第12話 まだわからない答え
「それで、何話してたんですかあの人と!」
そう言って詰め寄ってくる織田さんの肩を掴んで距離を取る。
深夜、いつも通り窓から入ってきた織田さんは差し出したクッションに座ると早々に問いかけてきた。
不満げな表情を隠すことなく見てくる織田さんの前に座り、口を開く。
「何って、屋上で織田さんに血を吸われてるところを見られたこととか」
「エッ」
「あと俺の血が欲しいって言われたり」
「ダメです!!」
「俺に興味があるらしいよ」
「ダメ!!」
眉間にしわを寄せてこちらを睨み付けてくる織田さん。怖くはないけど、さっきよりも見るからに怒っていた。
「いや、ダメって言われても……」
──困る。俺もあの男に血をあげるのは嫌だけど、織田さんがダメと言える立場なのかは疑問が残る。どうしたって織田さんが俺の血を奪う立場なのは変わらないことで、与える方ではないだろう。
「でも嫌なんです! 相談してくれたらって言ったけど、やっぱりダメ!!」
「うーん……」
「結局あの人には血をあげてないんですよね!?」
「そう、だけど」
「これからもダメですからね!!」
勢いに押されて小さく頷く俺を見て、織田さんは満足そうに大きく頷いた。
何でそんなに俺の血をあげたくないの。
そう疑問に思うのは変なのだろうか。今ここで聞いてみたかったけど、口には出せなかった。
答えを聞くのが怖いのか。もしかしたら、何か彼女に期待していることが心の奥底ではあるのかもしれない。
自分の織田さんに対する気持ちがわからない今の状態でその答えを聞いて、もし聞き返されでもしたらたぶん何も答えられない。何で聞きたいのか、気になるのか、その答えを自分はまだ持っていないから。
それともうひとつ。あの男が織田さんのことを化け物と言っていたことは伝えられなかった。俺の口から言えば余計に傷つけてしまいそうで。
それに彼女を化け物だと言うならば、あの男は自分のことも化け物と言っていたことになる。それは自分がそう思っているか、そう言われたことがあるのか、そう言われた誰かを知っているということ。
大前提として、俺の血が欲しいだけなら初めから押さえつけて奪えば良かった。それから脅しても遅くはない。でもそうしなかったのはなぜか。そうしなかった理由があるはずだ。
あと執拗に質問してきたことも気にかかる。面白がっていた可能性も0ではないが、まだ不確定要素が多い段階で全てを伝えるには軽率な気がした。
「それにしても見られてたなんて! 全然気づかなかったです!」
「俺も。今回は相手も吸血鬼だったから良かったけど、もっとちゃんと確認しないといけないね」
本当にあれは焦ったし、心底安心した。不幸中の幸いだったと言える。
もしあそこにいたのが吸血鬼ではない人だとしたら、俺達はどうなっていただろう。好奇の目に晒されていた? 俺達だけじゃなく、家族にも影響が出ていたかと思うと冷や汗が出る。
織田さんが酷いことはしないと俺はわかっていても、知らない人からしたら怖いだろう。本能的に恐れ、排除しようとする。その恐れは怒りとなって攻撃的になるかもしれない。俺だって織田さんだったからこうやって受け入れられた。よく知っている人が吸血鬼でも怖いだろうに、見知らぬ吸血鬼に襲われるかもしれないと考えたら怖くて仕方ないはずだ。そう考えるとなぜ織田さんのことは平気だったのか不思議で首を傾げた。
「あ! でも内緒にしてくれるんですかね、あの人」
「あー……」
「まあでも、吸血鬼の存在は秘密にしたいでしょうし、大丈夫だと思いますけど……」
笑い者になるとまでは言わないが、信じる人はどれくらいいるか。様々な物語の題材に使われるくらいミステリアスな存在の吸血鬼。存在すら疑わしいそれが実在していると聞いて、逆に呆れる人もいるかもしれない。
何よりも自分がそうであることを隠している人がそれを広めたりするだろうか。自分が疑われる可能性もあるのに。
何にせよ、再度口止めをするためにも彼とはもう1度話してみた方がいい。そうひとりで決意して窓から帰る織田さんを見送った。
