続々  英雄令嬢



 皆様、ごきげんよう。ユリアース・ギルガメッシュでございます。

 わたくしは今、ルビアン様と、そのお兄様、ハイデス様とお茶会を行っております。

 そこでわたくしが常々思っていた事を質問した所、お二人は、信じられないかも知れないけれど、と、前置きを入れて、お答えいただきました。

 とても、とても、難しい話でした。

 オトメゲーム?

 コウリャクタイショウ?

 ヒロイン?

 アクヤクレイジョウ……。

 悪役令嬢?


「え!? 待ってくださいませ! ルビアン様が悪役令嬢ということは、悪役なのですか!? ありえません!! ルビアン様は天使の様にお優しい御方なのに! 聖女様と言うのならば信じられますが!」

「まぁ、ユリアさんったら。褒めすぎですわ」

「そうだよ、ユリア嬢。妹はこう見えて、わりとお転婆で」

「お兄様は黙ってらして」


 そんな気易いやりとりが行われます。

 このやりとりが、あのパーティーで無くなっていたかもしれない?

 ルビアン様が断罪されたかもしれない?

 ハイデス様がらすぼすとやらに、目覚めて、国を破壊する?

 どれもこれも本当に難しい話です。


「……信じられませんよね」


 どこか弱った顔でそう呟かれたルビアン様にわたくしは、首を左右に振ります。


「いいえ、ルビアン様がおっしゃるのですから、わたくしは信じます」

「妹よ、嫉妬してもいいかい?」

「よくってよ、お兄様」


 ふふふ。と嬉しそうに笑うルビアン様はとてもお綺麗で、わたくしもほんわかしてしまいます。

 でもいけません。今はほんわかではなく、真剣に考えなくては。

 わたくしはティーカップを両手で持って一口頂きます。

 お行儀は良くありませんが、昔から考える時のクセです。

 もう一度、お二人がお話してくれた内容を考えます。

 ルビアン様が仰るにはこの世界は「おとめげーむ」というものの世界だという事です。

 そのおとめげーむでは、疑似恋愛げーむらしく、コウリャクタイショウと呼ばれる素敵な殿方達と恋愛して楽しむものらしいです。

 こうりゃくたいしょう。

 攻略対象ですか……。

 おとめげーむには共通いべんとなるものと、個別すとーりーなるものがあると。


「……ルビアン様。質問してもよろしいでしょうか?」

「ええ、何かしら」

「例えば、女性一、男性二の三角関係の恋愛小説があったとします」

「ええ」

「男性の一人は従兄弟。もう一人の男性は幼なじみとして六歳から十二歳の物語を共通いべんと? と考え、十三歳から先は幼なじみと結ばれた話と、従兄弟と結ばれた話の二つがあって、どちらか好きな方を読み手が選べる、という考え方であっているでしょうか?」

「え、ええ。そういう考え方でいいと思うわ」


 なるほど。


「……そういうのって需要があるのですか?」

「それは、好みというのは千差万別ですから。自分を主役と考えたら、好みの相手と結ばれたいものでしょう?」

「……そうですね」


 確かに最初から政略結婚と恋愛を諦めているのでは無く、家格が釣り合う中で好みの方を探せばよいと考えるご令嬢達と考えればよいのですね。

 ……でも、物語の売り方としては面白いかもしれません。後でお従姉様に相談してみましょう。

 それはともかく。


「つまり、えっと、王子殿下のるーと? というものでは、ルビアン様が、嫉妬して男爵令嬢を虐める……と。……普通に考えれば、公爵令嬢から忠告を受けた時点で男爵令嬢は逃げますよ……」


 それを無視して王子に向かうなんてありえないです。


「建前としては、学園は平等、ですから」

「その建前を理由に王子にぐいぐいいくわけですか。凄いですね。そのおとめげーむの主人公という方は」

「そうね。そして、実際、そうだったでしょう?」

「……そうですね」


 そういえばそうでした。

 リアナさんは男爵令嬢の身でありながら王子妃を目指してらっしゃいました。


「ただ。納得いかないのは、王子以外の相手を選んでも公爵令嬢が断罪される、という内容なのですが」

「それについては、私の覚醒が影響しているのだろうね」


 ハイデス様は苦笑交じりにそう告げました。

 どの殿方を相手にしても、ルビアン様が、じゃなかったです、公爵令嬢が男爵令嬢にはしたないと苦言を言い、やがて気に入らないと虐めるそうです。

 ルビアン様はけしてそんな方ではありません。

 ですが、生真面目な公爵令嬢という立場を考えれば、忠告するくらいはしそうです。

 女生徒の中では公爵令嬢が一番身分が高いのですから。それを注意や忠告するのは上に立つ者の義務という考え方も出来るのです。

 ルビアン様は、学生は平等という事で、行いませんでした。

 逆に言えば、ルビアン様から何かしらの命令がくる事は無い。という意味でもありました。

 いえ、実際にそう仰ってました。

 学生は皆平等であるという学校の理念に従うと、だから、もし、「わたくしの命令で」などと言われてもわたくしの命令ではございませんし、その場合、わたくしの名を騙った事になるので、そう言われた方は、ぜひわたくしに教えてください」と。

