第9話

毒キノコ+を辺りに撒き終わった俺が拠点に戻ると、ミリーが食後のスープを作ってくれて待っていた。


調理器具を譲ってもらったので、明日から俺もあっつあっつの汁物を飲めると思うと感無量である。

熱いから気をつけて、と渡された木のお椀を受け取る。スプーンは鉄製でしっかりしたつくりのものだった。


フーフー息を吹きかけ、スプーンから一口頂く。

……感動した!


味はコーンスープに似たものだった。塩気と甘みが同時に口に押し寄せる。

多少熱くても、俺の喉が口の中でとどまることを許さず、どんどんと腹に収めていく。

比較的あっさりしたはずのスープなのに、どんな濃厚な豚骨スープよりも、今は濃い旨味を感じたのだった。


久々のスープは最高だ。

「おかわり!」

「はいニャ」


二人でスープを飲み干して、お腹が満たされるとポカポカとした気分になってきた。

もう話とか正直どうでもよくなってきた。


森の静けさと、燃え盛る火炎キノコ+の音だけがする。

食べ過ぎはよくないなー。情報収集する活力すらもなくなってくる。


「どこまで話かニャ?」

だらけきった俺に、ミリーから話を振ってくれた。


気になるところだけ聞いておくか。


「この森ってドラゴンステイの森だったか?なんか物騒な名前が最初に付いているんだが」

「そうだよ。ドラゴンがいるからニャ。知らなかったニャ?」

「あんぽんたんの引きこもり貴族だと思ってくれ。何も知らないから全部教えてくれると助かる」

そういうことにしておいた方が情報を得やすいだろう。


「ドラゴンは最強の魔物だから人からだけじゃなく、魔物からも恐れられているニャ。だからこの森には強い魔物がいないニャ」

なるほど、魔物をあまり警戒しなくていいという先ほどの話は、そういうことだったのか。


いや、待て、待て。

最強の魔物がいる森?安心していいわけがない。


「ドラゴンはいるんだよな?最強なんだろ?ミリーはどうしてそんな森を通るんだ」

「ドラゴンは滅多に出会わないし、あまりにも弱小な相手は無視されることも多いニャ。命の惜しい人は迂回して街道を通るけど、私はフリーだからこっちの道の方が好きニャ」


へー、苦労してんだなー。

実は命がけで商売していたのか。


いやいや、魔物が出る世界な時点で皆命がけか。

俺も他人事ではない。まさにドラゴンが住む森に間借りさせて貰っている身なのだから。

そう思うと少しぞっとしてきた。


森の奥を覗き込む。

光がないからそう遠くまで見えるわけではないのだが、あの見えない暗闇にも、今まさにドラゴンがいるのかもしれないのか?

怖すぎだろこの世界。


……ドラゴンってうまいのかな?

一瞬頭をよぎった。変な考えはやめておこう。


「5大魔法についても教えて貰ってもいいか?」

「そこは君が詳しそうだけどニャ?」

「ポンコツで記憶が曖昧でな」

何度も言わせるな。そろそろ自尊心がぽきりと行ってしまうぞ。


「5大魔法はこの世界で最も強いとされる魔法ニャ。貴族様たちが代々受け継いでいる魔法ニャ。たまに平民からも出たりするニャ。逆に貴族家から出なかったときは悲惨だと聞くニャ。あっ」

俺はその悲惨なパターンだったと彼女は想像したわけだ。


才能あって成り上がるやつもいれば、いい家に生まれて家をつぶしちゃうバカ息子もいるようなものと同じだな。


せっかくなので、俺は彼女に魔法を披露してあげた。

魔力も上がり、少し離れた植物にも干渉できるようになっている。


近くの木の枝を操作して、ミリーの肩をポンっと優しく叩いた。

「ひゃっ!?」

びっくりした顔がちょっと面白い。


「これが俺の植物魔法だ」

「植物魔法?初めて聞いたニャ。やっぱり5大魔法の使い手じゃなかったニャ。実家では苦労したんじゃないかニャ?」

「まあな。毎日ボコボコだよ」

ありもしないエピソードも追加しておく。


実家では5大魔法の使い手である弟の出来が良くて、家族の愛情と期待は全て弟に注がれた。

俺はその弟にも馬鹿にされていた。

毎日魔法でボコボコにされて、実家を飛び出したのだ。


気が付けば森で、裸で暮らしていたんだよなー。スラスラとありもしない物語を語っておいた。


「……苦労人だニャ」

目元をウルっとさせるミリー。

ちょっと迫真のストーリーすぎたか?優しいミリーには刺激が強かったか。

本当は5大魔法とか知らないし、前の世界にも弟なんていないんだけどな。


「でも世の中には5大魔法の使い手じゃなくても強い人もいるニャ」

俺は木の幹を精一杯に操作して、木を横にゆさゆさと揺らす。

これが強いとでも?という訴えかけに、ミリーはごめんなさいと謝る。


予想した通り俺は強い魔法使いではないのだが、本当はそんなこと一切気にしちゃいない。

何度も言っているが、俗世とはしばらく関わりたくないのだ。


こうしてたまに客人が来る分には嬉しいのだが、人と関わりすぎるのは疲れる。

今の最大の目標はこの森での生活を快適にすることである。

金も世間の評価もいらない。

今一番欲しいのは、新しいパンツだ!!


「ありがとう。弟にボコボコにされて忘れていた世間の記憶がちょっとずつ戻ってきた」

「無理しなくて、ゆっくりするといいニャ」

「ああ、俺は当分この森にいるからさ、行商の時以外でも寄ってくれよ。好きに使ってくれていいからさ」

いいの!?と彼女は声を大にして反応した。


緊張を隠して誘ったのだが、彼女のほうが嬉しそうとは何よりだ。

拒否されたら気まずいなーとか思っていたからな。


「ここって、ちょうど中継地点にいいニャー。以前から使っている森だけど、野宿が基本ニャ。弱いと言っても魔物もいるし、良く眠れなかったニャ」

だから使わせて貰うのはとてもありがたいのだとか。


こちらもありがたい。

美女が泊まりにくるのはそれだけでありがたいし、彼女は会話の相手にもなる。

商売の時は帝キノコ+を差し出すだけで、ここの生活が豊かになるものを齎してくれる。


なんと有益な関係か。

次に来るときは服と書物をお願いできないかと頼んでおいた。

新しいパンツは急いで欲しい。切実に。


雑談も交えていると、夜も更けてきた。

ミリーは明日も朝早いだろう。俺もやりたいことがある。

あまり遅くまで引き留めても申し訳ない。


「寝るか」

「うん。焚火の近くを使わせてもらうニャ」

「朝露で体が結構冷えるぞ。簡素だが壁と屋根がある。あの中はどうだ?」

ハンモックがある中を指した。

一緒は少し警戒されるかと思ったが、彼女は快諾した。


一応室内と言っていいだろうか。そこに入ると寝袋にくるまって体を丸くし、ミリーは早々に寝てしまった。


「ちょっと警戒感たりなくないか?」

とか第三者視点での感想が漏れた。

何かするつもりはないのだが、あまり人を信用しすぎるのはどうかと思ってしまうぞ。


俺も明日からまだまだやりたいことがあるので、ハンモックの上で眠りについた。

異世界に来て最高の食事をした今日は、なんとも深い眠りに付けたのだった。


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