第5話 それを恋だと言うけれど
「ねぇ」
「何?」
「ある人をじっと見つめるのって何でだと思う?」
休み時間、斜め前に座る最上が問いかけてきた。
以前は話すには遠すぎる席同士だったが、席替えをしたため現在は俺が窓際の2列目後ろから2番目に、最上がその斜め前の席となっていた。
これでもう無断で席を借りる必要はなくなった訳だ。
「……何で?」
「うん」
じっと見つめてくるその眼差しは、答えを出すまで逃がさないとでも言うようだった。
「……それはまぁ、その人の挙動を見逃さないようにしてるとか?」
「……なるほど」
「何、そんな場面にでも出くわした?」
そうじゃなかったら、聞きそうにないだろう。
「今」
……いま?
「今まさに出くわしてる最中」
「いまぁ!?」
それにしても顔に焦りやら戸惑いやらを感じないのはなぜなのか。むしろわずかに笑みを浮かべてすらいる。
「初めてだよ、これが視線が痛いってことなんだね」
「そんな冷静な分析をするんじゃないよ」
なんかもっとそわそわするものじゃないの?
微動だにせず、瞳が揺れることもしない最上の姿が不思議で仕方がない。
さっきの質問からして何で見られてるのかわかってないでしょうに。
人に見られてるんだよ意味もわからず。
「今が初めてならもうこれからない経験かもしれないでしょ? もう少し感じてようかと思って」
「……確かに」
視線が痛いって感じるとこはあまりないかもしれない。視線を感じても痛いまで行くことは稀か……?
「いや気になるでしょ」
「気になるねぇ」
「気まますぎる……」
ダメだ、ダメージどころか真に受けてない……
というか視線が痛いらしい最上の近くにいる俺も見られているのでは……?
思わず身体が固まった。
「ねぇもう堪能できた? そろそろ気になって仕方ないんだけど」
「そうだね、そろそろ止めにするか」
この変な緊張感から解放されると思うと安堵でため息が出た。
それと同時に身体を動かした時とは違った疲労感が襲ってくる。
「なんでそんなに平気そうなんだよ……」
本人は今も顔色も変えずにいる。本当にこの違いは何なんだ。
「それは俺を見てないからかな」
「……え?」
何を言っているのか理解できなかった。
「でもさっき視線が痛いって……」
「うん。穂積に向かった視線が流れてきて痛い」
「言ってよ!」
ごめんと言って笑うその顔は、反省の色が見えなくて
ちょっとむかつく。
「え、誰なのさ」
「うーん。誰だろうねぇ」
最上が顔を右に少し向けたのがわかって、そちらへ視線を滑らせた。
「あ、バレちゃったみたいね」
「おゎ……」
「あらまぁ、機能停止してる……」
そこにいたのは織田さんに板垣さんのふたり。
目が合ったことに驚いたのか織田さんとずっと目線が合っていて、反らせずにいた。
そこへ授業の始まりのチャイムが鳴り、反射的に目を反らしてしまう。
実際は数秒だったのかとしれないが、体感としては10秒は目が合っていたように思う。
内心すごく驚いていたが、その出来事をなかったことに頭の隅へと追いやり、無理やり授業に集中した。
そんな状態の俺は、最上や板垣さん、ましてや織田さんのことを気にしている余裕はなかった。
***
授業後の教室には、まるで抜け殻のようになっている朱莉の姿があった。
「朱莉、大丈夫?」
「……だいじょばない」
彼女の机にはほとんど板書されず白が多いノートが置かれている。
真白は朱莉の側に立つと、その肩をぽんぽんと叩いて慰めた。
「絶対変に思われた……」
「別に目が合っただけなんだからそこまで気にしなくていいでしょ」
「無理、もう見れない……」
話すどころか見ることもできなくなると、もはや仲良くなるのは絶望的ではないだろうか。
「目が合っちゃったんだよ、見てた時に」
「あれだけ見てたら気付くよ」
「だって見始めたら止まらなかったの……!」
「それはもう中毒に近いんじゃないの」
食べ出したら食べ終わるまで止まらないお菓子のようなことを言い出した朱莉。
おどけて言う訳でもなく真剣な朱莉に、真白は呆れた顔をしてしまった。
「明日になったら同じことしてそうなんだけどなぁ」
真白の言葉は朱莉に届くことなく消えていった。
***
部活が終わり、いつもならひとりで歩く道を今日は最上と歩いていた。
部活が違うため、一緒に帰ることはテスト週間といった部活のない日以外にはなかったが、今日は相談したいことがあって付き合ってもらうことにしたのだ。
「それで? どうした?」
「……実はさ、ある人に好きなのかもって言われたんだ」
「……ふーん」
織田さんが吸血鬼
ただそれほど驚かない最上の反応は想定内ではあったが、もう少し反応してほしいと思うのはおかしいのだろうか。
「それでさ、その人は誤解してるんだ。たぶんそれは恋じゃないんだよ……」
血が美味しかったのは好きな人だからなんかじゃなくて、ただ口に合っただけ。恋には関係ないだろう。
「そうなのかな」
「え?」
思わず最上を見れば、その瞳も俺を真っ直ぐ見つめていた。
「彼女が恋だと言うなら、そうかもしれないよ」
「いや、でも……」
血が美味しい=好きっていうのはまた別なんじゃないだろうか。それはとても心とは違った本能的なものに感じる。
「……もう少し、そのままでいたら?」
「そのまま?」
「そう。穂積は友達以上の関係性になりたいとか、付き合いたいとかは言われた?」
「……いや、好きになっちゃったかもとだけ」
確かにどうなりたいとかはないとも言われていた。
それはおそらく付き合いたい訳じゃないってことなのかな。
「好きになられて困ることでもあるの?」
「……今の所ないかな」
「そう。それなら求められた時に考えればいいよ。その人の感情はその人だけのものだから。その人が好きだと思うのならそうなんだと思うよ」
……不確かな感情だからと、彼女の思いを全て否定していたのだろうか。それは俺にしていいことではないのかもしれない。
「そうなのかも、しれないね」
「俺の持論だから絶対ってことはないけどさ、自分の気持ちが違うって言われるのは悲しいんじゃないかなって」
「うん」
「最終的に、ふたりが納得する答えになればいいなって思うよ」
前を向くその横顔はどこか大人びて見えた。
歩みを止めず、自分も真っ直ぐ前を見つめる。
「うん。相談に乗ってくれてありがとう」
織田さんの恋は誤解かもしれないけど、不確かなその感情を俺がないと証明することも難しい。
彼女にまだ教えてもらっていないこともあって、彼女との関係はこれから続いていく予感がしている。
その前に俺と織田さんは今
それからはあまり会話をすることなく最上と別れ、それぞれの家に帰ったのであった。
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