(第一部完結)氷結の猛獣使いともてはやされる兄妹は今日も忙しい
桃元ナナ
第一部 女は現実を見、男は夢を見る
1、氷結の猛獣と評される彼は今日も不機嫌でした
1.碧眼の猛獣は今日とて不機嫌でした
「はあ、何で私が・・・」
エステリーゼ=ステファンは今日何度目かになる溜息をつく。
ここ1年、領地管理を学ぶ為、母と共に田舎の領地で暮らしていた。
公爵家の娘としての花嫁修行の一環だ。
父はこの国の宰相。
跡継ぎである双子の兄であるグリムテーゼは、父と共に一ヶ月の外遊中だ。
その間、王都のあるタウンハウスの管理を任せることとなり、今朝領地から着いたばかりだ。
それなのに、今は王宮にいる。
発端は、たまに寄越す双子の兄からの通信だ。
私と兄は二卵性の双子の絆が強いからか、通信媒介であるペンダントを握ると、どんなに離れた場所にいても音声で会話できる。
双子がよく生まれるこの家では、代々受け継がれてきたものらしい。
『エステ?タウンハウスには着いた?』
自室で荷解きを始めてすぐ、通信がきた。
「ええ、グリム、さっき着いたところよ」
私はソファに座り、ペンダントを握る。
領地管理を学ぶ為とはいえ、大きな夜会が開かれる時には戻ってきていたし、そんなに久しぶりではないのだけど。
『実はさー、ゼルが、また困ったことになってるみたいでさー』
その名前を聞いた途端、私は眉間に皺を寄せる。
ゼルファ=リンツ。
この国の王太子だ。
類稀な才能と美貌を持つ彼だが、幼馴染の私たちにとって――いや、正確には私にとって、あまり良い心象の相手ではない。
むしろ意地悪ばかり言う彼は、私は嫌いだった。
いつからだろう、複雑な想いへ変化したのは。
「ゼルが、どうしたの?」
また面倒なことを起こしたのかと思うと眩暈さえした。
『また閉じこもっちゃったみたいで、王宮で困ってるようなんだよね。だからエステ、行ってきて』
「はっ?!」
『ほら、僕まだ外遊中で、どんなに急いでもすぐには戻れないしさ』
「でも、なんで私が・・・」
『ほら、僕たちの二つ名知ってるでしょ』
氷結の猛獣使い・・・そんな二つ名で、私たち双子は時折呼ばれている。
それは、王妃様・・・ゼルの母親が亡くなった時、失意の彼の氷の封印を解いたから出来た二つ名だ。
『僕は王都にいないし、エステは今王都にいるでしょ。頼んだよ――ああ、もう行かなきゃ!』
そう言うと一方的に通信を切られた。
エステは深い溜息をつく。
正直あまり会いたくなかった。
前に会ったのは約1年前。
私の社交界のデビューの時。
ゼルは私のエスコートをすると言って、父や国王に我儘を通した。
その時から不穏な空気が流れているのを、気づかいグリムではないと思うけど。
それに・・・。
そこまで考えて、耳まで真っ赤になるのを感じる。
「そうよ、あれはゼルが悪いんのだから!」
誰もいない部屋で叫ぶ。
深呼吸すると、心拍数が落ち着いてくる。
あまりゆっくりはしていられない。
あの様子だと、ゼルはまた心を閉ざしてしまったようだから。
エステは扉を開けると、王宮に行く準備をする旨を伝える。
そして、今。
漂う冷気に、身震いをする。
ゼルの執務室の前にいた。
氷が扉を覆い、入ろうとするのを阻んでいる。
「エステリーゼ様!」
ゼルの部屋の前には、狼狽えた初老の男性がいる。
執務官だ。
私は貴族らしくドレスの裾を持って挨拶すると、執務官に向き合う。
「どうしてこんなことに?」
「それが私が出勤した時にはすでに」
「そう、ですか」
今回ゼルがこうなった原因は分からない。
となると長期戦になるかもしれない。
「すいません、少し誰も近づけないで頂けますか?用がある時はこちらが呼びますので」
「しかし・・・」
私の提案に、執務官は言い淀む。
未婚の私が、独身男性の部屋に2人きりとは貴族社会ではあまり良しとされていない。
私の外聞を気にかけているのがよく分かった。
「一応、婚約者候補の1人ですが、幼馴染でもあります。それに私は公爵家の者です。分はわきまえています」
「そう、ですか」
彼は一礼すると、部屋の前を去った。
「さて、と」
エステは、この氷の扉を触る。
普通に押しても引いても、開くわけはない。
エステは呪文を唱えて、もう1度扉を触る。
するとすごい勢いで、氷ごと扉を吹き飛ばした。
「ちょっと!何考えてるのよ!」
鬼の形相で、中にいるはずのゼルを睨む。
「え、ちょっ、エステ?」
椅子に腰掛け、驚いたようにオッドアイの彼は私を見つめてる。
右目は翡翠色、左目は碧眼の彼は、短めの切られた銀髪。
相変わらず、顔は美形なのよね・・・。
女性たちをうっとりさせる美貌を持つ彼は、見開いた目でエステを見つけると優しく微笑む。
「エステ」
そう呼ばれただけで、エステの心臓の心拍数が上がるのを感じた。
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