2、紺碧の空の下で
2、紺碧の空の下で
何、ときめいてるのよ、私!
エステは自らを奮い立たせて、ゼルの元へずかずかと歩き出す。
「何やってるのよ、ゼル。こうなった原因はなに?」
「それは・・・」
ゼルは目を泳がすように、私から視線を外した。
彼を取り囲むようにあった氷はすでになく、ただ床と壁が水浸しになった。
「ふーん」
私は、とりあえずゼルの背後から彼が手に持つ資料に目を通す。
「なんだよ」
その声色は、いつものゼルに戻ったようだ。
こうなった原因を、無理に理由を聞き出そうとは思わなかった。
何か彼にとってショックなことがあったに違いないだろうけど、ひとまずいつもの彼に戻ったようだから。
言いたくないなら、言わなくて良いって思った。
「これ、フンド村の治水よね」
「・・・ああ」
わざと話題を変えるように、私は言う。
これがこうで、こうだから・・・。
自分の中で、図解のようなものを繰り広げる。
でも足りない。
これだけでは、とても判断はつかないと。
私は廊下に出て、執務官を呼ぶと、2、3声をかけて、部屋に戻る。
「何、呆然としてるのよ。フンド村へ行くわよ」
「はっ?」
「これだけじゃ資料が足りないって思ってたんでしょ。現地に行かなきゃ、見えるものも見えないわよ」
私は急きたてるように、ゼファを立ち上がらせる。
「早馬でいけば、今日中に往復できるわ。あれこれ考える前に行きましょ」
「―――ああ」
王宮を出て、私たちと騎士3人を連れて、早馬で街道を駆ける。
久しぶりに乗る馬は、とても心地が良い。
道中、視線を感じた。
見ると隣のゼファが私を見つめてるのを感じる。
そんな目で見ないでよ・・・。
甘くて切ない、そんな視線。
それは私の社交界デビューの時に感じた熱っぽさから、まったく変わっていないようだった。
私は耳まで赤くなるのを感じる。
このまま流されてはだめ。
照れ隠しのように、私は口を開いた。
「何よ」
「いや――エステはエステだなと思って」
優しく蕩けそうな笑顔で、私を見つめてる。
うっ。
だめよ、だめ。
そんな顔に絆されては駄目。
鼓動がさっきより早くなるのを感じる。
このままじゃ、私の心臓がもたない。
「何ばかなこと言ってるのよ、置いていくわよ」
私は馬の腹を蹴り、スピードを上げた。
「お、おい!待てよ!」
ゼルの声が聞こえたが、聞こえないふりをして先を急いだ。
おおよそ2時間、馬を走らせてついた先で、河の流れを確認する。
この地の領主ではなく、村に住む人に質問を投げかける。
ゼファは王太子であることがバレないように、フードを目深く被り、私の後ろで会話を聞いていた。
そして頷き合図する。
一通り、話を聞き終わると、河のほとりで適当な石に腰掛け昼食を取った。
王宮から持ってきたサンドイッチを頬張る。
即席で作ってもらったものだが、とても美味しい。
ここの清らかな空気がそうさせてくれるのかもしれない。
「――何悩んでるかは知らないけど、少し気が晴れたかしら」
頭上には紺碧の空。
仕事絡みでなければ、さながらピクニックのようだった。
体を壊した母が、自然に囲まれた領地で元気になったように。
ゼファにも元気になって欲しかった。
「ああ、そうだな」
ゼファは私との差をつめてくる。
そして、私の手をぎゅっと握った。
「!」
私は驚き、手に持つサンドイッチを落としそうになる。
「ちょっ!」
「エステは、少し日焼けした?」
オッドアイの彼が、私を見つめる。
「ええ、そうね。領地では土いじりもしてたから・・・」
どうやら体を動かすことは私の性に合っているようで、時間を見つけては畑を耕していたりもした。
それにしても手を離してくれる気配はない。
あまりにも強く握られてるから、振り解けそうにもなかった。
これだけのことで、顔が真っ赤になるまで火照るなんて。
小さい頃から手なんてよくつないでいたのに。
いつの間にか、小さい手からごつごつとした男の人の手になったんだなと思う。
「今日はエステと一緒に来れてよかったよ」
「うん・・・」
私は返事を返すだけで精一杯だった。
「ゼルファ様、馬車の用意が出来ました」
一緒に来た騎士から声をかけられる。
「馬車って・・・」
「エステは領地から戻ってすぐに王宮にきて、早馬でここまで来たんだろ。案外早く終わったし、帰りは馬車で帰ろう」
私の身体への負担を気にしてる?
いつの間、そんな気遣いできるようになったんだろう。
不思議そうな目でゼルを見つめる。
「ほら!いくぞ!」
彼は私の手を繋いだまま、馬車まで連れて行く。
後ろから見える耳が赤くなっているのは気のせい?
そのまま馬車に乗り込むと、手を離されて向かい合わせに座った。
「寝てていいぞ」
「うん、ありがと」
この美形を目の前にすると心臓に悪い。
最初は目を逸らす為に風景などを見ていたけど、徐々に瞼が重くなっていき、ついうとうとしてしまった。
右側に暖かいものを感じる。
はっと気づいて目を開けると、いつの間にか隣にゼルがいて、肩に頭を乗せて寝ていた。
慌てて起き上がり、ゼルと距離を取る。
「起こしてよ!」
「いや、気持ちよさそうに寝てたからさ」
そう言って、頭をかいている。
辺りは薄暗くなっていたが、王都には着いていそうだった。
「公爵邸まで送る」
「・・・ありがとう」
昔はもっと揶揄うような口調だったのに、なんでこんなに優しくなったのか。
なんだか、調子狂う・・・。
その後は無言のまま、公爵邸に着いた。
「エステ、明日も王宮に来い。グリムが帰ってくるまで、俺を手伝え」
「はい?」
ゼルは言うだけ言って、馬車から私を下ろした。
そして私が返事をしないうちに、馬車は去っていく。
いつもいつも!
「自分勝手なんだから・・・」
私は嬉しいやら、苦しいやら、複雑な表情を浮かべていたに違いない・・・。
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