かゆみは恋を連れてくる
伏見 悠
第1話 これが恋の味?
かゆい。
それもいつも同じ場所。
いつからだったかは覚えていないが、左側の首と肩の間の辺が無性にかゆくて仕方なくなった。
ここって首?肩?ってところ。俺にもよくわからないので誰か教えてほしい。
毎日ではないが、結構な頻度でかゆくなるため気になって仕方がない。虫刺されか気のせいだと思っていたのに、そうじゃない予感しかしない。それにかきすぎて傷ができても、数日のうちに綺麗になっているのだから不思議である。
他の部分と治るスピードが違いすぎて怖い。
皮膚科に行くのに戸惑う早さである。
おまけに、かゆくて触ったりつねったり、首の辺によく手をやるようになった。
おかげでいつも首が痛い人みたいになっている。
そう、「首痛めてる系イケメン」ならぬ「首痛めてる系男子」になってしまっているのだ。
「首痛めてる系イケメン」は2次元のイケメンによくあるポーズらしい。友人に教えてもらった。
イケメンしか許されざるポーズではないにしても、カッコつけていると思われるのもなんか嫌だ。それに、それを言うなら俺は「首かゆい系男子」である。
とは言え、対策もなく、我慢は数日後に諦めた。なぜならかゆいから。ただそれだけ。
まぁあまりにもそんなことが続くので、さすがに皮膚科に行こうかと思っていたそんな矢先。
かゆみの原因が判明した。
それは皆が寝静まる夜中。眠りが浅かったのか、ふと目が覚めたのだが、ジュルジュルと聞き馴染みのない音と痛みは、覚醒しきらない頭でも気づくほどに異質だった。
首元にある生ぬるい何かと、耳に残る啜る音に体にかかる重み。
反射的に身動ぎしたのに驚いたのか、それは体から離れ月明かりに照らされた。
暗がりで顔は見えなかったがそれは若い女性のようで、華奢な体と顎から滴り落ちる赤が不釣り合いだった。
それは窓を開けるとそのまま出ていった。慌てて外を見ても、下にも上にも何も見当たらず忽然と消えていた。
***
翌朝、自分の席でいつものように首の辺にかゆみを感じていると、「やぁ、今日も首がかゆいみたいだね!」と呼びかけられた。
「あぁ、辻さん。おはよう」
「おはよう! 今のところ君の首のことを気にする声はないから安心するといいよ!」
「そっか、ありがとう」
「気にしなくていいぞ! 私が君に言わなければ知らなかったことだろうからね!」
側に立っている彼女は、俺に「首かゆい系男子」という称号を与えてしまったことを気にしているらしい。
「首痛い系イケメン」のことを知っていたため、俺のことも首が痛いのではないかと聞いてみたら、違った上に要らぬ知識を与えてしまったと考えているようだ。
そんなに気にしなくていいのに、女子達の中でそれらしい声がないか聞き耳を立てている。
「それにしても、そんなにいつもかゆいなんて大丈夫かい?」
「うーん。でも原因はわかりそうなんだよね」
「おぉ! 良かったね!」
「おはよ」
前の席の方から声がかかった。その声の主である最上は、今日も少し気だるげな様子でこちらにゆっくり近づいてきた。
「おはよう」
「おはよう!」
前の席に人がいないことをいいことに、最上は椅子に腰かけている。
「辻さんは朝から元気だね」
「そうかな? ありがとう!」
「あ、うん。別に誉めた訳じゃないけど、嬉しいならいいや」
どうやら誉めた訳じゃないのに、喜ばれたのが少し複雑だったらしく、最上は笑顔を浮かべるのに失敗している。
辻さんの嬉しそうな顔と最上の苦い笑みが対照的で、見ていて面白い。
そんなふたりのやり取りを見ていると、話したいことが話せて満足したのか、彼女は「じゃあね!」と去って行った。
「それで?」
「え?」
何が言いたいのかわからなくて聞き返す俺を、最上が無表情でじっと見つめていた。
「原因って何なの?」
「あぁ、かゆみの原因ね。まだはっきりとはわかってないんだ」
「ふーん」
まぁ言っても信じてもらえないかもしれないけど。
吸血鬼に咬まれたから、なんて。
***
あれから1週間。いつ来るのかわからないのに待ち続けることに疲れを感じてきた。
