第4話 気づかない好意

 ある朝、荷物を整理していると、視界の端に制服が映り顔を上げた。


「あれ、織田さんだ。おはよう」


 その制服の正体は織田さんだった。

 俺と彼女の席は近くないため、少し珍しいように感じる。


「お……」

「お?」

「おは「おっはよーございます!」」

「わ。辻さん、おはよう」


 辻さんは離れた所から早歩きでやってきた。今日も元気だね。


「うむ! 友と挨拶をしなくては朝が始まらないからね!」

「そうなんだ。……あれ、織田さん何か言いかけてなかった?」

「な、何も! それでは!」


 織田さんはこちらと目を合わせることもなく行ってしまった。


「何だったんだろ……」

「おや? これは私が邪魔してしまったのかな?」


 邪魔とは?

 何の心当たりもなくて、頭には疑問しか浮かばない。


「んー。何か言うのも野暮というものかもしれないね」

「辻さん、さっきから何言ってるの?」

「なに、こちらのことだから気にしなくていいぞ!」


 何か誤魔化されたようで不可解ではあるものの、この様子だと教えてはくれなさそうだ。

 そうしてその出来事がすっかり頭の隅に追いやられた翌日に、彼女はまたやって来た。


「織田さん、おはよう。何かあった?」

「えっと……」


 昨日も何か言いたそうにしていたけれど、結局わからず終いになった。だから何かあるのなら聞きたいんだけど。


「お」

「お?」

「お「おはよう」」


 振り向くと近くに最上が立っていた。心なしか昨日よりは目が開いていて眠そうではない。


「あれ? 邪魔した?」

「いや! 大丈夫です! では!」


 この流れ、昨日もあった気がする。またほとんど話さないまま行ってしまった。


「悪いことした?」

「そんなことないと思うけど。昨日も何か言いかけて行っちゃったんだよね」

「ふーん」


 俺が話しかけたらいいかな。

 何か用があったのかもしれないし。


「穂積?」

「あぁ、ごめん。ぼんやりしてた。」


 話しかけるのに躊躇して、またうやむやになっていった。


 ***


「う~……」

「荒れてるね」


 一方、朱莉は席に座り、ひとり唸っていた。

 真白はその様子を近くに立って見守っている。


「だって……」


 穂積がいる方へ顔を向けると、最上と話す姿が目に入った。

 最上までとは言わずとも、気軽に話ができるようになりたい。そんな願いのもと、この2日間朝の挨拶を試みてきた。

 しかし結果は惨敗。辻と最上が来た途端に逃げるように去ってしまった。いつになったら恋をした(仮)相手と話ができるのだろうか。


「……私も一緒に行こうか?」

「……大丈夫。もう少し頑張る」


 朱莉は気合いを入れるように、小さく握り拳をつくった。


「ありがとう、真白ちゃん」

「私は何もしてないわよ」

「応援してくれているが私にはわかる! だからありがとうなの!」

「……そう」


 朱莉が頑張ると言うなら、もうしばらく見守ろうと真白は思うのであった。


 ***


 そして翌日。

 3日間続けて織田さんが近寄ってきた。


「あ、織田さん。おはよう」

「お」

「お?」

「おはようございます!」

「……うん、おはよう」


 びっくりした。そんなに勢い良く挨拶されるとは思わなかった。


「敬語じゃなくていいのに」

「いやこれは癖というかなんと言うか」

「話しやすいならどちらでもいいよ」

「……では、心のおもむくままに」

「あ、うん」


 言い回しが独特だね?あまり聞き覚えがないし、使わない言葉なんだけど?


「あ、そうだ。連絡先交換しない? ちょっと聞きたいこともあるし」

「連絡先!? いいんですか!?」

「いいもなにも、こっちから言ってるのに」


 スマホを取りに席へ戻った織田さんを見送って、自分も鞄からスマホを取り出した。


「お待たせしました!」

「それじゃあ交換しようか」


 戻ってきた織田さんと連絡先を交換する。

 織田さんは無事交換し終えたスマホの画面をじっと見てから、スマホを両手でぎゅっと握った。


「で、では!」


 そう言って足早に去っていった織田さんから視線を外せば、辻さんと最上がこちらに来ていた。


「彼女と話せたかな!?」

「ん?まぁ話してたね?」


 戸惑いながらも肯定すると、辻さんの笑みが深まった。


「良かった良かった!」

「うんうん」


 ふたりして頷いているが、俺は何が良かったのかわからない。


「どうしたのふたりとも」

「いやー! 織田さんが穂積くんと話したそうにしているものだからさ!」

「話しかけるのを止めておいた」

「そういうこと!」


 ドウイウコト?

 絶対に説明が足りてない。


「話したそうって、いつ?」

「一昨日!」

「昨日」


 そういえば織田さんがいた時にいたな。それもひとりずつ。


「そんな素振りあった?」

「あった」

「ありましたありました!これは邪魔したなってね!」

「え~?」


 何か用事があるのかなって思ったけど、それから話しかけてこないから気にしなくていいのかと。


「だから話せてよかったなって思う訳です!」


 何かにこにこしてる辻さんに、少し嫌な予感がする。


「少し親しくなれたようで!」


 あれ?


