第13話 上手くいかないことばかり
「まさか、訪ねてくるとは思わなかったな」
授業が終わった後、教室に訪ねてきた俺を見て窪朔夜はひどく驚いているようだった。
「話したいことがあるんだ。今からいいかな」
「……いいよ」
ところ変わって屋上へやって来た俺達がまず最初にやったのは人がいないかの確認であった。前例があるのだから、きちんと確認してからにしなくては話せるものも話せない。
ちなみに屋上の鍵は一旦俺が預かることにして、脱出経路を確保することができた。そこまでするなら別のところで話せばいいという指摘がされそうだが、家に招くのも嫌だし、かと言って人気のある場所だと話ができない。
鍵を持っていても逃げられないかもしれないが、その時はその時だ。何せ俺には防犯ブザーがあるのだ。……なぜこんなものを持っているのかというと、織田さんに渡されたからである。
……いや子どもか? もしくは織田さんの弟なのか俺?
もちろん渡された時に返そうとしたさ。もらえないって言った。でも聞き入れてもらえなかったんだよ……
「プレゼントです! 返されても困ります!」
「いや俺も困るんだけど!?」
なんて言い合いをしていたが、結局は丸め込まれて俺のものになりました……
高校生になって防犯ブザーを同級生からプレゼントされるとは夢にも思わなかったので、苦い顔をしてしまったのは許してほしい。心配からなのはわかるけど、そう吸血鬼に襲われることもないと思う。実際にそう言ったら織田さんには油断大敵だと叱られた。えぇ……ちょっと納得いかない……
まあそんなわけで、無理やり血を奪いに来た場合はこれを引っこ抜いて放り投げればいい。それもできるだけ遠くに投げるのがいいらしい。でも屋上だから投げ過ぎはいけないけど。
念のため距離を取り、ドアを背に対峙する。ポケットに入っているブザーを握りながら、窪をまっすぐ見つめた。
「それで話って何かな? ……あ、メモ見てもらえたならわかると思うけど、彼女のことを誰かに言うつもりはないから大丈夫。一応同胞だからね」
「……本当にあの時の人で合ってる? 別人だったりしない?」
ひとつ目の目的がさらっと達成されたことに、疑いの目を向けてしまうのは仕方ないことだと思う。だってあまりにも別人過ぎるのだ。目の前の男に口を歪めて笑っていたあの表情はなく、むしろ人の良さそうな笑みを浮かべている。
「そう言われるのもおかしくないかもね」
自覚あるのが怖いんだが。窪が俺の教室に来た時も、さっき窪の教室を訪ねた時もそんな顔してたし、大抵の人にはそうやって笑っているのかもしれない。これが普段の窪か。
「本当はあの時、話をしてみたかっただけだったんだ。君のような人を、俺は知っているから」
「俺のような人?」
その声は何かを憂いているようで、少なくとも嬉しそうなものではなく、その言葉自体も引っ掛かって思わず聞き返した。
「……少し、俺の話を聞いてくれない?」
その顔がやけに真剣そうな顔に見えて頷いた。もとより話をしたいと思ったのも、この男のことを知りたかったからだ。
「ありがとう」
そう言って窪は俺から視線をそらすと、遠くを見ながら話し出した。
「少し前まで、いろんな人の血を吸ってきたんだ。それも相手が貧血で倒れるくらい容赦なく、両手じゃ収まらないくらいの人達を。俺の顔を気に入って近寄ってくる女性の血を
問いかけられた言葉にどう反応していいのかわからなくて、ただ聞くことしかできずにいた俺を見て、窪は特に反応を示すことはなかった。
「そんなある日風邪をひいたんだ。結構な熱が出たから全然動けなくてね。罰が当たった、にしては弱いと思うけど。それから熱がある程度下がった頃、無性に血が欲しくてたまらなくなった。でも今からそんな相手を探す余力はなくて、そんな時に隣に住む幼なじみを思い出した。もう頭が回っていなかったから、どうやって彼女の部屋に入ったかは覚えていない。やっと意識がはっきりした時には彼女の血を啜っていたよ」
窪はそう言うと鼻で笑った。おそらく話の流れからして、それを向けた相手は自分なのだと思った。
「
当然、幼なじみが急に血を吸う吸血鬼だとわかって怖かっただろう。痛みだけは理解できるのに、頭は追いつかない。クラスメイトがそうだった俺ですら驚いたのだから、相当なはずだ。
それでも笑いかけたその人は、何を思ったのだろう。
「幼なじみって言っても、昔は遊んでたけどその時はもうほとんど関わりなんてなかったんだ。彼女は真面目なのに対して俺は屑だから、もう関わることなんてないと思ってた。まあ小中高と同じ学校だから関わらないとかはなかったかもしれないけどね」
言葉の端々に自分を卑下する気持ちが表れていて、何とも言えなかった。誰かに言われた言葉や耳にした言葉を、いつの間にか自分が1番自分に向けるようになって、そうとしか考えられなくなる。自分にも少し心当たりがあって、心にもやがかかった。
「それから、俺が吸血鬼だっていうことを伝えたら、彼女はそうなんだ、で終わらせたんだ。意味がわからなかったよ。罵倒しても、慰謝料とか何か要求しても良かったのに、何もしなかった。俺が見る分には今まで通りで、バカだなとも思ったけど、敵わないなとも思った。変わらなかったのが、嬉しかったんだと思う」
そう言う窪は優しそうな顔をしていたが、次の瞬間には表情が落ち、俺の心臓はひゅっと縮んだ。え、怖……
「だけどそれって俺に興味ないからかもしれないってある時思ったら、何かムカついてきて……ちょっかいかけるようになって、血が欲しいってお願いしたらくれたよ。その時にはもう、意味わかんないけど好きになってた」
好き。その好意が恋愛感情から来るものなのか、俺はよくわからないでいる。
織田さんが俺に向ける好意も、俺が織田さんに抱く感情も、俺には判別がつかない。
でも窪は、その人を思う気持ちが恋だと気がついた。それが少し、羨ましく感じた。
「そんな彼女に俺がやったことは血を奪うばかり。なんで血をくれるのか聞いてみたかったけど、どんな言葉が返ってくるのか怖くて無理だった。上手くアプローチもできず、踏み出すこともできない。そんな屑で意気地なしな俺にイラついてた時、君達の話を聞いた。彼女と似たような君に、聞いてみたかったんだ。どうして血をくれるのか、君ならわかるかもと思って」
それで質問責めされたのかと、ようやく疑問が解消された。やはり血を吸うのが目的ではなかったらしい。
「結局上手く聞けなかったからまじで屑だなと思ったけど」
「……あれ? あの質問は? 血で気持ちがわかるってやつ」
あれは気になっていたけれど、織田さんには聞けなかった。もしそんなことができるなら、心の中を覗き見されているようだし、自分でも知らない感情を知られてしまいそうで嫌だ。
変にドキドキしながら聞いた質問に、窪はあっさりと答えた。
「ああ、アレ。あんなのないよ」
「ないの!?」
「ある訳ないでしょ。俺が欲しかっただけなんだから」
どこまでも不器用な好意を抱く窪に、少し気が抜けてしまう。なるほど、あれは窪の願望だったわけね……
いろいろとあって疲れたけど、ひとつわかったことがある。
「本当にその人のこと、好きなんだな」
「好きでも傷つけてばっかりだけどね」
確かに、話を聞く限りだと窪はその人を傷つけてばかりいるのかもしれない。
「釣り合う自分になりたいけど、そう上手くはいかないな」
ちっとも好きだと伝えられていないようだから、その人は好意を持たれていることを想像もしていないのかも。
「……俺は、流されるように織田さんに血をあげるようになったから、自分の気持ちとかわかんないよ」
それでも、これから伝えることはできるはずだ。
「血を吸われることに気持ち良さなんて感じてないし……俺は窪の幼なじみじゃないから。彼女がどう思うかは彼女に聞いてみないとわからないよ」
「そう、だよね……」
「でもひとつ言えることがあるとすれば、窪もその幼なじみの人も、会話が足りてないってことかな」
圧倒的なコミュニケーション不足。ふたりとも自分がどう思っているのか伝えられてない。昔とは違うから、あまり話さなくなったから仕方ないで終わったらどうしようもない。
「会話……」
「話さないと、伝わるものも伝わらないと思う。まあ俺も人のこと言えたもんじゃないけど」
織田さんをどう思っているのか、自分自身もわからなくて何も伝えないでいる。自分で答えを出してから伝えたいというのも、自己満足なのかな。
「正直、すぐにはできないと思うけど、頑張ってみるよ」
「……うん」
今俺に話しているように、その人にも話したらいいのに……なんて、相手が違うのだから同じようにはいかないよな。
どうして自分のことになると、上手くいかないのだろう。客観性に欠けるからだろうか。
他人のことになると違う側面から見ることになるから、必然的に客観的に見ることになるのか。そこら辺はよくわからないから置いておくとして、自分も自分で上手くいかないことだかけだなと思い、ため息をついた。
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