第14話 嫌いにはなれなかった

「この間は本当にごめん。今度何か俺にできることするから」


 会話が切れると窪は少し気まずそうにしながら、そう切り出した。


「え、いいよ。そんなことしなくて」

「いや、それじゃだめだ。屑は屑でも塵にはなりなくない」

「いやそういうことじゃなくない?」

「考えておいてくれればいいから」

「……わかった」


 少し荷が下りたのか、自然な笑みを向けてくれるようになった。でも中身は変わらず押しが強い感じがして苦笑いを浮かべる。


「知り合ってばかりの俺が言うのもあれだけど、そんなに自分のことを卑下しなくてもいいんじゃないかな?」

「……優しいね」

「普通だけど?」

「じゃあなおさらだ。その優しさに漬け込むやつに気をつけなよ」


 窪は話をそらして、答えなくていいようにしているようだった。幼なじみの彼女ともこうやって話を変えたりしているのだと想像ができたが、それこそ俺が言えることではないと思い、指摘をすることはできなかった。


「それで、話したいことってこれで全部? 他にあるなら聞くけど」

「ああ……その、かゆみのことについてなんだ」

「かゆみ?」


 不思議そうに首を傾げる窪に、織田さんに咬まれた箇所がかゆくなることを自分が立てた仮説を交えて説明する。


「ふぅん。そんなことあるのか」

「その様子だと、知らないかな」


 真剣な顔つきでこちらを見つめてきて、自然と気が引き締まる。


「まずひとつ言うことがある。あまり吸血鬼のことを探ってはいけない。これは俺の同胞を守るためでもあるし、君を守ることにもつながる。知り過ぎたことはわざわいを呼ぶこともあるから」

「じゃあ教えてもらうのは無理か……」

「いや、君に危害を加えたびとして答えよう。君と同じようにかゆみのあった人がいたかいなかったか答えるくらいなら大丈夫なはずだ」

「ほんと!?」


 窪の言う禍には納得いくものがあった。俺が知るには過ぎ足るもので、それを知ってしまったがゆえに周りの人を危険にさらすことにもなるかもしれない。それでも、俺が知っても問題ない範囲を考え、教えようとしてくれるのはとてもありがたいことだった。

 知っていることは少ないし、自分のことを卑下してしまうようだけれど、目の前の窪という男は聡明な人なのだろうと思った……幼なじみが関わらなければ。


「ああ。……残念だけど、そういう人に会ったことはないんだ」

「そっ、か……」


 予想はしていたけれど、はっきりと否定されてショックを受ける。織田さんも、織田さんのお母さんも知らないのだから、窪だって知らない可能性が高いのはわかっていた。わかっていたけれど少し期待してしまったのだ。もしかしたら、って。


「だけど、俺は屑だからね。血を吸った相手の後のことは詳しく知らないんだ。ごめんね」

「あ、いや……」


 窪が謝る必要はないのに、上手く言葉を口に出せないでいる。……やっぱり俺は窪が言うような優しい人じゃないのだろう。


「さあ、もういいかな。もう日が暮れる。帰る時間だね」

「あ、うん……教えてくれてありがとう」


 何とか言えた感謝の言葉はひどくつたないものに聞こえた。


 窪も後は帰るだけだと言うので、ふたりで途中まで帰ることにした。人気のない校舎には階段を降りる足音が響いて、少し気まずかった。


「窪」

「ん?」


 しばらく考えていたことを思い切って口に出してみる。


「幼なじみの彼女とのこと、話を聞くくらいならするよ。相談には乗れないかもしれないけど」

「……いいの?」

「うん」


 今回のことで怖い思いもしたし、実害がなかったとは言えないけど。なぜか窪のことを嫌いにはなれなかった。同情と言われてしまえばそうかもしれない。それでもやっぱり、ふたりが上手くいったらいいと思う。それはふたりが結ばれるとかじゃなくて、お互いに言いたいことが言える関係になったならいい。話を聞く限り、今は話し合うこともあまりできていないみたいだから。


「ありがとう。聞いてもらえるだけでも嬉しいよ」

「……そうやって幼なじみにも素直になればいいのに」

「それができたら、苦労しないだろうね」


 そう言って笑う窪の表情には悲しみが見え隠れしていた。


 ***



「おはよ」

「おはよう。どうしたんだ?」


 翌日、登校すると最上が近づいてきた。いつもは席に座ったままこちらを気だるげに見てくるか、うつぶせになっていることが多い。だからわざわざ近づいてくるのは、決まって何か用ある時か、辻さんもいる時だ。


