第4話
とても気持ちのいい風で目が覚めた。
目を開けると、辺りには昨日植物操作できれいに並べた木の枝の壁が見えた。
木の枝と葉で覆った天井も空にはある。
緑の深く濃い香りと、涼しい風がとても気持ちがいい。
昨日の目覚めは朝露にぬれて、肌寒い思いをしたというのに、一日で天と地の差である。
しっかりと準備しておいてよかった。
一つ不満があるとするならば、ハンモックの揺れか。
最初は楽しかったのだが、そろそろどっしりと安定した寝床も欲しいところだ。
『植物魔法使いのレベルが3に上がりました。スキル、キノコ毒殺のレベルが2に上がりました』
恒例になりつつある寝起きレベルアップの儀礼だ。
毒キノコは今日もしっかり働いてくれている。
嬉しいと同時に、まだ見ぬ魔物に恐怖する。
なぜ昼には遭遇しないのだろう?
ここらに生息するのは夜型の魔物なのか?
推測するには材料が足りなさすぎるが、一つの可能性としてはあり得る。
それにしても、我が毒キノコたちは圧倒的じゃないか。
毎度毎度成果をあげてくれる。
もしや、あのキノコたちは魔物からっしたらごちそうに見えていたりするのだろうか?
それもわからない。魔物の気分なんて想像すらつかないからな。
ただし、その仮説が正しいとすれば、痺れキノコの方にも期待してしまう。
ここに来て案外良い生活を送れている。
多少の原始的な恐怖はあるのだが、ストレスなく自由に暮らせているのがなんともいい。
シャツは既に茶色と緑が混ざって、謎の汚れに染まり切っている。ズボンのすそはボロボロ、スーツの背広は背中に穴がぽっかり開いている。
それでも誰の視線も気にする必要がない。
若干動きづらい以外に不満は現状ないのだ。
そうそう、一つ予想外だったのは、今まさに履いている最中の革靴はとてもいい。一緒に日本からやってきた革靴は森の中で有効に働いてくれた。
革製なので馴染んでくれているし、頑丈なので、この大自然の森の中でも変わらず元気にいてくれている。
歩く際にはしっかりと足を守ってくれている。
腕や胴体にはかすり傷が増えてきたが、脚だけは未だに無傷だ。
これからも世話になるぞ。
『新しい魔法、【植物素材化】を覚えました』
続けて、脳内に声が聞こえた。
おおっ、レベルが上がっただけでなく、新しい魔法まで覚えたぞ!
またも戦闘向けじゃないっぽいが、なんとも生活には役に立ちそうな響きである。
もしや、植物魔法ってのはいかにもそんな感じだが、戦闘向けの魔法じゃないのかな?
なんかこう、ばしゅー!!ぶわー!!ととどろく炎を出したり、鋭い氷の氷柱を落としたり、いかにも剣と魔法の世界的な魔法も憧れはするが、これはこれで楽しいからいいか。
一旦シャツを脱いで、枝葉を縫って少し差し込む程度の朝日を浴びながら、朝の体操をする。
今日もたくさん動く予定だから、準備運動は大事だ。
誰の視線も気にせず上半身裸になれるのはいい。
そのうち下も脱いじゃおうか。今はまだ抵抗があるが、全身で朝日を浴びるのは気持ちがよさそうだ。
さてさて、俺が身支度を終えて真っ直ぐ向かったのは4方に配置したキノコたちの場所である。
東方面から左回りに回っていく。
最初の毒キノコはなくなっていた。二つ目もない。三つ目もなった。
やはり全て食べられていたか。
毒キノコが魔物たちにとって魅力的な食材に見えるという説が有力になってきた。
初日のを合わせて、今のところ4個中、4個。
全部がその日のうちに食べられているのだから、そう考えても不自然ではない。
そして、少しワクワクしながら足早に俺は最後のキノコへと向かっていった。
そこには期待した通りの結果が待っていた。
体をぴくぴくと痙攣させながら横たわるウサギのような生物がいたのだ。
我が愛しのキノコたちはやはり有能だ。
近寄って見下ろす。
恐る恐る、ウサギもどきを両手で持ち上げる。
まだ暖かく、心臓の鼓動が手に伝わる。生きてはいるが、動きはしない。動けない。
なぜならば、この位置に仕掛けたのは痺れキノコだからだ。
毒キノコでさえ、あれだけ食べられるのだ。
痺れキノコだって食べられていると期待していたが、しっかりと成果を残している。
毒キノコは魔物を殺すほどの威力がある。痺れキノコが小動物一匹を動けなくするのは、おそらく充分すぎる程の威力があったことだろう。
ウサギもどきと呼んだのは、このウサギには額に宝石のようなものが埋め込まれていたからだ。それ以外は可愛らしいんだけど、こいつも魔物とかの類なのだろうか。
このウサギもどきを、近くにある木の蔦を使って縛り上げる。
植物操作を使えば、足をがっちりと拘束するのは容易だった。
ウサギもどきを担いで、俺は川へと向かう。自然と小走りになる。
ふふっ、腹の底から嬉しさがこみあげてくる。
ウサギは可愛らしいから、この孤独なサバイバル生活のペットにする?
そんな考えは一切なかった。
俺の頭にあるのは、こいつを食べることだけ!!
マツタケはうまい。確かにうまいのだが、肉が食べたい!!あの旨味が欲しいんだ!!
うさぎを食べたことがないが、肉が柔らかくうまいと聞いたことがある。
ファンタジー世界で食べられる定番の食料でもあるので、俺も食べることしか考えていないわけだ。
川につくと、まだ暖かくしっかりと生きているウサギに、手を合わせてお祈りした。
その命、頂戴致します。
大きめの石を両手で持ち、勇気を振り絞る。
今の俺は怖さよりも、食欲が上回っていた。
間違っても苦しまないように、勢いよく石を振り下ろしてウサギもどきを絶命させた。
はじめての生物の解体は、とんがった石と、植物操作を使ってやってみた。
非力なので、力のいる作業は蔦などを操って行う。
血を抜き、皮をはぎ、内蔵を取った。
手は血と油にまみれたが、格闘すること30分ほどでなんとか食べられる状態になった。
川の水につけて、汚れを落とし、手も洗った。
また蔦に縛り付けて、駆け足で拠点に戻る。
火をつける作業が少し面倒だったので、昨日作った火炎キノコを焚火場所において枯れ木を積み重ねた。
手をかざして火炎キノコを燃やし始める。
ゴウッと音を立てて勢いよく火の柱が上る。
すぐに勢いは弱まって、座っている今俺の胸くらいの高さの炎の勢いになった。
それでもだいぶ火の勢いが強い。
今まで苦労して火をつけた数倍の勢いがある。
毒キノコ、痺れキノコに次いで、火炎キノコも非常に優秀みたいだ。
キノコはうまいだけでなく、これだけ活用できる。
植物魔法使いならではの恩恵だ。
だんだんとキノコたちが可愛く思えてきた。もう我が子だ。
枯れ木に上手に火が通り、安定した熱を与えてくれるようになった頃、脚、胴体、頭に分解したウサギもどきを焼いていく。
マツタケと要領は同じで、木の棒にさして焼いていく。
あまり火に近づけるとすぐに焦げるから徐々に炙る程度で。
特に今日は火炎キノコのおかげで火の勢いが強いから細心の注意が必要だ。
大事な肉なのだから!
脚と胴体からはすぐに香ばしい肉の香りが漂い、脂が滴る。ごくりとよだれを飲み込んだ。
頭の部分にも肉があるので、ちょっとグロイのだがしっかりと焼いておいた。
ウサギの頭、そのくりくりとした黒い目がこちらを向いている。
……さっと頭を裏返し、顔を火の方面に向けた。
ウサギもどきを焼くのと同時に、昨日収穫したマツタケ+も焼いていく。
マツタケ+は胞子を巻いて植物成長の魔法で収穫したマツタケだ。普通のマツタケよりサイズは2倍ほど大きい。勝手にマツタケ+と名付けている。
少し大きいので縦に割いて、ウサギもどきの周りに並べて焼いている。
焼くものが多いので、気を使いながら中まで丁寧に火を通していく。
焼き目をしっかりとつけながら、肉の脂身、マツタケの水分を完全に失わない頃合いを見計らって、焼く作業を終えた。
まずは、ウサギもどきの脚から頂く。
ももの、一番肉付きの良い部分にかぶりつく。
何かが弾けた!
頭の中に、何か強烈な快楽物質が投了された。
鼻息を荒げて、無我夢中で肉にかぶりつく。よだれと汗が垂れ流れた。
肉の香ばしい匂いが鼻を抜ける。脂身のあまみ、うまみが口に染みわたる。
口に入れてはすぐに飲み込みたくなるほどのうまさ。
なんだこれは!
胴の部分にもすぐに手を伸ばした。
骨が多くて食べづらくはあったが、それでも丁寧に肉をそぎ落としながら肉を余すことなく平らげた。
なんだこのうまさは!
最後に頭だ。頬肉や耳の部分もある。
手に取るとまたウサギもどきの目と俺の目があった……。
そっと顔を裏返し、かじりつく。その視線、今の食欲の前には無意味なのである。
残り少ない頭部の肉もしっかりと食べ尽くし、その余韻に浸る。
「うまい。あまりにうまい……」
はぁー、ため息が出るうまさだ。
野生の肉だからだろうか。それとも単純にお腹が空いていたからだろうか。
その両方だろうな。
良く動き、間食もしていなかったら余計にうまい。
うますぎて言葉にならない。
まだマツタケ+があるので、こちらも美味しく頂いていく。
ここで思わぬ嬉しさがあった。
マツタケ+は、マツタケより旨かったのだ。
味が濃いというか、濃縮されているというか、香りが強いのにしつこくはない。
キノコの繊維もしっかりとしていて噛み応えがあるけど、固くはない。
なんとも黄金バランスなうまさだ。
キノコ回復の効果もあわさって、食後は何とも言えぬ幸福感に包まれた。
今日もいろいろやりたいことがあるし、やらないといけないこともあるけど、とりあえずまだまだ燃え続けている火炎キノコの焚火のそばでゴロゴロして時間をつぶした。
時間を浪費しても誰にも迷惑がかからない。これもまた森での生活の良さだ。
「あー、ウサギもどき、うんまかったなぁ」
余韻に浸る心のセリフが森に溶け込んだのだった。
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