 これはきっと、ルビアン様が運命に抗おうと考え出した事なのでしょう。と、話を聞いた今なら分かります。当時は凄い方だと思いました。今も凄い方だと思っていますが。

 でも、駄目だったのです。

 パーティーでが断罪が行われました。

 でも、その断罪は、おとめげーむのしなりお? をハイデス様は『運命』と称しました。

 そして、その断罪パーティーで運命が壊れた、と。

 運命が壊れた理由が、もう一人の「ユリア」と呼ばれる存在であるわたくしだった、と。

 そして、ハイデス様の運命も変わった。

 ハイデス様は婚約者に振られ、傷心旅行に出ている間に家族の訃報を聞き、らすぼす? とやらに覚醒。この国の首都を火の海にし、世界を滅ぼそうとする。そして聖女が覚醒する。

 ……そして、こちらも、ユリア嬢との恋愛ルートとなるものがある、と。

 どれだけ凄いんですか、この男爵令嬢。

 あら? でも……。待ってください? 『まだ』なのでは、ありませんか?


「……ハイデス様」

「何?」


 ハイデス様に向き直り、そしてその手を取ります。


「ハイデス様、今すぐ結婚致しましょう」

「え!?」

「ユリアさん!?」

「婚約では駄目です。結婚しましょう。そうでなければ、運命はまたお二人を狙うかもしれません!」


 ルビアン様は、第三王子との婚約は無くなりましたが、第二王子との婚約が新しく結ばれました。

 王子と公爵令嬢の婚約には変わりありません。

 そして、わたくしとハイデス様がもし仮に婚約した場合、なんらかの形で、婚約が破棄されるかもしれません。例えば王家からの意向。他国から高位令嬢がハイデス様に惚れて求婚を申し込んだ場合とかです。

 そしてその場合邪魔になるのが、わたくしです。男爵令嬢なんて、国益から考えたら、ぺいっと排除される可能性だって捨てきれません。

 他にもちょっと見方を変えれば、色々ごまかせそうな状況だと思ったのです。


「ルビアン様からいただいた『ユリア』という愛称も変えた方がいいかもしれません。ハイデス様。一年で構いません。一年後離縁で構いません。契約書も作ります。ですから今すぐ結婚致しましょう」

「ユリア嬢……。今すぐというのは流石に」

「そうですわ。ユリアさん! そのような事を行えば、そうしなければいけない何かが有ったと、思われてしまいますのよ?」

「構いません! わたくしの外聞の一つや二つで、ルビアン様やハイデス様が救えるのなら安いものですわ!」

「ユリア嬢、落ち着いて。運命は壊れたから大丈夫だよ」

「いいえ。そうやって油断しているのが一番危険ですわ、ハイデス様。現状はいくらでも修正が効くと思いますもの。ルビアン様は王族とまた婚約されました。ハイデス様はこれから先、また新しい婚約が決まるかもしれません。学園の卒業パーティーというものに拘らなければパーティーなどいくらでもあります。ハイデス様もそうです。相手が女性当主である必要はありません。婚約後振られて傷心旅行という事ですが、傷心旅行が重要であれば、振られた後に旅に出る必要はございません。旅先で婚約者の訃報を聞くだけで状況は似た物になります」


 お二人の表情が少しばかり青ざめます。

 ルビアン様が、ぽつりと、「バッドエンド?」と不安と恐怖が混じった声を出されました。

 ルビアン様の預言のようなお記憶の中では、それに似た状況のお話があったのかもしれません。 

 

「初婚と婚姻経験ありとでは女性の立場も男性の立場も全然違います」


 まず男性側に婚約期間が無くなります。

 女性側は離縁した後一年は結婚出来ませんが、その後誰かと婚姻を結ぶにはこちらも婚約期間がなくなります。

 何より、乙女のための物語ならば、離婚歴のある方は攻略対象者にはならないのではないでしょうか?

