第15話 胸の高鳴り

 強い日差しが照りつける昼間。

 腰かけたベンチには日光をさえぎる屋根が取り付けられ、涼しいまではいかないが十分暑さをしのげている。額に汗が浮かぶのは避けられないのだけど。

 そんな暑さの中、なぜ夏休みの昼間に公園に来ているかというと、隣に座る織田さんとの約束を果たすためだった。



「お待たせしましたー!」


 その声がした方へ顔を向けると、織田さんが荷物を抱えてこちらへと走っていた。いや荷物多くないか……? 見るからに重そうで、思わず駆け寄った。


「走らなくて大丈夫だから! 転ばないでね!」

「転ばないので大丈夫ですー!」


 そうして俺の前へたどり着くと自慢気に見上げてきた。


「ほら、大丈夫でしたよ!」

「うん……でもほんとに急がなくていいから」


 両手に荷物を持った状態で転んだら手をついたりできなくて、怪我をしてしまうかもしれない。すぐ側にいれば支えられるけど、少し離れた場所 ── 目は届いても手は届かない距離だと助けられないだろう。


「でも穂積くんが待っているのに、急がないのは無理では!?」

「無理なの?」

「無理です!」


 そんな胸張って言うことでもないけど……


「気をつけてね」


 結局そんなことしか言えなかった。もっと強く言えたらいいのかな……



 公園の中では、お昼時だからか人が少なくて、ゆったりと過ごせそうでほっとした。織田さんから預かった荷物を間に置いてベンチに腰掛ける。


「この公園初めて来ましたけど、屋根があっていいですね!」

「織田さんは日差しに弱くはないみたいだけど、真夏だからね。熱中症にならないようにと思って」

「わ、気にしてくれてありがとうございます!」


 織田さんはよくある吸血鬼の弱点は効かないみたいで、体育の授業も普通に参加していた。だからそんなに気にしなくてもいいかもしれないが、やっぱり吸血鬼の苦手なものは避けた方がいいような気がしてしまうのだ。


「創作の吸血鬼は日差しが苦手だったり、にんにく、十字架もダメだったっけ……」

「そうですね。私も小さい時は日光が苦手でしたよ」

「え、そうなの?」


 思わぬ事実に驚いた。てっきり昔から平気なものかと思っていた。


「はい、よく立ちくらみをしてました。成長するにつれて改善されましたけど」

「そういうこともあるんだ……」


 そういえば、織田さんの子どもの頃の話とか聞いたことなかったな……

 ふとした疑問。そんな疑問を持つくらい、織田さんに関心があるということを、その時は気にもとめてなかった。


「さあ、お昼ご飯食べましょう! 私お腹空きました!」

「あ、うん。食べよう」


 先ほどまで俺が持っていた荷物に昼食が入っていたらしく、中から弁当箱を出して見せてくれた。


「はい、これがお弁当です!」

「わ、ありがとう。別々で作ってくれたんだ」


 個別のお弁当箱にそれぞれ詰めてくれたようで、手間をかけさせてしまったなと思う。


「あ、でも入り切らなかった分も持って来ちゃいました。どれくらい食べるかわからなくて」

「ああ、だから重かったんだ」

「あはは……持ってもらえて助かりました」


 出てきたのはタッパがふたつ。どうりで予想以上に重かったわけだ。たくさん作ってくれたことがわかって、笑みがこぼれた。


「じゃあ開けさせてもらうね」

「どうぞ」


 ふたを開けるとおにぎりに卵焼き、からあげにきんぴらなど、色鮮やかですべて美味しそうなものばかりだった。


「すごいね……いろんな種類の作ってくれたんだ」

「へへ……タッパーでもいいかなと思ったんですけど、せっかくなので父のお弁当箱を借りてきました」

「え!」


 お父さんという言葉に、体がビクッと跳ねた。


「その、お父さんには言ったりしたの? 今日使うって……」

「あ、はい! 両親には穂積くんとピクニックに行ってくると伝えてきました!」


 それって大丈夫だったのかな……

 ほら、娘さんが男性にお弁当をつくっていくだけでもショックを受ける人もいるって言うし。ましてや、自分の弁当箱を使うって聞いたお父さんの心境を考えたらゾワッとした。


 織田さんのお父さん! 織田さんとは何もない……わけでもないけど! 血をあげるような仲なだけで! 誤解を生まないでいただけるとありがたいです! ……なんてことは言えないので曖昧に頷いておく。


「そ、そうなんだ……」

「両親も感謝してるんです。穂積くんにお世話になってるから」

「お世話に……?」


 心当たりがなくて首を傾げた俺を見て、織田さんが笑みを浮かべる。


「そうだ! これ、両親からです」

「え、何?」


 織田さんが持っていたもうひとつの荷物の正体は菓子折りだったらしく、それをずいっと渡される。


「お礼しなさいって叱られてしまいました」

「いや、お礼もなにも必要ないのに」

「いいえ! 私がもらってばかりで何も返せていなかったので、これからはちゃんとお礼します!」

「いや、ほんとにいらないよ」


 やんわりと押し返して受け取らないようにしたが、織田さんの力が強くて逆に押し返される。


「ダメです! いっそ口止め料としてでもいいので受け取ってください!」


 それでもあまりにも必死だから、しぶしぶ受け取ることに。


「……じゃあ、これはもらうね。ありがとう」

「はい!」


 輝くような笑顔を向けられて、まあいいかとも思った。いや、全然強く出れてないじゃん……


「じゃあ今度は血を増やす食べ物を持ってきますね!」

「え、なんで!?」

「さっきのは両親からのお礼で、今度は私からのお礼です!」

「えぇ……」


 さっきのでもう十分お礼はしてもらったから、それ以上はいらないのに、あれこれと考える姿を見て止めることはできなかった。


「ほんとにいいのに……」


 そんな俺の声は織田さんの耳には入っていかず、蝉の鳴き声にかき消された。


 織田さんの料理は見た目も味も美味しかった。普段料理しているのも納得の味だ。

 そうしてお弁当を味わって食べていると、ふいに織田さんが話し出した。


「── 今日こうして穂積くんとピクニックに来れてよかったです。私、そんなに外で遊んだりしたことなくて……まあ記憶がないだけかもしれないですけど」


 少しうつむく織田さんに、どう声をかけたらいいのかわからない。


「穂積くんには本当に感謝しているんですよ。今日だけじゃなくて、今までずっと、私の秘密を知っても仲良くしてくれて。態度が変わっても、拒絶されても仕方ないって思っていたけど、側にいてくれる人がいるのって嬉しいことですね!」

「織田さん……」


 笑顔をつくる織田さんは少し痛々しい。今、俺が何を言っても同情でしかなく思えて口をつぐんだ。


「……本当にありがとうございます。私、穂積くんと出会えてよかった! やっぱり、穂積くんのこと好きです!」


 ── 胸が大きな音を立てた。心臓がおかしくなったのかと胸を抑えてみるが、しばらく収まりそうになくて、高鳴る胸の鼓動に戸惑うしかなかった。


 本当に嬉しそうに楽しそうに笑うから、なんでもしてあげたくなってしまった。その笑顔を見られるなら、たぶん無理難題を吹っ掛けられても最終的には許してしまうだろう。そんな力を、織田さんは持っているみたいだった。


 きっと俺は織田さんを拒否できない。でも何でだろう。窪の時は嫌だったのに。織田さんを嫌だと感じる時はなかった。とても不思議で、どうしてそうなのか、知りたいけれどまだ知りたくないような気もして。自分のことなのに、以前よりももっとわからなくなった。

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