第10話
この世界に来て俺も日の出とともに起きる生活になっている。
大概早起な部類だと思うが、目が覚めると既にミリーも目覚めていた。
それどころか身支度を終えて、いつでも出発できる状態だ。
行商人の朝は早いんだとか。
『植物魔法のレベルがアップしました。植物魔法のレベルがアップしました。新しい魔法、植物鑑定を覚えました』
はい、来た来た!
毎朝恒例のレベルアップモーニングコールである。
二回聞こえたんだが、もしかしかして2レベル上った?
後の確認でいいか。
今はミリーのほうを気にかけたい。凄く急いでいる感じだからね。
「納品、待たせてるから。新しい良い商品も入ったしニャ!」
帝王キノコ+のことだ。
いい値段で卸せるといいな。ミリーの成功を願っている。
朝ごはんも誘っておいたが、いらないらしい。朝は食べない方が動けるし、やはり期限のある商品を思うとあまり心が落ち着かないのだが。
プロ根性がしっかりしていて素晴らしい。
俺は引き留めるようなことはしなかった。
「たのしかったよ。またいつでもおいで」
「はいニャ。こっちこそ助かったニャ。また来るから、その時まで元気でニャ」
その細い体のどこにそんな力があるのかと思うのだが、巨大なリュックを楽々と背負いあげる姿はなんとも頼もしい。
もしかしたら彼女はレベルが高いのかもしれないな。
ステータスの高い者は、その見た目に反して力が出るから。俺も最近もりもりと力をつけているから、ステータスの重要性をとても実感している。
手を振って彼女の背中を見送る。
彼女もなんども振り向いて、こちらに手を振ってくれた。
地図なしでも迷わず歩ける辺り、彼女はずいぶんとこの森に来慣れていると見た。
彼女の姿が森の中へと消えていった。
ちょっとだけ、その見えなくなった背中を見続ける。
念の為に、見続けた。
……完全に視界に入らない距離に行ったな。間違いないだろう。
俺はパンツを脱いだ。
正確に言うと、シャツを脱ぎ、インナーも脱ぎ、ベルトを外し、破れたズボンを脱ぎ、革靴と靴下をしまい、パンツを脱いだ。
やめらんねー!
森の恵みがめちゃくちゃ美味くて毎日楽しみなのと同じで、この解放感はやめらんねー。
俺も良識ある紳士だからミリーの前では当然我慢していたが、もう脱ぎたくて脱ぎたくて。
ああっ、最高だ!
森での生活は最高だ!
これが本来の自分って感じがするよ。
「うぃいいいいいい!!」
雄叫びを上げながら、俺は痺れキノコ+へと向かっていった。
痺れキノコ+を収穫せずに一本残していたポイントには、今日は鳥がぴくぴくと痺れて倒れ込んでいた。
ありがとうございます!鳥さん、いただきます!
鳥は鳩くらいのサイズ感で、少し縦に長く細い見た目をしていた。
見た目はサギとかに近いだろうか。
脚が3本あって、異物感半端ない。ただしもも肉を三回食べられると思うと非常に小さな問題だ。プラマイかなりプラスといったところか。
毎度のごとく蔦に括りつけて、拠点へと走った。
今日はなんといっても鍋があるのだ。そして塩、コショウ!
拠点でいったん減ったキノコたちを植物成長の魔法で増殖させていく。
必要な分だけ鍋に入れ、調味料、調理器具も全て放り込み、俺は川へと走った。
もう飯のことしか考えてない。
恥ずかしながら本当にそれしか考えていないのだ。
川に付くと、まさかまさかの光景があった。
昨日使った火炎キノコ+がまだ燃えていたのだ。
ちょっと驚きである。
そういえば拠点の火炎キノコ+もずっと燃えていたな。
今後は千切って使った方が良さそうだなと思った。
両手で抱えることのできるサイズの石集めてきて、火炎キノコ+を囲いんでいく。
しっかりと安定させたところで、水を汲んだ鍋をそこにおいて加熱していった。
煮沸消毒した水を飲めるのはありがたい。
水筒がないので保存はきかないが、今はそれで良い。日々生活の質が上がっているようでうれしいのだ。
沸騰したお湯をお椀で掬って、冷ましてから飲んだ。
目覚めにはやっぱり白湯だよね。
サバイバル生活なのにOLよりOLしてるのなんでだろう。
昔よりずっと人間らしい生活をしている。
前は起きたらコーヒーがぶ飲みだったもんな。じゃないとやっていけなかった。
今は強制的に眠気を飛ばす必要もない。というか自然に起きているので眠気もほとんどない。
「お湯が腹に染みるー」
白湯だけでもう心が満たされそうなので、早めに鳥を捌く作業に移った。
今日も命をいただきます。
もう石を使う必要性はあまり感じられなかった。
レベルアップして攻めのステータスがだいぶ上がったのだろう、なんとなく素手で解体できそうだなーとか考えていたら本当にできた。
三本脚の鳥の首をすぽっと引き抜くことが出来、頭と胴体を簡単に分離できた。
化け物みたいな筋力になってきたな。
首を下に向けて、血抜きをしていく。
頭の部分ももちろん食べる予定なので、川の水に浸けて血を流していった。
その時、鳥の頭が手の中からするりと抜けた。
二つ同時にやろうとしたから、片方がおざなりになり、頭が川に流されていく。
「ああっ」
食べる予定だったのに!