その翌日、下駄箱を開けると折り畳まれた紙が入っていた。その紙を取ってみるもノートを破いた切れ端のようなもので、中央に『秘密は守るよ』という一言と共に『朔夜』と右下に書かれていただけだった。
最初は何のことかわからなかったが、ふと昨日の男が名乗っていた名前を思い出した。同じような読みができそうなのと、秘密という言葉からして昨日の男だと推測する。
完全に信用はしないが、わざわざ下駄箱に入れてきたことから考えても急を要することではないのかも。
考えを巡らせながら、落とさないように紙をポケットの奥にしまい込んだ。
「最上」
「何」
すでに教室にいた、眠そうに机にうつぶせていた最上に声をかける。朝は大抵こうして動かずじっとしているが一応起きているらしく、話しかけてもいいと知り合ってすぐに言われている。
「昨日の昼に来た男子、覚えてる?」
「うん」
「あの人について知りたいんだけど、知ってそうな人とかいる?」
まあ急ぎではないと言っても、朔夜について少しは知っておきたい。
たとえ最上が知ってなくても、違うクラスメイトに聞いてみればいいや。そんな考えでとりあえず尋ねてみた。
「いないならいいんだけど……」
「……2年7組、
そこまで言うと最上は息を吐いたが、あまりにも
「こんなもんかな」
「え、し、知り合い?」
「違う。昨日調べた」
「調べたぁ?」
「辻さんと」
「なんで!?」
先ほど得た情報もどこかへ行ってしまいそうなほど衝撃を受けた。頭の中は疑問でいっぱいになる。
「知らないやつだったから」
「知らない人のことって調べるものなのか?」
「知らない」
「やっぱり調べないよね!?」
もう1度最初から考えてみても調べるに至った理由が見えてこない。
調べる……? どうしてそうなった……?
最上の短い言葉のどこから質問したらいいのかわからずに口をつぐんだ。ちょっと誰か助けてくれ……
「あ、やっと来た」
そう言って反らした最上の目線を辿ると、ちょうど辻さんが教室に入ってきた。
「あ、おはようふたりとも!」
「おはよう、じゃなくて!」
「ん? どうしたんだい?」
「窪のこと調べたってなんで!?」
いつも通り挨拶をしたところで辻さんにも説明を仰ぐ。すると何でもないことのような顔をして話し出した。
「ああ! あの男子と穂積くんの後を織田さんが追いかけるように出ていったのを見て、これは怪しいと思ったんだよ」
「怪しい?」
「わざわざ場所を変えたこともだけど、織田さんも出て行くなんて何かあるに違いないと思ってね。話の内容が気にならないとは言わないけど、穂積くんが知らない相手っていうのが引っ掛かったんだ」
どことなくキリッとした表情で話す言葉には説得力があった。ひとつ引っ掛かるところもあったけど。
「穂積くんと織田さんのふたりにちょっかい出すのは止めたけど、応援する気持ちは抑えられなくて。あの男子のことを調べてみたって訳さ」
「案の定きな臭いやつだったけどね」
ぼそっと最上が呟いた言葉は辛口でありながら的を得ていて、少し笑えた。
「まあ助かったけどさ。あんまりそういうのやらない方がいいよ。危ない人もいるだろうし」
「……そうだね、気をつける」
「気をつけます!」
「なんか心配だな……」
そこでもうやらないとは言わないんだよな、ふたりとも……いつか痛い目見るよ?
「それで、どうするんだい?」
「どうするも何も、することはないよ」
「様子見?」
「うん。それにテストがあるし」
「うわぁ……真面目」
「私なら気になって突っ込んじゃうな!」
「笑い事なの? それ」
様子見をしたいのも、テスト勉強をしたいのも本当。緊急性がないのなら学業もきちんと取り組まないと。
「でも本当に嫌な時は嫌って言うんだぞ!」
「ん? ちゃんと言ってるけど」
「いつか優しさで痛い目見そう」
「何だそれ。別に誰にでも優しい訳でもないよ」
ふたりが顔を見合わせてため息をついた。ちょっと今何でため息ついたんだ。
それから宣言通り、テストが終わったその日。俺は2年7組の教室に来ていた。
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