続 友情ルート



 お兄様が続編のラスボスであった事は知っていた。

 でも、正直な所、あのお兄様が? という疑問も昔はあった。

 私という存在が変わったからか、お兄様との関係もゲームとは違ったし、お兄様の性格も、知っていた内容と変わったと思えるようになっていた。

 だから、大丈夫だと思っていたのだけど。

 どうやら私が知らなかっただけで、婿入りの婚約は解消されていたらしい。

 傷心旅行は行かなくて良かったのでしょうか?

 少なくとも傷心旅行に行ってたら、わたしの大事な友人に変な事を言い出す事は無かったのに。と思ったりもしますが、口にはしません。今は。

 度が過ぎれば言うかも知れないけど。

 

「彼女はこの金の瞳が恐ろしかったのだよ、本当は。だから、実権を握ったら解消出来る機会を狙ってたのだろう」


 お土産の焼き菓子を食べながらお兄様は言う。

 金の瞳。

 お兄様のこの目を、多くの人達は、嫌悪、恐怖する。

 ゲームの中のわたしも、実は兄のこの目が怖くて、兄自身を嫌っていた。

 兄はそんな妹でも、愛していたのだけど。


「……ユリア嬢は私の目を見ても、何も思わなかったみたいだしね」

「……何も思わなかったわけではありませんよ」


 あの日、初対面でプロポーズした兄の心情の一部を聞いて、わたしは一応、彼女の気持ちを伝えることにする。

 お兄様の一方的な思い込みで、彼女を聖人化されては、彼女が可哀想だ。


「……怖いって?」


 わたしが言いづらそうにしていたからだろう、お兄様はどこか諦めたように口にしたのだけど。


「……いえ、おいしそうだ、と」

「え?」

「旅行の途中で食べた飴が、お兄様の瞳の色にそっくりでした。ご実家のお土産にと買い込んでいたので、一つ譲って貰いましょうか?」


 わたしの言葉にお兄様は、目を丸くしてましたが、楽しげに笑い始めた。


「琥珀酒の様だと言われた事はあったが、飴はなかったなぁ」


 楽しげなお兄様。お兄様はどれくらい本気なのかは存じませんが。


「わたくし、お兄様とユリアさんの結婚には反対です」

「何故?」


 ここできっぱりと反対だという事を伝えます。


「だって、お兄様に嫁いだらユリアさんが苦労するではありませんか」

「苦労?」

「お兄様は爵位も土地も持っていないでしょう?」


 分家として、ギリギリお兄様とユリアさんは貴族籍となるでしょう。ですが、収入はお兄様が働いた分のみ。まぁ、お兄様は有能ですから、それなりにお給料も高くなると思いますし、元々男爵家のご令嬢なので、生活的にはあまり変わらないのかもしれません。ですが、夜会になどは早々出られなくなるでしょう。

 ユリアさん自身はどう思っているかわかりませんが、夜会で話相手がいるのといないのとでは、楽しさが全然違うのです。

 それに、わたくしはどうせなら、ユリアさんには王子妃となるわたくしと気兼ねなくお会い出来る立場の方に嫁いで貰いたいと思っています。せめて最低でも伯爵位……。


「なんだそんな事か。私の最初の婚約が入り婿だったから、爵位は邪魔になるだけと手にしていなかったが、伯爵であれば、爵位も土地も来年には用意出来るぞ」

「なら、わたくしは反対する事は何一つありませんわ。頑張ってくださいませ」


 わたしはあっさりと手の平を返します。

 ユリアさんが苦労しないのであれば、なんら問題ありません。


 それからふと気になった事を思いだし、尋ねます。


「ねぇ、お兄様。お兄様は、その瞳に『嫌悪』を抱くかどうかで相手に対し、色々判断してたりします?」

「ん? まぁ、そうだね」

「もし、相手が、憎い女でも?」

「……さて、どうだろうね。頭を下げられるより、真摯に見つめてくれた方が、許す気にはなるかもね」

「そうなのですね」


 では、あのゲームで、顔を上げて、見つめた事は間違いなかったって事か。


「ルビアン。心配しなくても、私と、君、そして家族の運命を変えてくれたユリアース・ギルガメッシュ嬢を私は何が何でも守るから安心しなさい」


 その言葉にわたしは息を呑む。


「お兄様は……」

「聖女は誕生しない。そうだろう?」

「……そうですね」


 お兄様がわたしと同じなのか、それともラスボスとして覚醒するために識ったことなのか、わたしには分からないけど、誰かが死ぬ未来より、今の未来の方がずっと良い。

 聖女様は頑張って別の事で覚醒してくださいませ。と願うだけだ。

 もっともお兄様が言うように聖女が誕生しなくても世界は困らないだろう。

 だって、お兄様はお兄様のままなのだから。

 続編など始まる必要ないのだ。



 お兄様は、ユリアさんが来る前に立ち去った。

 今日のお茶会は、女子会と銘打っていたので、わたしが退出を促さずとも、約束の時間の前には自ら退出してくれた。

 お兄様が立ち去ってしばらくしてユリアさんがやってきた。

 わたしは笑顔で迎え、席を勧めながら、思い出す。

 わたしが悪役令嬢として登場するゲームには、主人公と悪役令嬢の友情ルートは無かった。

 攻略対象達と友情・婚約・結婚・逆ハーのエンディングはあったが、悪役令嬢との間に友情を育むルートはどこにも無かった。

 いつだって、敵対していた。

 お兄様のラスボスとしての覚醒に「ルビアンの死」は必要不可欠だったのかも知れない。


 ああ、そう思えば思う程。


「ユリアさんは本当にわたくしの恩人ですわ」


 この言葉と共に感謝を捧げたい。何度でも。


 お兄様、手を貸しますから、結婚にこぎ着けてくださいませ。そして、絶対にユリアさんを幸せにしてくださいませ。

 じゃないと、一生許しませんよ。


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