第7話 謎は謎のまま

「やっぱりかゆいな」


 手首はいたことで赤くなっていた。

 かゆみの原因を探るためにも、昨日織田さんには首ではなく手首を咬んでもらったのだが、咬まれた箇所がかゆい。

 やはり以前仮定した通り、傷を治す際に副作用でかゆみが生じているのだろうか。

 それを知る手掛かりは織田さんのお母さんが握っているはずだ。原因さえわかればこのストレスから解放されるだろう。

 気持ちを落ち着かせるように息を吐いた。


 その翌日。

 いつもと変わらない朝だった。最上と辻さんがやって来て、ふたりの会話にたまに混ざったり。

 そんないつも通りの光景に突撃してきた人がいた。


「穂積くん穂積くん!」

「わ! 何、どうしたの」

「アレ! 聞いてきましたよ! いつ言いましょうか!?」


 近づいてきたのは織田さんで、「誉めて誉めて!」と言わんばかりの笑みを浮かべた姿はボールを取ってきた犬のようだ。

 荒ぶるほど振っているしっぽの幻覚すら見えそう。


 "アレ"………とはおそらく俺のかゆみについてだろう。


「えっと……ここだとあれだから場所を変えたいんだけど」

「あっ、そうですよね。すみません」


 途端に勢いを失って、しょんぼりする織田さんに少しの申し訳なさを感じる。


「うん……あ、もうホームルームまでそんなに時間がないからまた後でにしよう」

「わかりました! では!」


 そうして、まるで嵐のように去っていった彼女を見て呆気に取られた。


「何だったんだ?」

「うーん、ちょっとね」

「これは怪しいですな最上くん」

「そうだね辻さん」

「ちょっと頼み事してただけだよ」


 誤魔化してみたものの、ふたりして「ふーん」と口にしているあたり、納得はしてないんだな。

 でもふたりには秘密だ。織田さんのことも話さないといけなくなりそうだから。

 内緒にはしてくれるだろうけど、あまり広めることでもないから言わない方がいいだろう。


 ***


「結局時間なかったね……」

「仕方ないですよ。日直なんですから」

「また連絡するよ」


 俺が日直だったりと何かとバタバタしていて、もう部活の時間となってしまった。

 織田さんも俺も部活の活動日だから行かなくては。


 その日の帰り道、織田さんから連絡があった。

 今日の夜に伺いますと。

 スマホをしまい空を仰ぐと、曇り空が広がっていた。


 ***


 今日の夜って、雨だったんだなぁ。

 窓から外を見ると小雨が降っていた。

 スマホを取り出し、織田さんに連絡を入れる。


 それから数時間後。

 ベッドに入り寝ようとしていた時、わずかに音が聞こえて窓の方に目をやると、織田さんが立っていた。

 それもちょっぴり雨に濡れた状態で。


「織田さん!」

「こんばんは」

「いやこんばんはじゃなくて! 今日じゃなくていいよって連絡したのに……」

「あ、そうだったんですね。普段あまりスマホを見ないので見てませんでした」

「それにちょっと濡れてるし……」

「これくらい大丈夫ですよ。傘をさしてきましたから」


 バルコニーに置かれた傘を指して、何でもなさそうにそう言った。

 スマホを見てなくても、雨が降っている中で行こうと思うなんて……


「それに、穂積くんに早く知らせなきゃって思ったんです」


 その言葉を聞いて唖然あぜんとした。

 彼女が雨の中やってきたのが俺のためだったことがわかって、何も言うことができずに息を吐いた。


「ちょっと待ってて」


 部屋にあるタンスの中からタオルを取り出して織田さんに差し出す。


「ほら。これで拭いて」

「いやいや、大丈夫です! そんなに濡れてないですし、私これでも丈夫なんですよ!」

「いいから」


 強制的に織田さんの頭にタオルを被せると、諦めたのかおとなしく髪や服を拭き始めた。


「拭けたらこっちで洗濯するから頂戴」

「え、でも」

「いいからいいから」

「あ、はい。ありがとうございました……」


 タオルで拭く手が止まったため、タオルを回収する。

 無理やり押し付けたんだし、洗濯はこちらがやらないとね。


「あ! そんなことよりも聞いてください!」

「そんなことじゃないんだけど……」


 さっきまでおとなしく拭いてたのに……


「母が言うにはですね、咬まれた所がかゆくなるのは聞いたことがないそうです」

「え、ないの?」

「はい。あ、私の父は普通の人間なんですけど、父がかゆいって言っているのは聞いたことがないと言っていました」

「ちょっとストップ」


 何か聞き捨てならない言葉が聞こえたような?


「え?」

「織田さんのお父さんって人間なの?」

「はい、そうですけど?」

「初耳なんだけど?」

「あれ?言ってませんでしたか?」


 聞いたのは、傷の治癒能力は織田さんとお母さんにしかないってこと。あと駆け落ち。これは聞きたくて聞いた訳じゃないよ、織田さんから言ったからね。


「いやでも言う必要はなかったのか」

「何ですか?」

「いや」


 なんとなくお父さんも吸血鬼なんだと思ってたけど、まさかハーフだとは。

 それは駆け落ちするのかもしれない。俺にはよくわからないけど……

 デリケートなことだからそんなにポンポン答えるものじゃないよな……

 それでも言ってしまう織田さんの口が軽いのか。それか無防備過ぎるのか。

 まぁどちらにせよ……


「じゃあこのかゆみは何なんだ……」


 昨日もこの前咬まれた手首がかゆくなっていたのに。

 やっぱり病気にでもなったのか。


「あ、もしかしたら穂積くんのようにかゆくなってしまった人もいるかもしれないんですけど、だいたい経過を見ることがないので……」

「要観察、かぁ………」


 進んだようで何も進んでいないような……

 先が思いやられ、気が遠くなりそうだ。

 かゆみは日が経つ程に遠ざかっていったため、今皮膚科に行っても特にわからないかもしれないし。


「元気出してください! 私も協力します!」

「ありがとう……」


 でも織田さん。俺の仮定では傷が治る際の副作用が原因だと思うから、たぶん織田さんに咬まれなきゃ大丈夫なんだよ………

 でも落ち込ませてしまうだろうし、血をあげることを了承したのは俺だからね。何も言わないよ。

 かゆみが何とかなればいいんだよ、うん。


「ではもう夜も遅いので失礼しますね」

「うん。あ、雨降ってるし危ないんじゃ……」

「では!」


 そう言って織田さんは窓を開けて傘をさし、ぴょんっと飛んだのを最後に見えなくなった。


「え、身体能力こわぁ……」



 このかゆみの正体がわかる時は来るのか。

 織田さんに血を吸われ、かゆみに悩ませれる日々は続くのであった。

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