続々 夜会での噂話。
それはある夜会の会場。
「ねぇ、あの噂、聞きました?」
ひそひそと交わされる噂。
聞こえるか聞こえないか、絶妙な声量で彼女達は噂をする。
もちろん、彼女達は聞かせる気で、特定の人物の名に関してだけ、少し大きく口にしている。それが自分の名前だと、無意識に拾ってしまう。聞き慣れた元婚約者の名も同様だろう。
「聞きました? 婚約破棄の理由?」
「聞きましたわ。あんなお粗末な理由だなんて。あの方の事をよく知れば、ありえない話でしょう?」
「本当ですわ。せっかくご両親が用意してくれた縁談だったでしょうに。ほんの少し我慢すれば、公爵家とも、王家とも縁が持てましたのに」
くすくす。くすくす。
笑う声が彼女の耳に入ってくる。
彼女は怒鳴り返したい気持ちを扇を握りしめる事で押し殺す。
こんなはずではなかった。
こんなはずではなかったのだ。
有能だという事は知っていた。でもあくまで公爵家の子息としてだろうと思っていた。自力で爵位を持つ事の出来る程の人物だとは思わなかった。いや、知らなかった。
王家と公爵家の繋がりだってそうだ。
その繋がりも怪しいものなりそうだったから、未練などなかった。
縁づく方が危険だと判断した。
なのに蓋を開けてみれば、処罰を受ける側が真逆になっていた。
罰せられるはずの令嬢は、別の王子と婚約を再び結び、処罰する側の王子が謹慎を受け、下手をすれば臣籍降下する可能性もあるという。
まさか、あり得ない。正妃の息子が。
だが、何の罪も無い、公爵家の令嬢であり、婚約者を大衆の面前で断罪をしたのだ。
しかも婚約者が居る身で不貞を働いていたのは王子の方だ。
清い付き合いだったとは言うが、それも怪しい所だ、とすら言われている。
なぜなら、公爵令嬢が虐めていたとされている男爵令嬢は正式な挨拶も行った事もない、しかも公爵令嬢の方は虐めたとされた令嬢の顔も知らなかったと言う。
にもかかわらず、王子は一方の話しか信じなかった。
それは、男爵令嬢と婚約者以上の関係になったからではないか、と噂されている。
学園での振る舞いを聞けば、そう思われても仕方がないと周囲の大人達は答えるだろう。
そして、公爵令嬢の言い分については、些か疑いの目が向けられた。だが、公爵令嬢は国の調査員達にこう答えたという。
「お相手の女性を知らない事がそんなに意外ですか? だって、無意味ではありませんか。公爵家令嬢のわたくしであっても、王子に対して、王子のお言葉を否定する事は容易く有りません。ですので、わたくしが何かを告げるのであれば、王子に対してです。わたくしはきちんと、わたくしという婚約者がいるのですから、妙な噂のたつことはお控えくださいと言おうとしましたわ。ですが、『君には関係ない』と言われ、聞く耳を持ってくださらないのです。で、あれば、わたくしにはどうしようもありませんわ。わたくし達の婚約は政略結婚です。そういう方々は、学生時代だけでも自由に恋愛を楽しみたいと思う方々はいます。それが良いかどうかはともかく、殿方はそれが普通の事と認識しておいているのでしょう? 婚約者が下手に食い下がれば、理解の足りない女だ、と馬鹿にされるのですよ? そのような風潮を有る中、特に愛情も何も無い方に、お好きにどうぞ、となるのが当然ではありませんか? 先輩達である皆様がそれを望んだのでしょう? それに対し、今更婚約者としての義務がどうのと言われるのは、お門違いだとわたくし思うのですの。それに、わたくし、学業だけでなく、王子妃教育もございますのよ? 仲の良い方達とお茶を飲み、おしゃべりをするだけでも、予定を調整しなくてはなりません。殿下の遊び相手に嫌がらせをする時間なんてありません。時間の方が勿体なくて出来ませんわ。そもそも、怪しい人物を近づけないというのはわたくしではなく、側近の方々の御役目ではありませんか?」