「昨日はどうだった?」

「昨日?」


 何かあったかと考えてみるが、思い当たる節がない俺に、にやりと最上が笑う。


「窪と会ったんでしょ?」

「えっ、なんでそれを……」

「まあまあ、いいじゃないか」


 いや、全然良くないんだけど……


「それで、どうだった?」

「いや……」

「なになに、穂積くん窪くんに会ったの?」

「わっ!」


 後ろから急に声が聞こえて振り返ると、辻さんがにこにこと笑顔を浮かべて立っていた。


「辻さん……」

「呼ばれた気がして!……っていうのは嘘だけどね! おはよう!」

「嘘なんだ……おはよう」


 最上もそうだけど、辻さんも辻さんで冗談がわかりにくい人である。ちなみに最上は無表情で言うタイプ。ふたりとも共通して、いつも通りの様子で冗談を口にするから本当のことに聞こえるので困ってしまう。


「最上くん水くさいぞ! 我ら穂積くん応援し隊の仲じゃないか!」

「何それ」

「今日言おうと思ってたんだ」

「ならいいけどさ!」

「誰も聞いてくれない……」


 楽しそうに話しているふたりを見るのは俺も楽しいけど、勝手に話を進めていくのはやめてほしい……


「まあいいや。織田さんには言わないでね、窪に会ったって」

「何で?」

「はっ! もしかして三角関係!?」

「三角関係とかじゃないから」

「言わなきゃいいのか?」

「うん」


 秘密にするつもりはないけど、話すなら俺から話した方がいいと思っている。……思っていたのに、そう上手くはいかないのが世の常なのか。


「穂積くん!」

「え、何、どうしたの?」


 授業後すぐに勢いよく近づいてきた織田さんに、思わず体を引いてしまう。


「私、聞いたんですよ! 穂積くんがあの人、窪くんに会いに行ったこと!」


 即座に最上と辻さんの方を向くと、ふたりとも首を振って否定していた。てっきりふたりが言ったのかと思ったのに。


「こっち向いてください!」

「あっはい、ごめんなさい」


 思わず謝ってしまうほど、剣幕。相当怒らせてしまったようだ。


「何でひとりで会いに行ったんですか! 行くなら私も連れて行ってくれないと!」

「ごめんなさい……」

「私は心配してるんですよ! 危険なこと理解してますか!?」

「それはもう十分わかったよ。だからせめて声を小さくして……」

「むむ……」


 視線が痛い……絶対これ誤解されてるやつ……


「やっぱり私より、あの人がいいんですか……?」

「そういうわけでもないから!」


 しょんぼりと落ち込んだ織田さんの様子を見てか、周りがざわついた。……誰だ修羅場って言ったの。本当にそういうのじゃないからほっといてくれ!


「じゃあ私の方がいいってことですか?」

「それは語弊しかないんだけど!?」

「……違うんですか?」

「違、わないのがな……」


 悩ましいところだよな……窪か織田さんかと言われたら、織田さんの方がいいのは本当だし……

 嬉しくなったり悲しくなったりと、ころころと変わる表情。見るからにしょんぼりするから強く否定できなくなる。


「それで、何で会いに行ったんですか? 教えてください」

「特に言うようなことはないけど、聞きたいことを聞きに行っただけだよ」

「……そうですか。進展はありましたか?」

「残念なことに、何も」


 織田さんも、織田さんのお母さんも、そして窪もわからないとなると、もうこのかゆみの正体はわからないままかもしれない。

 ひとまず、皮膚科に行ってみよう。強いかゆみが生じるのは咬まれた箇所と、蚊に刺された箇所だから先生にも原因はわからないかもしれないけど。もしかしたら、俺の予想が外れていて何かの病気だった可能性もあるのだから。

 本来ならば、早いうちに皮膚科に行って検査してもらった方がよかったのに、織田さんに首以外のところに咬んでもらった、かゆみの検証に気を取られて皮膚科に行けていなかった。

 でも織田さんに咬まれてからじゃないと皮膚科に行けないかもな……

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