第2話 質疑応答のお時間です

 教室に戻ると、席に着いて友達と話す織田さんの姿が目に入った。

 先ほど話していた彼女は、教室で見る彼女とあまりにも違っていた。「好きな人」発言もそうだが、あんなにもこちらの話を聞かない人だっただろうか。

 去年同じクラスであったが、あまり関わりがなく知らないことばかりで、更に吸血鬼だなんて存在自体も不思議な人だなと席に座ってぼんやり考えた。


 その夜。

 ちょうど金曜日だったから今日も夜更かしして、織田さんが来ないか待ってみることにした。

 でも前日も遅くまで起きていたせいか、眠気に負けてしまったようで、気づいたら朝を迎えていた。


 もしかしたら今夜こそ来るかもしれない。

 昨夜のリベンジを決意し、準備として昼寝もした。

 そうした対策をしたものの、それでも眠気に誘われた俺は抗うことができず、いつの間にか眠りに落ちていった。


 ……

 肌を何かで擦られている感覚がする。

 目をぎゅっと閉じてからゆっくりと開ける。

 俺の上に乗る人影には既視感しかなかった。


「……あ」


 その人影は俊敏にベッドから降りると床に正座をした。


「お邪魔してます」


 その正体はやっぱり織田さんで、不法侵入もしてるし、なんか嫌な予感がするんだけど……?


「もしかして……」

「はい、ごちそうさまです!」

「やっぱりかぁ……」


 俺がガクッと肩を落とすのに対して、満面の笑みで一礼した彼女に怒る気も失せてしまう。

 思わず深いため息が出た。


「まぁいいや、過ぎたことは仕方ない。織田さん、今時間ある?」

「今から? 大丈夫です」


 仮にも男である俺の部屋に血を吸った犯人(窃盗?)であり女性を引き留めたことに対して、警戒心がないと言われるべきなのは俺か織田さんか。


 床にクッションを置いて、そこに座ってもらって話をすることにした。


「じゃあ質問。今日も血は吸ったんだよね?」


 彼女はさも当然のように、なぜそんなことを聞くのか不思議そうな顔で頷いた。


「俺の傷は? 咬まれたはずだよね?」


 俺の考察の通りなら、首元にがぶっといかれたはずだし、どこもじくじくと痛んでいないのはおかしい。前回舐められたことから、唾液か何かが治癒効果のあるものだと思っているんだが……


「そうですね?」

「なんで治ってるの?」

「ああ、そのことですか。」


 何度か頷いてから、自慢するようにふんすっと胸を張った。


「なんと、私の唾液にはちょっとした傷を治す力があるんです!」

「だろうね。それって他の吸血鬼とかもそうなの?」

「え!? なんで驚かないんですか!? ここはもっと驚くところですよね!? もしかしてたいして特殊ではない……?」

「そんなわけないから」


 まるでショックですとでも言うように口を半開きにさせて固まっているが、そんな特殊能力者、ぽんぽこいるわけないでしょ。


「それで? 織田さん以外にはいるの?」

「えっと、母はそうなんですけど、他の吸血鬼はあまり知らなくて……」


 苦笑いをする彼女にこの先を聞くのは止めておこうかと思っ「母が駆け落ちしたんです」たんだけど?


「なので母方の祖父母のことはわかりませんけど、父方の祖父母のことなら知ってます! そんな能力は母と私にしかありません!」


 ……要約すると、治癒能力は織田さんとお母さんにしかないってことかな。織田さんのお母さん家の人達がそういう能力を持ってそうだね。

 織田さんの家庭事情は、ちょっと聞かなかったことにしよう。うん。


「あと、咬まれた時痛みで起きなかったんだけど、どうしてかわかる?」

「それは穂積くんが寝坊助? なのでは?」


「……え」


 皮膚を突き破られても起きないとかヤバくないか。

 流血ものなんだが……?


「やだなー! 冗談ですよ。痛くないように催眠効果のやつをえいやーとかけているので大丈夫なんです、たぶん」

「たぶん……」


 めちゃくちゃ信用ならないんだけど……?

 楽しそうなところ悪いんだけど、こちとら不安爆発してるんだよ? そこんところわかってないね?

 さっきの真顔で言われたから普通に信じたんだけど、達の悪い冗談は止めてもらっても?


「あと……織田さんどうやってここに来たの?」

「あれ? 穂積くん知らないんですか? 私の家斜め上にありますよ」


 なんだって……そんな近くに住んでいるなんて知らなかった。

「それぐらいの距離ならひょひょいのひょいですよ」と言う言葉も無視していいですかね。何がひょひょいのひょいなのか一旦置いておきたい。


 頭が痛くなってきて、眉間をほぐしていると、彼女の手にタオルが握られているのが目に止まった。


「そのタオルは?」

「ああ、唾液が残っているのは気持ち悪いかと思いまして、濡れたタオルで拭きました」


 タオルを持ち上げてそう話した織田さんに、ありがとう、と小さくお礼を言う。

 でも色々と突飛しすぎててその気遣いが霞んでしまうのは致し方ないのだろうか。少し複雑な気持ちになった。


「あの、私からも質問、いいですか?」

「うん、いいよ」


 質問責めにして悪いことをした。

 織田さんは視線をさまよわせながら、意を決するように拳を握った。


「私、本当に窃盗で捕まらないんでしょうか……?」

「大丈夫じゃないかな。……あ、でも、不法侵入では捕まるかも」

「やっぱり私捕まっちゃうんですか!?」


 まるで雷に打たれたかのように目を大きく開いて固まった。


「ごめんごめん。カメラとかに写ってなかったら大丈夫だと思うよ」

「カメラ!! 壊したら証拠なくなりますか!?」

「いやだめだよ、それやったら余計捕まるよ」


 私は捕まる運命なんだ……と床に手をついてひとりでいじけているけど、おそらく捕まることはないと思うよ。俺の家のバルコニーには防犯カメラ付いてないし。

 でも俺もかゆみと戦ってたから何も言わないでおくよ。ごめんね。


 それにしてもカメラを壊そうとするなんて、なかなかに暴力的だな。

 今話していても、普段教室で見る織田さんと性格が違って見える。

 正直関わりがなくてどんな人なのかわかっていないのもあるが、本来はこんな感じの人なのかもしれない。


「うぅ……今日はひとまず帰ります。お邪魔しました……」

「あ、ちょっと─」


 行っちゃった。今回も窓から出ていったけど、カメラに見つからないといいね。

 でもこっちも情報を整理したいから良かったかも。

 頭痛い。


 少し冷えたベッドに入り込めば、織田さんと話したのが疲れたのか、次第にぼんやりとしてきた。



「そういえば、恋じゃないって言うの……忘れた、な……」

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