グロイし、目が合うと違う意味でドキッとするし、食べられる部位少なし、脳みそ入ってるけど、食べる予定だったんだあああ!!
たった一つの頭なんだ!大事な頭なんだ!!
返せよ!!
「あぁ……」
無情にも頭すぐに川底沈み込み、流されていく。
もう見えないし、川の流れもそこそこ早い。
残念だが、頭とはお別れのようだ。
以後、気をつけよう。
大事な食材をこんなミスで失う訳にはいかないのだ。
丁寧に掴んだ体の血抜きをしっかりと終えて、羽をむしっていく。
リアルな鳥肌がちょっと……オエッとはなったが、これも煮込んだらうまいんだろうなー。
そうそう、今日は焼かない!
焼いてもうまそうなんだけど、そんな野人みたいな生活ばっかりできないよ。
流石にね。もう文明は次の段階に入っちゃってるから。
今日は煮込みである!
ひゃっほうー!
煮込み最高!
内臓もしっかりと取り除いて、手羽先、脚、胴体の部分ときれいに解体していく。
胴体も、胸、腰、腿の部位ごとに分解しておいた。
鶏肉たちを沸騰した鍋にダイブさせる。
塩、コショウを適量。
じっくりと煮込んで肉が柔らかくなってきたころ、細かく裂いたマツタケ+も入れて、また煮込む!
肉はじっくりと煮込んで、ホロホロにして食べたい派だ。
鳥の出汁がもろに効いた煮汁の良い香りが漂ってくる。
鳥の脂とコラーゲンで、煮込んでいるスープにとろみもついてきた。
じゅるりとよだれが垂れた。
全部飲みます!もう全部飲みます!お前がうまいの知ってんねん!
お前が鍋の中で、俺に隠れて旨味出してんの知ってんねん!
一番うまいタイミングで、食べていきたいと思います。
木の枝を石で削って簡易的な箸を作って出来上がるのを待つ。
箸でつつくと肉がほろほろと崩れるくらいになった頃、俺は食事に入った。
スプーンで肉とキノコをお椀に入れていく。スープも適量掬っていき、お椀の中が美味の混浴状態になったところで、スープから頂いた。
「がっああ、おうふぅ」
鳥とマツタケ+の旨味が全面に溶け込んでいた。
とろりとしたスープは塩とコショウの程よい刺激の後押しをもらい、その甘みをどこまでも引き立てる。
このスープは甘い!旨いのは当然だが、甘みを強く感じる。
ああっ、無限に飲める!
すみません、スープさん聞こえてますか。
もう全部飲みます!美味しい食べ方一杯知ってます。
残さず全部飲みます!
米があったらどれだけいいか。でも米はないです。
僕、米とは知り合いじゃないです。米はアテンドしたことないです。
鶏肉にもかぶりつく。
ホロホロに煮込んだ鶏肉は口の中で簡単に崩れていく。
それでも肉を食べているという実感はしっかりとあった。
笑顔が止まらない。噛み進めるごとに幸せが増加していくのだ。
裂いて煮込んだマツタケ+も食べていく。
ずっと焼いていたから、煮込みを食べるのはこれがはじめてだ。
焼いたときは外が固く、中が柔らかい仕上がりになるのだが、煮込みは全く違う世界を与えてくれた。
鳥の旨味を吸い込んで瑞々しいマツタケ+は柔らかく、それでいて繊維感の残る触感を口に与えてくれる。
噛むたびに旨味と香りの混ざった、ただただうまい成分が口に溶け込んでくる。
無限に噛んでいたい。
スープの甘みはマツタケ+も影響を与えていたのか。
ありがとう。お前に出会えた全てに感謝したい。
鳥肉とマツタケ+とスープをかきこんで豪快に食べていく。
一つ一つ味わうのも最高だが、こうして豪快に行くのもまた至福。
夢中になって食べていると、鍋いっぱいにあった鳥肉とマツタケ+の煮込みがほとんどなくなっていた。
鍋底にあった残りのスープもお椀にしっかりとうつして、飲み干す。
「ああっ、なんて幸せなんだ」
余韻に浸ることしばらくして、ごちそうさまでしたと両手を合わせた。
片付けもせねば。
次のうまい飯の為に、整理整頓して、気持ちよく過ごしていきたい。
鍋とお椀を川でしっかりと洗って、俺は拠点へと一旦戻ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます