第2話 義妹一人目1
インターフォンの画面に映っているのはショートカットの女性。その右の人物は胴しか映っていない。身長差があるようだ。
小柄なほうの女性に見覚えがあった。引っ越しをしてきたひとだ。ということは右の人物はお下げ眼鏡の女性だろう。
さっそく引っ越しの挨拶に来たらしい。俺は通話のボタンを押した。
「はい」
『あ、どうも~! 隣に引っ越してきた
子猫みたいな声で小柄な女性――臼井さんが言った。
「大丈夫です。今開けますので少々お待ちください」
『お忙しいところすみません』
――妹さんのほうがしっかりしてる感じの姉妹か。
姉より妹のほうが物怖じしない性格なんてことはよくある。しかし――。
――なんか受け答えが妙に社会人っぽくない?
セールストークっぽいというかなんというか。そういう言葉を使い慣れている感じがする。
しかしインターフォンから玄関までの距離は考えをまとめるには短い。すぐに到着し、俺はドアを開いた。
臼井さんが横からひょこっと頭を出した。
「どうも~! 臼井でございます~」
――『ございます』……。
脳裏にちらついたサ○エさんの顔を振り払い、返事をする。
「ええと、高城です。高城大樹。母は舞乃と言いまして、今は仕事で不在です」
「そうなんですね~。わたくしは臼井
と、隣に立っている女性を手で示す。
「妹のアユミです~」
なるほど、逆か。小柄な珠々さんがお姉さん――おそらく社会人――で、大人っぽいアユミさんが妹だったわけだ。姉妹で父親似と母親似がはっきり分かれることはよくある。臼井姉妹はおそらくそれだろう。
アユミさんを見る。お下げの髪と、輪郭が隠れるほどのごつい黒縁眼鏡。その奥から大きな目が俺を見つめている。
ものすごく、見つめてくる。
――え、なに?
これがドラマチックな出会いというやつだろうか。
……いや、ないな。一目惚れするような要素が俺にあるわけがない。あのDMのせいで馬鹿な妄想をしてしまった。
さしずめ引かれるような格好だったのだろうと自分の身体を確認してみたが、いたってふつうだ。と、思う。少なくとも俺の基準では。
まさか鼻毛か、とさりげなく鼻に手をやるがその感触はない。髪だって、ワックスやらなにやらはつけてはいないが、ぼさぼさということもない。
じゃあ、なんでそんなに穴が空くほど見つめるんだ。
アユミさんはくしゃくしゃの笑顔になった。
その表情を目にしたとたん、長らく放置されて埃を被っていた俺の記憶が無理やり引っぱり出された。
この笑い方は――。
「……愛結?」
「そう!」
髪を結っていたヘアゴムと眼鏡をはずし、垂らしていた前髪も横に流す。
そこに現れたのはまちがいなく、俺の最初の義妹、
「お兄ちゃん!!」
「うわっ……!?」
愛結は俺の胸に抱きついてきた。
「ひどいなあ、わたしのことが分からないなんて」
俺を上目遣いで非難する。
「それは、だってお前……、髪型とか眼鏡のせいで」
小学生のころの愛結はストレートのロングヘアで髪を結ってはいなかったし、眼鏡もかけていなかった。しかし気づけなかったのは、愛結があまりにも大人っぽく成長していたせいでもある。
昔の愛結は小さくてあどけない、よく笑う愛嬌のある子だった。それが今は俺より年下にはまるで見えない。
それにくわえて、服を隔てていてもしっかりと感じとれる柔らかくてしなやかな感触。あのがりがりのチビがこんなにも、こんなにも……。
――……はっ!?
珠々さんが白い目でこちらを見ている。俺は慌てて愛結の肩をつかんで引きはがした。
「人前であまりくっつくんじゃない!」
「じゃあドア閉めるね」
「そういうことでもない!」
「? どういうこと?」
「『人前でくっつくな』は『人前でなければくっついてよい』を意味しない!」
「あいかわらずお兄ちゃんは理屈っぽいなあ」
と、屈託なく笑う。
幼いころと同じ、のんびりとした話し方と笑い方。大人っぽい美人に成長しても、中身はやはり愛結のままだ。
――しかし珠々さんがお姉さんって……? それになんで『アユミ』だなんて名乗ったんだ?
再会できたことは嬉しいが、ただ喜んでいるわけにもいかなそうだ。
「よかったら少しあがっていきませんか」
複雑な事情があるなら兄として聞いておきたい。
俺の考えを察したらしい珠々さんは重々しく頷いた。
「やったあ!」
愛結は飛び跳ねて喜ぶ。本人はなにも察していなかった。
「いや、お前の話なんだが」
「? うん、お話しよう」
と、破顔する。
そうだ、愛結はこういう子だ。良く言えば天真爛漫、悪く言えば脳天気。
「愛結……、変わってないな」
「えへへ、そうかな?」
「もう少し変わってもよかったんじゃないか?」
「?」
きょとんとする。なにも分かっていない。まあ期待はしていなかったが。
ともかく話を聞こう。
「どうぞ」
俺はふたりを招き入れた。
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