「仲良くなる前って緊張するのか?」

「するする! 話しかけていいのかな、不快に思ったりしないかなって!」

「そんなもの?」

「そんなもの!!」


 俺の思っていた方向とは違った答えが帰ってきた。

「好きだったりする?」みたいなことを聞かれるのかと思った。

 異性と話していると、なぜか勘ぐられることがあって、それが苦手というか嫌に思うことがある。

 でもふたりは気にしていないみたいで、俺が意識しすぎていたのだろうか。

 会話に入らず、ふたりの会話をぼーっと眺めていた。


「穂積は話しかけるの緊張する?」

「……俺?」

「うん」

「緊張はしないかな」

「だってさ」

「えー! そうなのか! もしや私は少数派!」

「それはわからないけど」


 否定も肯定もしない最上の返答に辻さんは頭を悩ませている。

 いつも通りのふたりの掛け合いに自然と口角が上がった。



 その日の8時頃、織田さんに電話をしてみることにした。

 聞きたいことがあるから、電話をしてもいいかと尋ねてみると、「大丈夫です」との返事が返ってきたため電話をかける。呼び出し音の3コール目で繋がった。


「あ、もしもし。織田さん?」

「は、はい」

「急に電話してごめんね。時間とか大丈夫?」


 お風呂とかご飯とかがこの後あるんだったら申し訳ない。そうでなくても、あまり時間がかからないようにはしたいと思う。


「だ、大丈夫です。あとは寝るだけなので」

「それなら良かった。この前聞き忘れたことがあったんだけど、学校で聞くのはちょっと難しいかなって思ってたんだ」

「えっと、それは私が吸血鬼なのと何か関係があったりします?」

「そう。実は織田さんに咬まれたところがかゆくなったんだけど、何か知ってる?」


 このかゆみがなければ、もしかしたら血を吸われてるなんて夢にも思わなかったかもしれない。それだけ不可解なことだった。


「え? かゆいんですか?」

「うん。度々首がかゆくなるんだよね。何か関係あるのかな」

「……私の知る限り、咬まれてかゆくなったって聞いたことがないです」

「そうなんだ……」


 じゃあ咬まれたからかゆくなったんじゃないのかな。

 頻度とかからして虫さされとかじゃなさそうだし、やっぱり皮膚科行った方がいいのか?


「もしかしたら、そういうこともあるのかもしれないですけど……母に今度聞いてみます」

「ありがとう、よろしく」


 ひとまずは織田さんのお母さんからの返事を待ってみよう。それから皮膚科に行くのでも遅くはないはずだ。


「後は何かありますか?」

「後かぁ……あ、嫌なら答えなくていいんだけど、血は頻繁に必要なの?」


 これはちょっとした興味。血を吸われた身としては気になるところである。


「あー、あの、創作でありますよね。たくさん血を吸う吸血鬼とか」

「織田さんもそういうの見たりするんだね」

「あまり好んで見ることはないですけど」

「へぇー……」


 吸血鬼が吸血鬼の作品見たりするんだ。少し意外に思う。

 現実とのギャップもありそうなのに。


「私の場合、たくさんの量を頻繁に必要とすることはないですけど、完全に絶つこともできないです。なのでちょっとずつ血をもらうことにしています。」

「週1くらい?」

「そうですね、ちょっとずつならそれぐらいかと」

「そうなんだ……」

「燃費がいいのかはわかりませんけど」

「燃費」


 言葉の言い回しもそうだけど、チョイスも独特。


「あの、それで、話が変わっちゃうんですけど、今度血をもらいに行ってもいいですか?」

「うーん」

「やっぱり駄目ですか!?」

「いや、少しあげるくらいならいいんだけど、またかゆくならないかなって」


 無性にかゆくなるのも嫌だけど、"首かゆい系男子"からは逃れられないのかもしれないと思うと少し憂鬱だ。


「あぁ、確かにかゆいのは嫌ですよね……」

「でもいいよ」

「え」

「次もかゆくなったらちょっと考えるけど」


 その時はその時考えよう。

 そうならないように祈っておくけど。


「本当ですか! ありがとうございます!」

「うん。あ、でも次に来る時は言ってね」

「はい!」


 いつの間にか吸われているのもあれだし、咬まれたせいでかゆいのかも調べないといけないからね。


「じゃあ聞きたいことも聞けたし、電話も終わろっか」

「あ、はい」

「じゃあね、おやすみ」

「お、おやすみなさい」


 通話を終了して、スマホの画面をぼんやりと見つめる。

 電話越しの彼女の声はなんだか別人のようで、少しむずがゆかったが、聞きたいことが聞けて満足していた。


 この時は気づいていなかったが、またしても言うの忘れていたことがある。

 織田さんに、たぶんそれは恋じゃないということを。

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