3、街はスリルがいっぱい
3.街はスリルがいっぱい
翌日。
ゼルに執務室に向かうと、待ち構えていた侍女たちに連れられて、着替えさせられた。
簡素ながら、見る人が見れば高級な素材のドレスに着替えさせられる。
髪型も簡素なものに変えられた。
ぱっと見ればお金持ちの商人のお嬢様みたいな感じだと思う。
「用意できたか」
「はい、ゼルファ様」
そう答えると、侍女たちは部屋を去って行く。
訳の分からない私は、ゼルを見上げる。
目を細め、私を食い入るように見てる。
気恥ずかしさわ感じ、私は口を開いた。
「ゼル?これは一体?」
「今日は街の視察だ。いつもはグリムと行ってるのだが、いないからな」
そう言うと、私の手を取り王家の紋章がついていない馬車で街まで出た。
商業街に着くと、活気に溢れていた。
戦争もここ何十年もなく、勤王と言われる現国王の治世の賜物だと思った。
普段買い物は屋敷の人たちと行くから、私が行くのは商業街の高級店ばかりで、こういった庶民が集まるところには来たことがない。
今日のゼルはオッドアイは目立つからと、両目とも魔法で碧眼に染めていた。
私も琥珀色と薄金の色彩は目立つということで、白銀の髪と瞳に変えられていた。
いつもの私たちのようで、私たちじゃない。
王太子と公爵家の娘じゃない、私たち。
ただのゼルとエステ。
そして、街の熱気。
とてもふわふわしている気分だ。
「ゼルはよくきてるのね」
「ああ、物価を確認するために、最低月に一回はくるようにしてる」
なんだ、ちゃんと王太子らしいこともしてるんだ。
私のイメージは、小さい頃の意地悪なゼル、学院にいた少し大人になったけどやっぱり意地悪なゼルのままで止まっていたのかもしれない。
私は、この2年の王太子として仕事をしている彼を知らないんだな、と思う。
そんな会話をしているうちに、いい匂いが立ち込めているお店の前を通っていく。
より一層人が増えて、人混みに押されてうまく前に進めない。
「手」
「へっ?」
「へっ?じゃない、早く」
見るとゼルは手を差し出している。
繋げ、と言っているようだ。
そんなの・・・。
昨日も散々繋いでたし。
でも自分からってゆうのは、妙に恥ずかしい。
迷っていると、ゼルは強引に手をとった。
「いくぞ」
「――うん」
気恥ずかしいけど、強引なのは昔からと同じで。
変わったけど、変わってないところを見つけると、嬉しくなった。
だけど、なんだか大人になったように優しくなって。
知ってるけど知らない人――。
「この先に、美味しい食堂があるんだ。いつかエステと行きたいって思ってた」
ぶっきらぼうにゼルは言うと、器用に人を避けて進んでいく。
自分から手を繋げって言ったわりに、耳まで赤くなっているのが見える。
なんだか、可笑しく見えて、自然と笑顔になる。
「ここだ」
彼はそう言う時食堂の入り口の扉を開ける。
「無銭飲食だ!」
声が聞こえたと同時に、中から突然大男が飛び出してきた。
そして容赦ない勢いで、エステにぶつかる。
「きゃあ!」
思わず声が出て、倒れそうになる体を何か力強い力で引き戻された。
ゼル・・・。
温かい彼に抱きつくような形になり、エステの心臓の鼓動は一気に上がる。
こ、こんなに近いのって、子供の頃以来じゃあ・・・。
綺麗な顔立ちの彼を間近で見て、ドキドキが止まらない。
「あ、ありがとう」
支えられて立つ形になる。
「ん」
彼は一言だけそう言うと、顔が赤くなってる。
何よ、ダンスの時もこの距離感あるじゃないの。
冷静に。落ち着け私。
ふいに風が吹くと、エステを突き飛ばし逃げていた男が泥濘で壮大に転けた。
気づけば足元には大きな水溜まり。
さっきまで石畳しかなかった場所に、大きな水溜まりが出来ていた。
あれ・・・?
「俺のエステを突き飛ばしておいて、無事に済むと思うなよ」
ぼそっと呟きが聞こえる。
え。
ゼルが魔法で風と水溜まりを一瞬で作ったのだろうか。
何たる力。
これがゼルを畏怖の者と思う元凶。
無銭飲食をした男は、周りにいた屈強な男たちに縛り上げられ、近くにいた役人に引き渡されていた。
「さ、中へ入ろう」
うっとりするような微笑みを浮かべ、ゼルはエステの背中を押す。
「・・・ええ」
やっぱりこの男は危険だわ・・・。
エステは改めて、そう感じた。
*****
「ふう、美味しかったわ」
エステは満足して表に出る。
出てきた食事は、王宮や家で食べるような絢爛豪華なものではなかったが、味はとても美味しかった。
「気に入ってくれた?」
「ええ、とても!」
私の答えにゼルは満足そうに微笑む。
「じゃあ、戻るか」
そう言うとまた私の手を掴み、歩く。
当たり前のような動作に、私は俯きながらついていく。
「またこよう、エステ」
彼は前を見たまま、少しだけ手に力を込めて言う。
それが出来たら、とても幸せだ。
だけど――それはきっと叶うわけはない。
だって私は彼の婚約者候補の1人ではあるけど、絶対に一緒にはなれない。
だから希望として私は
「うん」
それだけ言う。
彼が王太子でなければ。
私が宰相の娘でなければ。
名だたる公爵家の娘でなければ。
結ばれたのかもしれない。
だけど許されないと、知ってしまったから。
この想いは封印してしまおうと、1年前に誓ったのだから。
きっと次の機会はこない。
ゼルはそれ以上、言葉を交わそうとはしなかった。
代わりに、繋いだ手をぎゅっと強く力を込める。
何を考えているのか読み取れない横顔は、夕日をあびてすごく格好良かった。
いつもの彼とは違う容姿だけど、改めて見ても彼は美形だと思う。
学園に通っている時も、パーティーの場においても。
彼は地位も権力も、そして美貌でも、常に主役だった。
ただ、猛獣とあだ名がつくくらい、破天荒で大胆ではあるのだけど――。
「だ、誰か!助けて!」
突然、少年のような幼い声が聞こえてきた。
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