嫌がらせを行う理由が無い。と伝える公爵令嬢。実際、学園で過ごす二人は、冷え切っていたというよりも、公爵令嬢は、王族になれば、友人とお茶を楽しむ事すらままならない、とそちらに時間を割いていたと聞いている。
確かに、公爵令嬢の友人としては少々身分の低い者もいて、卒業後、親しくするのは難しいだろうという者もいた。
今回の騒動のメインとなる令嬢の一人だが。
今回の騒動は情報収集を男性側で行ったか、女性側で行ったかで、結果が大違いとなる。
女性側の情報を拾っていれば、公爵令嬢が男爵令嬢を虐めているなどあり得ないという話か、もしくは、男爵令嬢という身分で、公爵令嬢にすり寄る嫌な女、という嫉妬混じりの話が聞けただろう。だが、今、夜会で、嘲笑を受けている彼女は、男性側の噂しか聞いていなかった。
婚約を解消した後、夫として迎えるつもりだった男性の弟からしか。
「ハイデス様は、新しい婚約者を迎えたそうですね」
「ええ。今度はご自分でお相手を選んだという事で、大変溺愛なさっているようで、職場でも大層なのろけを聞かされているのだとか」
「あらあら、まぁまぁ。ふふふ」
「ふふふふ」
視線を感じる。どう反応するか見ているのだろう。
「お相手の方、シュシュさんと仰るそうで、とても可愛らしい方なのですって」
「あら。では、前の時は、ハイデス様は大変でしたのね。そのような言葉とは縁遠い方でしたもの」
「ええ、本当に。随分と相手を見下した方でしたものね」
「本当に。たまたま男子がいなかっただけで、実力ではなかったでしょうに」
それは一番言われたくない言葉だったのだろう。彼女は振り返る。
だが、そこにはこちらの様子を見ながら話している者達は居ない。
それぞれが小さな輪になり、近況や最近の流行など、女性らしい話をしているだけだ。
それが彼女達のやり方だとは知っていた。
ここで相手を誤れば、さらなる笑い者となるだろう。
「すまない。待たせた」
エスコート相手が飲み物を持ってやってきた。
「……」
本当に待たせすぎよ。
そう告げたいのを我慢しながら、飲み物を受けとる。
「挨拶に回りましょう」
相手の腕をとり、彼女はその場から移動する。
親しかった者達との歓談で少しは心を落ち着かせようとした。
だが、結果は、新しい婚約者になるであろうエスコート相手の値踏みだけでなく、彼女自身の当主としての資質まで、改めて見定めようとする視線が返ってきた。
何故。
考えるまでも無い。彼らは今まで、あの婚約者が居たからこそ、自分を対等の当主として認めていたのだ。
どうして。
そう口に出来れば、答えが聞けるかもしれない。だが、そんな事は彼女の矜持が許さなかった。
そして、皆の顔の動きに釣られて、彼女は出入り口に視線を向けた。
そこには元婚約者と、噂の新しい婚約者だと思われる女性が居た。
第二王子と、その婚約者であり、元婚約者の妹と共に。
あそこにいるのは、わたくしだったはず。
羨望の眼差しを向けられるのは、わたくしだったはず。
なのになぜ、わたくしは、今、嘲笑の目を向けられているの?
こんなはずでは、こんなはずではなかったのに。
そう思ったところで、遅い。過去には戻れない。
狂う前の運命であれば、彼女の行いは、正しかったのだろう。
だが、破壊された運命は違う。
彼女の行いは間違った事とされた。
彼女がどれほど、神に祈ったところで、
破壊された運命は、元に戻る事も、修繕し訪れることもない。
英雄令嬢と呼ばれた少女が、その名の通り、世界を救ったのだから。
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