ベッドに寝そべり寝たふりをするが、睡魔に負け続けて、2回ぐらいは逃したと思う。
それでもこれ以外に方法が思い付かない。
今までの首の辺のかゆみはおそらく吸血鬼の仕業だろう。
前回の痛みは咬まれた際の、音は血を啜る際のもので、かゆみのあった箇所と一致する。
なぜかゆみがあったのかはわからないが、牙によって突き破られた皮膚が生ぬるい何か──舌で舐められて治っていることから、傷が治る際の副作用的なものだと思う。
また、傷つけられても起きないほど眠りが深いのが幸いしてか、今まで気づかれることのない完全犯罪が行われていたと考えられる。
なぜ舐めることで傷が治ったのか、どうやって逃げたかも疑問が残るが、吸血鬼だから、という理由かもしれない。
ここまで考えてもまだ信じられないでいるが、そう考えると話が通るのだ。
思考にはまっていると微かに窓が開く音がした。鼓動が早くなるのを感じたが、平静でいるよう自分に言い聞かせる。
肩に手が置かれた。襟ぐりを引っ張られ、肌に吐息がかかった瞬間、その腕を掴む。
「──ぇ?」
「誰だ」
腕を掴んだ手と逆の手でリモコンを押した。
電気がついたことで急に明るくなって目が追いつかないが、手を離さないように力を入れる。
「きゃ!」
どこか、見たことがある。
そろそろとこちらを伺うように、顔を隠していた腕を下げていくそれと目が合った。
「……織田さん?」
「ヒェ……」
驚きのあまり手を緩めた拍子に、さっとベッドから降りると、「ごめんなさい!」という言葉を残して出て行った。
それを俺はベッドから動けずに見ていることしかできなかった。
***
「昨日の、織田さんだったよね?」
「何のことでしょう……」
昼休みに少し時間をもらって、クラスメイトである織田さんを呼び出した。
顔を反らしてしらばっくれようとしているが、明らかに動揺している。
「ここ最近、俺の血を吸っていたよね?」
「いや、その……」
「そうだよね?」
「……はい」
言い逃れはできないと思ったのか、しぶしぶ頷いた……かと思いきや、ガバッと勢い良く頭を下げた。
「ごめんなさい! 窃盗で訴えないでください! 確かに血を勝手にもらってしまいましたが、捕まるのは嫌です~!!」
「ちょっ、顔上げて!」
顔は上げてくれたけど、今度は泣かせてしまった。これでは俺の方が悪いみたいじゃないか。
「まず訴えても証拠がなければ捕まらないと思うし、まず警察とかにつき出したりしないから落ち着いて!」
「本当ですか……」
「いいよ、ただ質問はしたいけど」
「質問?」
涙に濡れた瞳でこちらを見る姿はどこか幼く見える。
「何で俺の血を吸ってたの」
「それは……何ででしょう………」
考えもしなかったのか、ぽかんとした顔をしている。
「俺じゃないといけないことでもあった?」
俺の言葉に、彼女は首をひねって一生懸命考えてくれているらしい。
「ただ、今までの中で一番美味しくて……」
「そうなんだ?」
「そうなんですけど、それが何でなのかは……あ」
何か思い立ったのか、声をもらした。
「もしかしたら私、穂積くんのことが好きかもしれません!」
「いや、どうしてそうなったの」
「母が父の血は格別に美味しいの、大好きな人だからね、と言っていました! だからたぶん、穂積くんの血が美味しかったのは好きな人だからです!」
「それは違うんじゃないかな」
「きゃー! どうしよう、好きな人なんて初めてできました……」
「聞いてないし」
「大丈夫です! 今のところどうなりたいとかないので! あ、でもこれからも血をもらいに行きますね!」
「それでは!」と怒涛の勢いで言いたいことだけ言って去って行った。
どういうこと、結局解決してないよね?
血をもらいにって、いつどこに来るの?
疑問だけ残して行くだなんて、なんて人なんだ。
こうして吸血鬼の織田さんに振り回される日々が始まるのだった。
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