 少なくともルビアン様がおっしゃった、攻略対象の方々には、先生などの年上の方もいらっしゃいましたが、結婚歴がある方はいませんでした。

 か、体関係が、清い事を重視しているのでしょう。


「ユリア嬢、落ち着いて」

「そうですわ。ユリアさん。落ち着いてください」

「落ち着いています。わたくしは、冷静です。まずはわたくしの愛称をユリアから変えるべきだと思います。ユリアという名の令嬢と、ハイデス様が結ばれる運命もあるのですよね?」

「…………ええ、あります」


 わたくしの言葉にルビアン様は、躊躇いながらも答えた。


「そして、その恋が上手く行かず……。世界を滅ぼすという流れも……」


 ルビアン様の言葉にハイデス様の目が少しばかり見開かれて、先程よりも真剣味が増しました。


「ギルでも、メッシュでも、ガッシュでも構いません。そのままギルガメッシュでも構いません。呼び方を変えてくださいませ」


 お二方は困った様に顔を見合わせるだけ。


「ですが、ユリアさん。もし、違った場合。一番の被害を被るのは貴方なのですよ?」

「考えすぎなら良いのです。でも嫌な予感が拭えないのです。なんでしたら婚姻した事は秘密にしてくださっても構いません。必要な人物だけが知っていれば良いのですから」

「……なるほど、それなら」

「お兄様!?」

「ルビアンは話を聞いてどう思ったんだ? ありえないと笑えるか?」

「……いえ、あり得ると思いました」

「私もだ。だが、周りに婚姻した事を秘密にし、一年後披露宴をあげるとすれば、通常の結婚と思われるだろう」


 えっと、一年後離婚でも構わないのですが。


「……女性側のご両親が納得するとは思いませんが……」

「だから一年後に披露宴を行うんだ」


 わたくしと違って色々としがらみの多いお二人です。

 色々考える事もあるのでしょう。

 じっと、見つめ合うというよりも、ルビアン様がハイデス様をとても厳しい眼差しで見つめています。

 やがてルビアン様は扇を開き、そして、パチンと閉ざしました。


「それで、ユリアース男爵令嬢にどのような愛称を? お兄様?」

「おや? 私が決めて良いのか?」

「あらだって、彼女の提案はどちらかといえば、お兄様を守るためのものですもの」


 ルビアン様だってわたくしは守りたいのですよ!?


「……そうだな。では、シュシュと」

「……シュシュですか?」

「そう。嫌かい?」

「いいえ……。もう可愛らしい愛称はないかと……思っていたので……」


 シュシュ。

 音の響きはとても可愛らしいです。


「ありがとうございます。ハイデス様」

「そんなに喜んで貰えて嬉しいよ」


 だって、とっても嬉しいですから!

 




 その後、公爵家の方々に「預言」という形でお二人はお話になりました。そして、わたくしの解決策も。


「……流石にそれは……」

「公爵家のご迷惑にならないように一年後に離縁しますという契約書を書きます」

「駄目」


 信用して貰おうと思って告げた言葉は何故かハイデス様に却下されました。


「え?」

「私は離婚するつもりないから、そんな契約書はいらない」

「えぇ!? ですが、わたくしの家と結婚しても、公爵家に利益なんてありませんよ!?」

「兄上と違って私は次男だし、自分で爵位を得るから公爵家の利益なんて考えなくて良いよ」

「そうですよ。シュシュさん。わたくしを救ったという恩がありますもの。それで十分ですわ」

「いえ、あの。そもそもあれもわたくしからすれば、ルビアン様に日頃お世話になっていた事への恩返しだったのですが……」

「あら。わたくしはただ、お友達と一緒にいたいと思っただけで、世話などしていませんわ」


 えぇぇー……。

 困ったわたくし。

 そしてわたくし以上に困っているのが、今話を聞かされたお二人のご家族。


「二人とも本気で言っているのか?」

「お話した話ならば、本当です。その後、運命がまた戻ってくるかどうかに関しては分かりません」

「ただ可能性は高いと、思ってはいます」

「何故だ」

「私は邪神としての依り代として覚醒するので。相手が神な分、多少の修正はしてくるかと」


 ハイデス様のお言葉にルビアン様以外の皆様でぽかんとしてしまいました。

 らすぼすというのは邪神の事だったようです。

 ハイデス様はわたくしを見て、困った様に笑います。


「恐ろしいですか?」

「いいえ。ハイデス様は、妹思いの優しい方だ、と存じてますし。むしろ、わたくしが思ったのは、お父様を説得しやすくなったな、という事でして」

「「「「「は?」」」」」


 公爵家の方々は戸惑いましたが、実際そうなのです。

 後日。何故かわたくしの実家に公爵家の皆様が訪れるという、重大事件が発生しました。

 いえ、結婚が絡んだお話な上、女性側からすれば、ありえないとなるお話なので、相手側が来るのは、誠意を示すには、と状況的にはありえるのかもしれませんが、男爵という下の地位の者からすれば、呼び出してくださった方が、色々気楽だったとは思います。

