時間はかからなかった。
「く、くそう!!」
チンピラは苦痛に歪んだ顔をしながら、ゼルを睨みつけている。
ゼルは周りにいた護衛たちに目くばせをして、数人の男たちがチンピラを全員取り押さえた。
「近衛騎士団だ。詳しい話をお聞かせいただこうか」
その様子を見ていた少年が、ゼルに抱きついた。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
「本当に、なんてお礼を言ったら良いか・・・」
ゼルは困ったような笑顔を浮かべて、少年親子と2、3言葉を交わして、私のもとへやってきた。
「さすがエステ。ナイスフォローだ」
「――まったく、変わらないわね・・・」
私はわざと溜息混じりに言う。
本当はすごくかっこよかった。
でもそんな言葉、言えない。
「なんだよ、そこはさー、かっこよかったよとか、褒めてくれるところじゃないの?」
子供のように屈託のない笑顔で、ゼルは私を見つめる。
そんな顔されても・・・。
私は彼の望むような言葉は言えないのだ。
私はぷいっと顔を背けて、1人で歩き出す。
「お、おい!待てよ!」
ゼルは慌てて、私の後を追いかけてくる。
そうよ、かっこよかったわよ。
昔から変わらないゼルも安心した。
だけど同時に不安にもなった。
彼は私を置いて、危険なことに首を突っ込むのじゃないか。
結ばれない人であっても、彼は王太子で幼馴染で。
心配しないわけはない。
隣に立つことができなくても、私にとっての大切な人の1人だ。
こんな風に、外野に置かれるのは、私の性分に合わない。
矛盾だらけの気持ちを悟られたくなくて、私は早歩きで馬車へ急ぐ。
「なんで怒ってるんだよ!おい!」
ゼルは急ぎ足の私に追いつこうと、駆け足になる。
腕を掴まれて、顔を彼の方に向けられた。
その途端、彼の表情が止まる。
自分でもどんな顔をしているか、分からない。
だけどきっと、複雑な顔をしていただろう。
ここで素直に心配しただの、不安だったとか、そんな可愛げのある言葉を言えたなら、楽だと思う。
だけどそれは許されない。
彼に心を開いてはいけない。
きっ、と彼を睨みつけると、私は乱暴に腕を剥がし、馬車へ乗り込んだ。
彼もそのあとに続き、馬車に乗り込む。
帰りの馬車はとても重たい空気をはらみ、言葉を交わすことはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます