5、辺境王フェリメル=エスタン


「はあ」

エステは、今日何度目かの溜息をつく。


馬車に揺られ、向かっているのは王宮。

昨日あんな別れ方をしといて、翌日にまた顔を合わせなければならないなんて、憂鬱すぎる。


だけど、兄グリムに頼まれたことなので断れないし、エステの性分から考えても途中放棄なんてありえなかった。


まったく、あの腹黒兄の考えることは計り知れない。


双子ゆえ分かり合えるところも多いのだが、この腹黒さにおいてはエステは不利だ。


夜に通信した時も、

『エステのことだから、途中で辞めたいっていうわけないもんね』

しっかり念押しされていたのだから。


憂鬱な気分のまま、王宮の馬車停まで辿り着くと、知っている顔がいた。


「お兄様・・・?」

エステにとって兄はグリムなのだが、普段から名前呼びしている為、この兄は実の兄ではない。


「エステ?」

エステの顔を見て、辺境王と呼ばれているフェリメル=エスタンは屈託のない笑顔でエステを見ている。


優しい笑顔。

エステは、彼に向かい貴族の娘らしく挨拶する。


「――一気に大人の女性らしくなったね」

眩しいものを見るように、フェリは目を細める。


実に会うには、1年ぶりだった。

幼馴染というには少し年が離れているが、彼も幼いころからエステのことを知る存在だ。


フェリは、隣に立つ騎士に2.3言葉を発し、エステの方に寄る。


「お兄様は、お仕事でこちらに?」

普段彼は、帝国と接する国境を守護する目的で辺境の地にいる。

近衛騎士団の副団長も兼務しているから王宮にいることに違和感はないのだが、正装しているところが気がかりだった。


「うん、まあね」

フェリは曖昧に微笑むと、エステと並びに歩く。


何か任務があって、ここにいるのかもしれない。

これ以上は、私には明かせないのだろうの詮索するのをやめた。


「そう言う、エステは?」

「グリムにしてやられて、臨時の王太子補佐官もどきを」

「――ゼルとなんかあったの?」

彼の翡翠の瞳に一瞬翳りが見えた。


「いえ、特には」

昨日の微妙な雰囲気をあえて話すことはないだろうと、エステは言葉を濁す。


「――そう」

フェリもこれ以上、追及するつもりはないようだ。


エステは安堵の溜息をつき、王太子の執務室に足を向ける。


「それにしても見違えたね、大人になった」


その言葉に、エステは自らの頬が明らむのを感じる。


翡翠の瞳に、銀色の髪、精悍な顔立ちの彼は、その地位や血筋もあいまみあって、いまや最後の優良大物物件として、貴族の女性たちに人気がある。

見た目麗しいのもそうだが、歳が離れているからか、昔から落ち着いた大人の男性の色香とも呼ぶべきものが、彼には備わっていた。


私が憧れてるから、余計にそう思うのかもしれないけど――。

まあ、ゼルには持ち合わせてないものよね。

そう思うが、ゼルの憂いの瞳を急に思い出して、エステは首を横に振る。


なんというか再会してから、大人になったゼルを見てしまったからか、1年と言う歳月を感じるからか、心が落ち着かない。


もっとしっかりしなきゃいけないのに――。


「――懐かしいな。ここでよく4人で遊んだね」

フェリは立ち止まり、庭を見つめている。


亡くなった王妃が好きだった庭。


王宮に引き取られたフェリと共に、4人でよく走り回って遊んでいた。


「ええ、本当に」


「お姉様は本当に優しくて、僕は何度も救われた」

懐かしそうにフェリは、庭を見つめる。


歳の離れた現王の腹違いの弟である彼は、ずっと離宮に住んでいたが、彼の母親が亡くなり、王宮に引き取られた。

当時の彼は、唯一の肉親であった母の死により、心を閉ざしかけていた。


それを救ったのが、王と王妃だった。


好奇な目に晒されることとなったフェリだが、自らの力で奮起し現在の地位を確立したのだ。


素直にかっこいいと思ってる。

その生き方も、人柄も。

義務ではなく望んで行くのだと、出発の日に私たちに話ていた。


そして益々、男の色香というか、そんなものが備わってるのよね。


元々王族は、綺麗な顔立ちをしている人が多いのだ。

国王しかり、ゼルしかり。

その中に、騎士団において実力をいかんなく発揮している腕前もさることながら、他の王族にはない男臭さもあったりする。


表情は朗らかで、昔から変わらないなぁって思うこともあるんだけどね。


チラっと横目で、メタンを見て思う。

女性達がキャアキャア騒ぐもの納得だ。


もてるのに、いまだに独身。

婚約者もいないらしい。

特定の女性がいるという噂も聞かない。


きっと、亡き王妃様の美しさに敵う女性はなかなか現れていないのではないかと、勝手に思っている。


女性が憧れるような強さしなやかさ優しさと、儚さを持った人だったから――。


あんな母親がいて、なんでゼルみたいな子供が出来たのか不思議でならない。

鈍感だし、がさつだし、乱暴だし。

昔から私のことをよく揶揄ってたし。


だけど筋が一本どこか通っていて、憎めないような、不思議な人。


「くすくす、エステ。何考えてるのか知らないけど、眉間に皺よってるよ」

「っ!!」


いけないいけない。

お兄様の横は穏やかで落ち着くのに、なんでかさつなゼルのこと考えて、顰めっ面してるのよ。

気にするだけ時間の無駄なのに。


1つ深呼吸をして、頭を冷静にする。


「お兄様はいつまでこちらに?」

「建国記念パーティーまではいるつもりだよ」

「ああ、そういえば、そんな時期でしたわね」


去年のパーティーでは、ゼルにエスコートされて行ったんだっけ。

そして口論になった・・・。


「今年も、ゼルにエスコートしてもらうの?」

「えっ?」


エスコート云々より、去年のけんかの仲直りさえ、出来ているのか分からない。

手紙のやり取りでは、謝りたい雰囲気があったけど、ここ2日、そんなこと言われてないと思う。


「もし、ゼルと行かないなら、僕がエスコートしてもいいかな?」

フェリは、女性なら誰もがうっとりするような笑顔を向ける。


うっ。

それは不意打ち。

そんな笑顔で言われて、断れる女性なんているのかしら。


だけど去年は王太子、今年は王弟をエスコートされるなんて、他の女性からの嫉妬が怖い・・・。

王族を手玉に取る女・・・なんて嫌味言われるのがオチな気もする。


それに私は――。


返事出来ずに、俯いた。


「まあ、気軽に考えてよ。エステはいつも頑張りすぎるから、もっと甘えていいのに」

「そんな・・・」

頬がどんどん赤くなっていくのがわかる。


昔からお兄様は私を甘やかす。

ゼルに意地悪言われた時も、慰めてくれたのは彼だ。


その優しさがゼルやグリムにもあれば良いのに。


「じゃあ、僕は行くね」

フェリはそう言うと、手を振って去って行った。


エステは彼の後ろ姿を見つめながら、1つ深呼吸すると、ゼルの待つ執務室に向かうのだった。











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