 お父様もお母様もかっちこちです。

 屋敷で働く者達もかっちこちです。

 ……来客の準備、大変でしたよね。ごめんなさいありがとうございます。

 わたくしが心の中で謝っている間に話は進みます。


「諸事情により、ギルガメッシュ令嬢と私の息子のハイデスとの婚姻を今すぐ結びたいのだが……」

「今すぐ、というのは」

「婚約期間無し。という事です」


 わたくしが答えます。お母様が悲鳴のような声をあげました。


「そんな!?」

「もちろん、非常識である事は重々承知しております。お義父上。ですので、結婚した事は身内だけで秘匿し、一年後披露宴を行いたいと思います。そうすれば、周りの者は通常の婚約期間が置かれたものと思うはずです」

「いや、そもそも、何故そんな事を? そもそも、我が家は男爵家で……、とても身分的に考えても恐れ多いのですが」


 本来は身分的に断る事は難しい話です。

 ですが、公爵家の方々はとても良い方々なので、無理強いはしないと決めていらっしゃいます。

 ここでお父様が嫌だと言えば、一年の婚約期間が置かれるそうです。

 結婚に関してはハイデス様は諦めるつもりがないと仰ってたので、許可が貰えるまで頑張りますね。とお美しい笑顔をみせてくださいました。

 一体何故そこまで? とわたくし自身は思いますが、結婚が確定であるのならばなおのこと、一年の婚約期間は、お二人を守るためにも不要なのです。


「お父様! 喜んでくださいませ!」

「何をだ!? お前は、いくら婚約相手を見つけてこいと言ったが!」

「そうではありません!」

「(違うのですって、お兄様)」

「(……妹よ、兄を虐めるのはやめてくれ)」

「お父様はわたくしにギルガメッシュという英雄の名を付けました。お父様は、生まれたばかりのわたくしに、英雄の様な人物になって欲しいと願ったのでしょう?」

「それは、……そうだ。男だと思ったから、物語の様な英雄のような男になってもらいたいと思った。それがどうした」

「わたくし、英雄になれますの」

「は?」

「わたくしとハイデス様が今すぐ婚姻を結べば、邪神の目論見を阻止出来るのです!」

「なんだと!?」


 お父様はとても、英雄とか勇者とかそういう物語がとても大好きです。

 ギルガメッシュの何が悪いんだ、と未だに影でグチグチ言っていた事を知っています。

 お父様は騎士になって、英雄になりたいと思うくらいには、大好きなのです。

 お父様は運動が苦手で、騎士になれませんでした。

 弟も残念ながら、無理でしょう。

 お父様の密かな願いは今もずっとくすぶっています。だからこそ、利用させていただきます。


「邪神の復活の阻止! 喩え表に出ない英雄譚であろうとも、わたくしがこの国を救う英雄の一人になるのです! お父様が名付けてくれた名にふさわしい英雄に!」

「よし! 分かった! 結婚を許そう!!」

「アナタ!?」

「「男爵!?」」

「ありがとうございますお父様。お父様の英断でこの世界は救われましたわ!!」


 ええ本当にありがとうございます、お父様!


「い、良いのか? 本当に? 娘の結婚だぞ?」

「ええ、もちろんです。公爵。公爵がこのような田舎にやってくるような事態なのでしょう。ギルガメッシュが結婚する事で世界が救われるのなら安いものです。なぁ? ギルガメッシュ」

「ええ。お父様」


 嬉しそうにお父様はわたくしの名前を出します。

 普段なら、周りが、娘になんて名前をつけるのだ、と眼を向けられるので、ここぞとばかりに嬉しそうにわたくしの名を呼びます。

 でも実際に、この名前だったから、わたくしは家名を使った愛称をつけられたのです。

 お父様は誇って良いと思います。


「一年間後、離縁となっても恨みません。その一年間でギルガメッシュはこんな田舎では得られない経験を得るでしょう。出来る事ならば、そちらでみっちり扱いて貰えれば、出戻り後でも、周辺の者達への家庭教師という職を得て暮らす事も出来るでしょう。お恥ずかしい話、我が家では上質な教育は施せませんから」


 それは、公爵様に対する気遣いの言葉なのでしょう。

 ……半分以上は本音だという事もわたくしは知っていますが。


「……男爵。大事なご令嬢、確かにお預かりします」


 お父様の言葉に公爵様は深く頭を下げてくださいました。

 本当に侯爵様ご一家は皆様素晴らしい方達です。

 三枚一組の婚姻届に両家の名前とわたくし達の名前を記入します。

 立ち会い人は両家の家宰となりました。通常は中の良い貴族の方に頼むのですが、一年後のお披露目の時に、婚姻届をお客様に見せるわけではないので問題はないでしょう。

 こうしてわたくしとハイデス様は夫婦になりました。




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